第5話:月下の輪踊 投稿者:物書き未満 投稿日:04/08-05:38 No.98
「かかって来いよ、悪ガキ。軽く灸を据えてやる。」
「良い度胸だ、小僧。格の違いというものを教えてやる。」
桜の花びらの舞い落ちる中、錬金術師と吸血鬼は静かに睨み合っていた。
金の眼の錬金術師、エドワードは右手に二又の槍を構え、黒衣の吸血鬼、エヴァンジェリンは左手に試験管を弄ぶ。
互いに視線を外す事無く、しかし二人は一向に動く気配は無い。
功を焦り下手を打てば、逆に返り討ちに遇う。
互いに相手の力量を本能的に感じ取っているからこそ、互いに易々とは動けずにいる。
気の遠くなるような肚の探り合いに見切りを付け、最初に動いたにはエドワードの方だった。
鋼の錬金先生
第5話:月下の輪踊
右手に携える槍に左手を添え、エドワードは鋭く地を蹴った。
5m弱もの距離を一瞬に詰め、エヴァンジェリンへと槍を突き出す。
瞬間、硬く鈍い打撃音が桜通りに響き渡った。
突き出されたエドワードの槍の先端は、エヴァンジェリンの持つ試験管に受け止められている。
ピシリと試験管の表面に亀裂が入り、中の魔法薬が僅かに溢れる。
エヴァンジェリンは口の端を不敵に持ち上げ、ゆっくりと口を開いた。
「『氷楯』」
瞬間、槍の穂先は粉々に砕け散り、エドワードの身体は後方へと大きく吹き飛ばされた。
それはまるで、「視えない壁」か何かに弾き飛ばされたかのように。
宙を舞うエドワードに追い討ちを掛けるように、エヴァンジェリンは更に二本の試験管を投擲した。
試験管は空中で衝突し、魔法薬が混じり合う。
「『魔法の射手(サギタ・マギカ)』氷の7矢!」
呪文を唱えるエヴァンジェリンの周囲に7本の氷の矢が顕現し、エドワードへと一斉に放たれる。
エドワードの身体は未だ空中、回避も迎撃も利かない。
「王手だな。」
勝利を確信し、エヴァンジェリンは不敵に呟く。
その時、
「嘗めるなっ!」
怒号と共に、突如エドワードの姿が煙のように掻き消えた。
標的を見失った7本の氷の矢が、闇の中へと虚しく消えていく。
「虚空瞬動!?」
瞠目したように目を見開くエヴァンジェリンの耳は次の瞬間、小さな風切り音を捉えた。
「ちぃっ!」
咄嗟に身体を大きく反らせるエヴァンジェリンの鼻先を、突如眼前に現れたエドワードの回し蹴りが掠める。
『瞬動術』
「縮地法」とも呼ばれ、その名の示す通り数mもの間合いを一瞬にして詰める高等戦闘術。
しかも今エドワードの行なったものは、瞬動の始点に「地面」を必要とせず宙を足場に瞬動を為す、虚空瞬動。
並の魔法使い程度が易々と使えるような技術ではない。
(……僅かでも反応が遅れていれば、横面を蹴り飛ばされていたな。)
内心で冷や汗を拭いながら、しかしエヴァンジェリンは余裕の篭った視線をエドワードに向ける。
「認識を改めたよ、エドワード・エルリック。成る程、ただの自信過剰な馬鹿ではないらしい。」
「そりゃどうも、ありがとよっ!」
エヴァンジェリンの賛辞に軽口を返しながらエドワードは胸の前で両手を合わせ、地面に圧し当てた。
瞬間、迸る蒼い電光と共に地面から無数の鎖が延び、エヴァンジェリンへと襲い掛かる。
「甘いな、小僧。」
エヴァンジェリンは迫り来る無数の鎖に慌てる事無く、懐からフラスコを取り出した。
蓋を開けたフラスコを大きく振るい、エヴァンジェリンは魔法薬を宙に振り撒く。
「氷結!『武装解除』!!」
紡がれるエヴァンジェリンの呪文と共に鎖は須く凍り付き、粉々に砕け散っていく。
エヴァンジェリンは更に攻撃に転じるべく、懐から試験管を二本取り出した。
だが二本の試験管が投擲されるよりも僅かに速く、両手を打ち鳴らしたような乾いた音が響き渡る。
「遅ぇよ。」
呟くように小さいエドワードの言葉と共に、硝子の砕けるような音が二つ響いた。
気が付けばエドワードの身体はエヴァンジェリンと同じ目線まで屈められ、真横に振り抜かれたその右腕は引き延ばされるように変形して鋭い刃となり、そしてエヴァンジェリンの手に持つ試験管は二つとも横一文字に切断されている。
「王手だな。」
そう言ってエドワードは不敵な笑みを浮かべ、右腕の刃をエヴァンジェリンに突き付けた。
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「す、凄い……。」
エヴァンジェリンに刃を突き付けるエドワードの姿に、ネギは思わず感嘆の声を漏らした。
目の前で繰り広げられている高度な魔法戦を前に、それを演じる二人の役者の双方共が今の自分を遥かに凌駕する実力の持ち主である事を否が応にも悟ってしまう。
ネギはエドワードに言われた指示も忘れ、エドワードとエヴァンジェリンの輪踊(ロンド)にも似た戦闘に魅入っていた。
視覚も聴覚も第六感さえも、ネギの感覚を構成する総てが前方の二人へと収束している。
故に、ネギは気付いていなかった。
自分の背後からゆっくりと忍び寄る、もう一人の存在に。
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「さて、まだ悪足掻きするか? 悪ガキ。」
右腕の刃を突き付けたままゆっくりと立ち上がり問うエドワードに、エヴァンジェリンは肩を竦めた。
「どうやら、今の私では些か分が悪いらしいな。」
諦めたように自嘲的に笑うエヴァンジェリンに、エドワードの緊張の糸が僅かに緩む。
「物分かりが良いじゃねぇか。じゃあ早速、どういう事かキリキリ吐いて、」
エドワードがそこまで言いかけたその時、
「うわぁ!?」
突如エドワードの背後から誰かの悲鳴が響き渡った。
思わずエヴァンジェリンから目を離し顔を向けるエドワードの見たものは、両耳にアンテナのような飾りを着けた長身の少女に押さえ付けられるネギの姿。
「ネギッ!!」
咄嗟にネギへと駆け出しかけたエドワードは、ネギを捕らえる少女と目が合い踏み止まる。
「……チャチャマル。」
苦虫を噛み潰したように表情を歪め、エドワードは少女の名を呟く。
「その通りだ。私のパートナー、絡繰茶々丸だ。」
誇らしそうなエヴァンジェリンの紹介に、茶々丸はエドワードに一礼する。
「……パートナー?」
エドワードはエヴァンジェリンの言葉に眉を顰め、次の瞬間双眸を大きく見開き振り返った。
「まさか、「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」か!?」
瞠目するエドワードの問いに、エヴァンジェリンは笑みをもって返す。
「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」
魔法使いと契約を結び、楯となり剣となる者。
平和な現代では恋人探しの口実と成り下がっているが、その本来の役目は呪文詠唱中無防備となる魔法使いを守護する「戦いの道具」。
エドワードは小さく舌打ちした。
ネギとのどかを人質に取られ、迂闊に動く事は出来ない。
その時、エドワードは自分の身体に纏わりつく違和感の存在に気付いた。
まるで何かに拘束されているような奇妙な感覚が、全身に走り巡っている。
違和感の正体を探るべくエドワードは左腕を上げようとし、次の瞬間戦慄に身を凍らせた。
左腕が、動かない。
否、左腕だけでなく身体全体が金縛りに遭ったかのようにピクリとも動かない。
「気付いたか。」
不敵に微笑むエヴァンジェリンの指先が、僅かな光を発した。
よくよく目を凝らしてみれば、夜の闇に紛れ細い何かが周囲一帯に張り巡らされている。
「これは、……糸!?」
驚愕の声を上げるエドワードの言葉を肯定するように、エヴァンジェリンは笑みを濃くする。
「『人形使い』の技能でな、今の私でもこの程度の間合いならばご覧の通りさ。」
言葉と共に動くエヴァンジェリンの指先に合わせるように、エドワードの身体が宙に持ち上げられる。
まるで、視えない十字架にでも磔にされているかのように。
エドワードは拘束から抜け出すべく手足に力を込めるが、糸は一向に切れる気配は無い。
「無駄だ。この糸には魔力が込められているからな、生半可な力では断ち切れん。」
諭すようなエヴァンジェリンの言葉に、エドワードは僅かに眉を動かした。
「……ああ、そうかい。」
何かを企むように口元を歪ませ、エドワードは両眼を閉じた。
「左腕に「気」、右腕にも「気」……。放出ッ!!」
裂帛と共に、エドワードは両眼を見開いた。
瞬間、烈しい光と共にエドワードを束縛する糸が焼き切れる。
「脱出成功!」
地面に降り立つエドワードの姿に、エヴァンジェリンは感嘆するように眉を上げた。
「中々やるじゃないか。……それで、ぼーやを助けには行かないのか?」
「二度も背中を見せる程、俺は馬鹿でも自惚れてもいないからな。」
エヴァンジェリンから視線を外す事無く、エドワードは眉間に皺を寄せる。
「話の続きだ。何故ミヤザキを襲った?」
眼光鋭く問うエドワードから視線をずらし、エヴァンジェリンは一瞬ネギへと一瞥を投げかける。
逡巡するように視線を落とし、エヴァンジェリンはゆっくりと口を開いた。
「……15年前の話だ。私はある男に呪いを掛けられ、この地に封印された。」
「「……呪い?」」
独白を始めるエヴァンジェリンに、エドワードとネギは同時に声を上げる。
「そうだ、真祖として闇の世界でも恐れられたこの私が舐めた苦汁……!」
突如エヴァンジェリンは目を見開き、右手の人指し指をネギへと突き付けた。
「私はお前の父、サウザンド・マスターに敗れて以来魔力も極限まで封じられ! もー15年間もあの教室で日本のノー天気な女子中学生と一緒にお勉強させられてるんだよ!!」
雷の如く降り注ぐエヴァンジェリンの怒号に、ネギは怯えたようにうっすらと涙を浮かべ、エドワードは口元に手を当て小さく肩を震わせた。
「そこ! 笑うなっ!!」
般若のような形相で一瞬エドワードを睨み付け、エヴァンジェリンは疲れたように吐息を零した。
「この馬鹿げた呪いを解くには、奴の血縁たるお前の血が大量に必要なんだ。だから私はお前に対抗出来る力をつける為、危険を冒してまで学園生徒を襲い、血を集めた。総ては私自身の為に、な。」
そこまで言い切り、エヴァンジェリンは冷ややかにネギを見下ろした。
「……納得出来たかい、ぼーや?」
冷たく突き放すようなエヴァンジェリンの言葉に、ネギの胸の奥がズキリと痛む。
エヴァンジェリンは茶々丸へと視線を向け、徐に口を開いた。
「……帰るぞ、茶々丸。」
「宜しいのですか?」
茶々丸の問いにエヴァンジェリンは小さく鼻を鳴らし、エドワードへと視線を向ける。
「興が殺がれた。それに何事も、焦り過ぎというのは良くないものだ。」
何かを含んだような笑みを浮かべ、エヴァンジェリンはマントの裾を翻した。
「……おやすみ、お二人さん。」
言葉と共にフラスコが地面に叩き付けられ、濃厚な霧が周囲を白く覆い尽くす。
霧が収まった時には、エヴァンジェリンと茶々丸の姿は何所にも無かった。
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