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悪の魔法使い 第一話(×仮面ライダー) 投稿者:味噌醤油味 投稿日:04/08-05:44 No.104

 麻帆良学園のとある一室。

 その部屋は大量の書物が無造作に投げ捨ててあり、床に描かれている魔方陣らしきモノの前で、仙人の様な風貌の老人が両腕を組み唸り声を上げていた。

 仙人と見間違てしまう様な風貌の持ち主――近衛 近右衛門が、一向に解決策が出ない事に苛立ち、事の張本人であるナギ・スプリングフィールドに怒りを募らせ始めていた。



「うむむむ。ナギの奴め。力任せに術を掛けおって、これでは解呪できんではないか」



 もはや何度目に為るか分からない愚痴を呟きながら、待ちくたびれて隣の別室で休んでいるエヴァンジェリンの方を一瞥し、近衛が頭を抱え再び唸り声を上げ始める。

 修学旅行にかこつけて、東と西の魔術協会の仲たがいを解消させよう画策し、西洋魔術師を嫌悪している西ですら認めているナギ・スプリングフィールドの息子であるネギを特使に仕立て上げ、そのネギが親書を渡せば事が収まるかと思っていた所に、東に恨みを持っている者の襲撃。



(やはり、考えが甘かったかのう)



 己の見通しの甘さと未熟さに歯噛みしながら、近衛は孫が心配の余りすぐに飛び出そうとする自分を"東の長"としての責務で制し、ナギがエヴァに掛けた"必ず学校に登校しなければならない"・"学校の敷地内から出ては為らない"と言うふざけた……『登校地獄』なる呪を解くために魔術書を読み漁り続ける。

 暫くの間、魔術書を読み漁っていた近衛が、パタンと本を閉じると遥か遠くを見詰ながら、



「茶々丸君、エヴァンジェリンを呼んできてもらえんかのう。京都に行く算段が出来たんじゃ」



 機械とは思えないほどの流れる動作でお茶を入れている茶々丸に、近衛が覚悟を決めた――ある種の悲壮感が漂う声でそう告げた。



「分かりました。では、お連れします」



 平坦な声色と共に立ち上がり、別室への扉を開ける茶々丸の後姿に視線を移すと、近衛は目を瞑り、更なる覚悟を決める。



(ワシは――死ぬかもしれん)



 これから自分が行うであろう地獄の試練に、近衛は心の中で涙を流す。





「マスター?」



 別室に足を踏み入れた茶々丸は、ソファーで眠っているエヴァを見つけると同時にその場で固まってしまった。

 薄暗い部屋の中。エヴァがその小さい体を特大サイズのソファーに沈ませ、静かに眠りながら一筋の涙を流している。

 製造されエヴァの従者となってから初めて見るエヴァの涙に、茶々丸は一瞬だけ如何すべきか躊躇し、



「マスター。何か嫌な夢を見られたのですか?」



 エヴァに近寄り、その体を優しく揺り動かす。

 体を揺さぶられたエヴァは、僅かに身を捩じらせると軽く息を吐く。



「何でもない」



 その気遣う声に、エヴァはゆっくりと瞼を開く。



「とても懐かしい夢を見ていただけだ。忘却したと思っていた……遥か昔の夢をな」



 自分に掛けられていた呪いの解呪を待っている間に眠ってしまったエヴァが、寝ている間に流れていた涙を拭って茶々丸の方を向く。



「それで? 京に行く算段は付いたのか」



「はい。すぐにでもネギ先生達を助けに行けます」



 茶々丸のその言葉に、エヴァは満足気に頷き、意地の悪い笑みを浮かべた。



「そうか。ならば、坊やの様子でも見るとするか」



 今すぐ助けに行くモノと思い込んでいた茶々丸が、予想外の言葉に首を傾げる。



「今すぐ助けに行かれるのでは?」



 何処からとも無く球状に加工された水晶を取り出し、自分の目の前に置いたエヴァが、その言葉に底意地の悪い笑みをますます深くする。



「馬鹿を言うな。そんな事をしては、ありがたみが薄れるだろう?」



 そう言いながら水晶に手を置き、ネギ達の様子が映り込むと同時にエヴァが硬直した。



「マスター?」



 エヴァの態度が理解できない茶々丸が、エヴァに声を掛ける。



「茶々丸。気が変わった、今すぐに行くぞ」



 楽しそうな、底意地の悪い笑みが消え失せ、その何処までも険しい瞳には……

 エヴァの知る異形と良く似た存在が映り込んでいた。



(本郷とは違う……この邪悪さ、いったい何者だ?)





 in 京都



 巨大な湖に浮ぶ木造の祭壇で、天ヶ崎 千草が凄惨な笑みを浮かべながら、勝ち誇ったようにネギを見下していた。



「ふふふ……一足遅かった様ですなぁ」



 意識を失っているこのかを連れて宙に浮く千草の後ろで、巨躯の鬼神がゆっくりと徐々に立ち上がりつつある光景に、ネギとその肩に乗っているカモが、その鬼神が放つ力に息を呑んだ。



「儀式はたった今、終わりましたえ」



 強烈な光を放つ鬼神が閉じていた瞼を開き、眼下に居るネギとカモを悠然と見下ろす。



「そんな……」



 鬼神に見下ろされたネギは、気を抜けばすぐにでも震えだしてしまいそうになる体を必死で律しながら、千草達に連れ攫われ利用されたこのかの救出の術を模索していた。



「二面四つ手の巨躯の大鬼"リョウメンスクナノカミ"」



 未だに足掻き続けようとするネギを鼻で笑いながら、千草は悲願達成の切り札を手に入れた事に、満面の笑みを浮かべる。



「千六百年前に打ち倒された飛騨の大鬼神や」



 満足げに鬼神リョウメンスクナを見上げた千草が、このかを連れてフワリとその肩に降り立つ。



「ふふふ。呼び出しは成功…… なんや、何が起きとるんや!!」



 千草の焦りを余所に、巨躯を誇るリョウメンスクナがどんどん萎縮していく。

 召喚者である千草ですら何が起きているのか全く理解できず、萎縮し球状になっていくスクナを見ている事しか出来ずにいた。



「良くわからないけど――今のうちなら!」



 スクナの異変を好機と見たネギは、殆ど尽き掛けている魔力を無理矢理搾り出しながら魔法を編み始める。



「ラス・テル マ・スキル マギステル! 来たれ雷精 風の精!」



 尽き掛けている魔力を行使するネギの暴挙に、カモが慌てて制止するがネギは止まらない。



「雷を纏いて吹きすさべ 南洋の嵐」



 魔力で練り編まれたモノが、ネギの左手に収束していく。



「雷の暴風!!」



 スクナの変質した――人間サイズの球体へと突き出されたネギの左手から、地球誕生初期に見られたと言う巨大な雷を彷彿させる雷が暴風と共に解き放たれる。

 だが、しかし、球体から突き出された白い手が、その荒れ狂う雷をいとも容易く受け止めてしまう。



「そんな……」



 球体から突き出された手に受け止められ、霧散していく最高の威力を誇る魔法を見つめながら、ネギはその場に崩れ落ちる。



「なんなんや…… いったい何が起きてるんや! スクナは何処に行ったんや!!」



 宙に浮く球体から距離を取っていた千草が、完全に怯えきった眼で光を放ち始めた球体を見つめていた。

 ――それは、ゆっくりと球体の中から姿を現し、淡い月光に照らし出される。

 雪の様な純白の手。赤い仮面に赤を基調とした白い体。そして、緑色のマフラー。



【我が名は、JUDO】



 頭の中に鳴り響く声に、その場に居た全員が等しく恐怖し絶望した。





 ――アレにあがなう事はできない――





 否応無しに、全員がそう理解させられる。



【リョウメンスクナ……この体を構成している質量の事か?】



 ソレ――JUDOが千草とこのかの方を向き禍々しく笑う。

 いや、その仮面の様な顔には何の表情も無い。しかし、千草にはソレが禍々しく笑っているように見えた。



「どう言う事や、スクナがあんさんの体を構成しとるって……」



 そう言いながらも、千草は朧気に理解し始めていた。

 手段こそ解らないが、目の前の存在は鬼神であるスクナをいとも容易く取り込み、スクナの自我を完全に滅ぼした事を…… 

 つまり、JUDOという存在はスクナを遥かに上回る存在であり、世界最高の魔力を保有しているこのかを利用しようとも制御不能だという事を――



【何を怯えている? 我をこの世界へと導いた者よ? 我が本体から別れしモノだとしても、お前は『真の神』を召喚して見せたのだぞ?】



 千草の浮かべている表情に、JUDOが笑い声を噛み殺すように、クックッと静かに笑う。

 まるで、全てを嘲笑うかの様に。



「ウチが、あんさんを呼んだ……やて?」



 漸く絞り出した……震えた声。



(違う。ウチが呼びたかったんは、制御が出来る強大な力や。こんな制御不可能なモノを呼ぶはずがない)



 千草は全てを踏み躙ってまで、目的を達成しようとは思ってはいない。

 もしそんな事をすれば、自分の全てを奪った西洋魔術師と同類になる事を理解しているからこそ、踏み躙るべき相手を選んでいた。

 踏み躙るべきは、全てを奪っていた西洋魔術師と復讐の邪魔をする敵。

 故に、欲したのは全てを傷付ける兇刃ではなく、担い手の意思に従う名刀。

 しかし、千草のその思いを、最狂の兇刃"JUDO"は嘲笑う。



【そう、お前の憎悪が我をこの地に引き寄せたのだ。しかし、アヤツがその身と引き換えに作り上げた虚空の牢獄に僅かとはいえ歪みを作って見せたのだ。ソレほどまでの憎悪……どうやって育まれたモノなのだろうなぁ?】



「なんや……あんた、何が言いたいんや」



 JUDOがもたらす恐怖を何とか振り払いながら、無駄だと知りつつ千草が符を構えJUDOを警戒する。

 しかし、それは、UDOにとって何も意味を為さない行動でしかない。

 それほどまでに千草とJUDOとの力の差は、余りにも掛け離れ過ぎているのだ。



【お前には、本当に感謝している。そう……一条とは違い、我の思うがままに動いてくれたのだから】



 ゆっくりと緩慢な動きで、JUDOが千草に向けて左腕を突き出す。

 只それだけの動作に千草の体が微かに震え始めた。

 JUDOは何もしていない。それなのに対峙している千草の額から一筋の汗が流れ落ち、その光景を見ているネギは息を飲み込む。



【幾多の世界に働きかけたが、我が意思を受け取った者は全て発狂し死んでいた。しかし、お前だけは違った】



 その言葉に、千草の思考が一瞬停止する。



(何を、言うとるんや?)



 JUDOの言葉の意味が、千草には理解できない。いや、したくなかった。

 何故なら、JUDOの言葉は―― 千草の全てを奪った惨劇は……



【お前は本当に良く働いてくれた。そのおかげで、我はこうして……あの忌々しい牢獄から抜け出す事が出来るのだからな】



 その言葉に唖然としている千草には、無表情のJUDOが邪悪な笑みを浮かべているのがはっきりと見えた。

 魔法世界の大戦から始った千草の不幸は…… 

 一連の全ては、JUDOが『牢獄』から抜け出す為に仕組んだ茶番でしかなかった。



「あっ あの惨劇を! あんたが仕組んだゆうんかぁぁぁ!!」



 怒りで恐怖を打ち払った千草が、構えていた符をJUDOに向って投げ放つ。

 余りにも無謀で無策な千草の行動を、JUDOはフッと一笑する。



【本当に感謝しているのだ。故に、これから起きる無残な惨劇を見る事無く、苦しまずにすむように、その命を止めてやろう】



 その言葉と同時に突き出されていた左腕の甲から、大きな矢じりの付いたワイヤー"マイクロチェーン"が発射され、放たれた符を全て貫き無力化させながら、千草を貫かんと空中を縦横無尽に走り続ける。



 千草の全てを奪った西洋魔術師達には操られた痕跡があった。

 それを信じていなかった千草は、西洋魔術師が同胞を守ったと思い込んでいたのだ。



 しかし、JUDOが言った事が本当だとしたら――



(目の前に本当の仇がいるん言うに、ウチは……手も足もでぇへん……)



 迫り来る死を前に、湧き上がる感情は怒りでも恨みでも恐怖でも無く、千草は悲しかった。

 両親を妹を、親友を友達を、自分の全てを奪った敵に一矢報いる事も出来ずにただ殺される事が、千草は悲しかった。



(このかお嬢様。馬鹿なウチのせいでお辛いめに遭わせた挙句に、ウチと心中だなんて……ほんま、申し訳ありません)



 自然と溢れ出る涙をそのままに、このかを庇う為に千草は前に出ると目を瞑り精神を集中させ、一度に扱えるだけの符を再びJUDOに向って解き放つ。

 しかし、式神を模る前に、或いは何らかの術が発動する前に、その全ての符がマイクロチェーンによって貫かれ無力化されていく。



(ウチの人生は、いったい……なんやったんやろうなぁ)



 目を閉じたまま、解き放った符が全て無力化されたのを知覚した千草は、死を覚悟し閉じた目をさらにきつく閉じる。

 だが――



「大丈夫ですか?」



 千草とこのかはマイクロチェーンに貫かれる前に、ネギによって助け出され、その身を湖に浮かぶ巨大な祭壇に降ろしていた。



「なんでや……坊やが助けるのは、このかお嬢様だけで十分のはずや」



 ネギの優しく気遣う声に、千草はきつく閉じていた瞼を開ける。

 涙で濡れたその瞳に映るのは、幼い顔と理不尽と言う名の『悪』に対する怒りを湛えた……年齢不相応な眼差し。



「兄貴! なんでこんな奴助けたんだよ! そいつは敵なんスよ! 敵」



 肩の上で騒ぐカモを木造の床に降ろしたネギが、JUDOを真直ぐに睨み付ける。



「違うよカモ君。お猿のお姉さんは……千草さんは敵じゃないよ。だって、アイツの攻撃からこのかさんを守ろうとしてくれたんだよ?」



 お猿のお姉さん呼ばわりされ軽く落ち込んでいる千草と未だに気を失い眠っているこのかを庇いながら、ネギはJUDOと対峙した。



「それに――さっきの話、聞いてたでしょ?」



 震える体を……恐怖と絶望を無理矢理、勇気と怒りで押さえ込んだネギが杖を構える。



「敵はアイツ、JUDOだよ」



 そのネギの言葉に、カモは全身から血が抜け落ちる感覚を確かに感じ、



(冗談スよね? あんなバケモン相手に挑むなんて!?)



 最悪の展開に身を震わせる。



「何を言ってるんスか! 兄貴が猿の姉ちゃんを魔法で攻撃した時、このかの姉さんを楯にしたじゃねーか! 忘れちまったのかよ! こいつが、あの時になんて言ったのか!」



 カモに言葉を選んでいる余裕なんてなかった。

 とにかく、JUDOを相手に戦いを仕掛ける気になっているネギを止める事しか、カモの頭の中にはなかったのだ。

 例え、自分の言葉にJUDOの被害者である千草が深く傷付き、何も言わずに拳を握り締めていたとしても、恩義あるネギ死ぬよりは遥かにマシだった。



「覚えてるよ。でも、千草さんは僕の生徒を守ってくれた。守ろうとしてくれたんだ」



 憤るカモにはっきりとそう告げたネギは背中越し振り向き、俯きながら両手を強く握り締めている千草に優しく微笑む。



「僕が千草さんを助けるのには、十分すぎる理由だよ」



 ネギのその言葉にカモは想像していた展開に絶望し項垂れ、千草が驚いた表情を浮かべながら自分に微笑むネギを見つめる。



(よかった。カモ君は分かってくれたみたいだし、千草さんも落ち込むのを止めてくれた)



 内心でホッとしながら、ネギは自分の体の状態を手早く確認する。



(体はまだ動く。魔力は底を尽いたと思っていたけど……まだ限界じゃない)



 マイクロチェーンに貫かれそうになった千草とこのかを助けた時、ネギの体は自然と動いていた。

 底を尽きたはずの魔力で空を飛び、千草とこのかを助け出した。



(限界だと思ってたけど、まだ余力があったんだ)



 ネギは自分自身に魔力を付加させ、戦いの準備を終わらせる。



(僕は、まだ戦える!!)



 星々が煌く雲一つ無い満天の夜空を背に、緑色のマフラーを風に靡かせ、悠然とネギ達を見下ろしているJUDOを、指の関節が白くなる程に杖を強く握り締めたネギが、再びJUDOを睨み付ける。

悪の魔法使い
悪の魔法使い 第二話

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