第4話:吸血鬼 投稿者:物書き未満 投稿日:04/08-05:37 No.97
エドワードの歓迎会は中々大いに盛り上がり、宴会騒ぎは絶対下校時刻の午後7時まで続いた。
興奮おさまらずして解散した生徒達は皆大なり小なり浮かれながら、桜吹雪の舞う帰路についている。
神楽坂明日菜を中心とした一団もその例に漏れず、満月の光の下で雑談に興じながら賑やかに下校していた。
少女達の話題は、やがて最近噂となっている吸血鬼の話へと移っていった。
「吸血鬼なんてホントに出るのかな-?」
ハルナの何気ない言葉に隣を歩く少女、綾瀬夕映が顔を上げる。
「あんなのデマに決まってるです。」
「だよね~。」
絶対の自信を持ってぴしゃりと言い切る夕映に若干苦笑を漏らしながら、ハルナは相槌を打つ。
桜並木は分かれ道へと差し掛かり、長い前髪で両目を隠した少女、宮崎のどかが一団から別れる。
「じゃあ先帰っててね、のどかー。」
「はい~。」
ハルナ達に手を振り、のどかは独り夜の並木道を歩いていく。
風は強く、桜の枝が無気味に揺れている。
「こ、こわくない~、こわくないです~、こわくないかも~……。」
恐怖を振り払う為にのどかは歌い始める。が、その歌声は震えている。
何時の間にかのどかは桜通りに到達していた。
「あ…、桜通り……。」
吸血鬼が出没するという噂の場所であり、クラスメイトの佐々木まき絵が原因不明の貧血で倒れていた場所でもある。
風も止み、辺りは無気味な静寂に包まれている。
それはまるで、得体の知れないナニカに怯えているかのように。
鋼の錬金先生
第4話:吸血鬼
のどかはゴクリと唾を呑み込んだ。
「こ、こわくない~、です~……。」
歌いながら歩くのどかの背後の桜の枝が、突如ガサリと揺れた。
驚き背後を振り返るが、誰もいない。
安堵の溜め息を吐き正面に顔を戻したのどかの正面に、何時の間にか「それ」はいた。
大きな鍔の尖り帽子とマントに身を隠し、長い金の髪を風に揺らしながら街灯の上に立ちのどかを見下ろす得体の知れないナニカ。
「き、吸血鬼っ……!?」
蛇に睨まれた蛙のように身動きがとれないのどかの呟きを肯定するように、「それ」の眼が細められ口元が無気味に歪む。
「…27番、宮崎のどか、か……。悪いけど少しだけ、その血を分けて貰うよ……。」
呟きながら「吸血鬼」は飛ぶように街灯を蹴り、のどかへと襲い掛かった。
「き、キャアアアアアアアアアッ!!」
のどかの悲鳴が桜通り一帯に響き渡る。
その時、
「僕の生徒に、何をするんですかぁぁぁぁぁっ!!」
突如響いた怒号と共に、11本の碧の光条が「吸血鬼」へと迫った。
『魔法の射手(サギタ・マギカ)』
この世に満ちる精霊を収束させて弾丸の如く敵へと撃ち出す、『魔法使い』の攻撃呪文。
そしてこれは風の精霊を束ね上げた捕縛用呪文、『戒めの風矢』。
気絶するのどかを庇うように立ち塞がった『魔法使い』の姿に、「吸血鬼」は小さく舌打ちし、小さなフラスコを懐から取り出した。
「『氷楯』……。」
「吸血鬼」の呟きと共にフラスコは炸裂し、乳白色の液体が大気中に飛び散る。
次の瞬間、「吸血鬼」の正面に「視えない楯」が形成され、迫り来る11本の風の矢の総てを弾き返した。
「!!」
『魔法使い』、ネギは己の放った呪文が一つ残らず跳ね返された事実に一瞬瞠目するが、両手に持つ杖を握り直し、毅然と目の前の「敵」を見据えた。
呪文を弾き返されたという事実から、「吸血鬼」の正体は十中八九魔法使い。
だが自身の導き出した仮説を、ネギは信じる事が出来無かった。
世の為人の為に働くという魔法使いの役目にネギは憧れ、そおしいて誇りを持っていたから。
一瞬の攻防の余波を受け、「吸血鬼」の被る尖り帽子が宙を舞った。
街灯の光に照らされた「吸血鬼」の素顔を目の当たりにしたその瞬間、ネギは愕然と言葉を失った。
「き、君は!ウチのクラスの、エヴァンジェリンさん!?」
昏倒したのどかを抱えながら驚愕の声をあげるネギに襲撃犯、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは薄く笑い、指先に出来た傷から滴る自らの血を舐めとった。
「10歳にしてこの力…、流石に「奴」の息子だけはある。」
エヴァンジェリンの言葉にネギの心臓が跳ねる。
目の前の人物は自分の捜し人、サウザンド・マスターの異名を持つ自分の父親の事を何か知っている?
ネギはエヴァンジェリンに、父の事を問い詰めたかった。
だが奥歯をぐっと噛み締め、ネギはエヴァンジェリンに問う。
「エヴァンジェリンさん! 貴方は何者なんですか? 僕と同じ魔法使いなのに、何故こんな事を!?」
そう。何故エヴァンジェリンはクラスメートを襲うような暴挙に出たのか。
自分と同じ、魔法使いなのに。
それがネギには理解出来なかった。
困惑を隠せないネギの姿にエヴァンジェリンは嘲笑するように口元を歪め、マントの中からフラスコと試験管を取り出した。
フラスコの中には琥珀色の液体、試験管の中には夜色の液体がそれぞれ揺れている。
「この世には、良い魔法使いと悪い魔法使いがいるんだよ。……ぼーや。」
詠うように言いながら、エヴァンジェリンは両手に握る試験管とフラスコをネギへと躊躇する事無く投擲する。、
「氷結!『武装解除』!!」
エヴァンジェリンの裂帛と共にフラスコと試験管が空中で衝突し、割れた二つの中の液体、魔法薬が混じり合う。
瞬間、白い凍気の霧が周囲に立ち篭め、獣の牙の如くネギへと襲い掛かった。
「っ!?」
思考の海に没頭していた為か、ネギの反応が僅かに遅れる。
咄嗟に右腕を前へと突き出してみるが、それ以上は何の対抗策も間に合わない。
ネギは思わず目を瞑った。
その時、突如赤い閃光が闇夜を切り裂き疾駆した。
瞬間、金属を打ち付けたかのような甲高い音が辺りに響き渡る。
恐る恐る目を開けたネギが見たものは、自分を庇うように立ち塞がる赤い背中。
その後ろ姿に、ネギは見覚えがあった。
「エドワード、さん……。」
呆然と呼び掛けるネギの声に、エドワードは振り返らない。
不意にネギはエドワードの右腕に目を移した。
力無く下がったエドワードの右腕は、氷の膜に覆われている。
「っ!!」
ネギはその姿に思わず息を呑むが、当のエドワードはさして気にする訳でもなく、金の双眸をエヴァンジェリンに固定したまま徐に口を開く。
「……お前が噂の、『桜通りの吸血鬼』って奴か。現行犯だな。」
静かに紡がれる言葉と共に、エドワードの氷結した指が僅かに動いた。
氷の膜に亀裂が入り、細かい破片がボロボロと剥がれ落ちていく。
崩れた氷の隙間から覘く無機質な輝きが、街灯の光を受け冷たく煌めく。
エドワードは左手で右腕を握り締め、力を込めながら引き摺った。
滑走する左手に合わせて、右腕を覆う氷の膜が一気に剥がれ落ちていく。
そして氷の下から露になったものは鈍く無骨な、しかしどこか頼もしい光を放つ金属の右腕。
「……鋼の義肢、機械鎧(オート・メイル)。」
エヴァンジェリンは小さく呟いた。
「ハカセに聞いた事がある。末端神経に接続する事で生身とほぼ同じ動きを可能にする、新発想の義肢が存在すると。」
「オート、メイル……。」
エヴァンジェリンの科白を聴きとり、ネギは無意識に呟いていた。
もしかしたら見愡れていたのかもしれない。
エドワードは身に纏う赤い外套の襟首を無造作に掴み、引き剥がすように脱ぎ捨てた。
その衝撃に氷結した右袖は砕け散り、宙を舞う氷の欠片は街灯の光を反射し煌めく。
「出席番号26番、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、だったな。」
エドワードの金の双眸が剣呑な光を帯び、鋼の右腕がゆっくりと持ち上げられる。
「どういう事か、きっちり説明して貰うぞ。」
満月の光の下を雪のように舞い散る氷片と桜吹雪を背景に、エドワードは啖呵と共に右腕を鋭く振り下ろした。
「エドワードさん……。」
歴戦の猛者然の如く威風堂々としたエドワードの背中に、ネギ心に憧れにも似た小さな灯が生まれる。
「ネギ、ミヤザキを連れて離れてろ。」
囁くような指示と共にエドワードは一瞬だけネギを振り返り、胸の前で両手を合わせた。
「それまで、俺が時間稼ぎしてやる。」
「エドワードさんも、魔法使いなんですか?」
思わず尋ねるネギに応えるように、エドワードの胸の前で重ねられた両掌が離れる。
「俺は、……錬金術師だ!」
吼えるような裂帛と共に、エドワードは突如両掌を地面に圧し当てた。
瞬間、エドワードの足元から蒼く烈しい電光が迸る。
その眩さに、ネギは思わず一瞬両眼を瞑る。
そしてネギが再び瞼を開いた時、エドワードの右腕には一本の槍が握られていた。
龍を模した装飾が施され、穂先がU字状に二又に分かれたその槍は、この一瞬で一体何処から取り出されたというのだろうか?
疑問を抱くネギを他所に、エドワードは円を描くように右手の槍を一閃させる。
「かかって来いよ、悪ガキ。軽く灸を据えてやる。」
不敵に口の端を吊り上げ挑発するエドワードに、エヴァンジェリンの口元が怪しく歪む。
「……良い度胸だ、小僧。格の違いというものを教えてやる。」
満月の光の降り注ぐ中、錬金術師と吸血鬼が、激突しようとしていた。
鋼の錬金先生 | 第5話:月下の輪踊 |