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第7話:波乱の序曲 投稿者:物書き未満 投稿日:04/08-05:39 No.100

「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」

それは社会に出て活躍する魔法使いをサポートする相棒(パートナー)であり、契約者を守護する剣であり盾でもある。

その伝統は魔法使いの世界に伝わる古い英雄譚に端を発すると謂われており、世界を救う偉大な魔法使いを守り続けた勇敢な戦士に与えられた称号がその起源とされている。



大抵の場合「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」の役目は異性が務め、現代ではそのまま結婚してしまう場合が多い。

だが必ずしもパートナーが異性でなければならないという訳ではなく、エヴァンジェリンと茶々丸のように同性同士で主従の契約を結ぶ例も少なからず存在する。



(要は信頼の問題なんだよな……。)



チョークを片手に3-Aで英語の授業を行いながら、ネギはエヴァンジェリンへの今後の対策を巡らせていた。



……可能ならば。話し合いで決着をつけたい。



だがエヴァンジェリンにとってネギは自らを「地獄」に叩き墜とした怨敵の血族であり、同時に「地獄」から抜け出す現状唯一の鍵でもある。

加えて茶々丸というパートナーを従えているエヴァンジェリンに対し、ネギは未だ「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」を見つけていない。

戦力的に見ても、エヴァンジェリンの方が圧倒的に有利である。

恐らく今の段階では、エヴァンジェリンがネギの言葉に耳を傾ける事は有り得ない。

それがネギの導き出した結論である。



だが、もしもネギが誰かと仮契約を結んだら……?



仮契約を結び、ネギが「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」を従えれば、話は変わってくる。

まず戦力上では両者の関係は均衡となり、少なくとも問答無用で襲撃されるという事態は無くなるだろう。

それによりエヴァンジェリンとの交渉の余地も生まれるかもしれない。

その場合、切り札(カード)となるパートナーは強力であればある程良い。



(けど、何か嫌だなぁ……。)



結果的に「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」を道具として考えている自分に気付き、自責と自己嫌悪の念がネギの心の内に染みのように拡がっていく。

だが己の考えを改め何か別の方法を模索するつもりも、ネギには無かった。



この瞬間、ネギはある人物に自分と仮契約を結んで貰う事を頼み込む事を、決断した。





鋼の錬金先生

 第7話:波乱の序曲





「あの、アスナさん。ちょっと相談があるんですけど、良いですか?」



どこか遠慮がちに投げ掛けられたネギの言葉に明日菜は二校時目の準備をする手を止め、顔を上げた。



「あんたが相談なんて珍しいわね。言ってみなさいよ。」



登校中に癇癪を起こしネギを置き去りにしてしまった事への罪悪感もあり、またいつも独りで物事を抱え込みがちなネギが自分を頼って来てくれた事への嬉しさもあり、明日菜はネギの相談の本題を尋ねた。



だがネギは明日菜の言葉に狼狽えるように視線を逸らし、周囲を落ち着き無く見回す。



「……あの。ここじゃ話し難い事なので、出来れば移動したいんですけど……。」



気まずそうに頬を掻くネギに、明日菜は怪訝そうに眉を寄せた。

教室では話せないような相談、それは要するに『魔法』関係の厄介事が起きたという事だろうか。

明日菜は僅かに眼を眇め、思考を巡らせる。



「……良いわ、どこか人のいない所で話しましょ。」



数秒の沈黙の後、明日菜はそう言って席を立った。

本音を言えばこのような非日常な厄介事に関わる事は避けたい所であるが、頼られてしまったのならば仕方が無い。

明日菜はネギを伴い、教室を出た。



廊下を進み、二人がやって来たのは階段の踊り場。

今は人気の無いその場所は、明日菜にとって思い出の場所でもある。

初めてネギに出会った日、当時大嫌いだったネギを少しだけ見直した場所。



ーー「おじいちゃん、言ってました。魔法は万能じゃない、僅かな勇気が本当の魔法だって。」



あの日この場所でネギに言われた言葉が、不意に明日菜の胸に蘇る。

祖父からの受け売りだというその言葉を、今まさにネギは実行しようとしているのだ。

勇気を出して、前に進もうとしているのだ。

ならば自分は、ネギの一歩をしっかりと受け止めてやらなければならない。

明日菜はネギの双眸を正面から見つめ、ネギの言葉を静かに待った。



数十秒もの長い沈黙の後に、ネギの口がゆっくりと開かれる。



「……アスナさん、「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」の事で相談があるんです。」



意を決するように放たれたネギの言葉を耳にした瞬間、明日菜の心臓が大きく跳ねた。

「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」、それは確か魔法使いの恋人の事ではなかっただろうか。

だとすれば「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」の相談とは、則ち恋の相談に他ならない。



「へ、へぇ……。どんな相談?」



明日菜は内心の動揺を押し隠し、冷静な態度を取り繕いながら相槌を打った。

高畑一筋の筈の自分が何故動揺しているのかは判らないが、ここでネギに自身の動揺を悟られては拙いと明日菜の直感が告げている。



明日菜の努力が功を奏したのか、ネギは明日菜の挙動を怪しむ様子も無く話を続ける。



「実は僕、ある人に僕のパートナーになって貰おうと頼む事にしたんです。でも、その人に何て言って頼めば良いのか分からなくて……。」



困惑したように視線を落とすネギの姿に、明日菜はかけるべき言葉が見つからなかった。

パートナーになってくれるように頼むという事は、恋の告白と同義ではないか。

ガキだ子供だと侮っていたが、どうやらそれは明日菜の思い違いだったらしい。



「……それで、誰に頼もうと思ってるの?」



思わず口にしてしまった疑問の言葉。

無粋な問いだとは、明日菜自身も承知していた。

だがそれでも、明日菜は知っておきたかった。

ネギが誰をパートナーに選んだのか。

ネギが誰に告白しようとしているのか。

例えネギが誰を選んだとしても、明日菜はそれを受け止め納得してやりたかった。

ネギの「保護者」として、ネギの力になってやりたかった。



だがネギが口にした者の名は、明日菜の予想の遥か斜め上を往くものだった。



「……エドワードさんです。」



若干の躊躇いと共に、ネギは確かにそう言った。



瞬間、明日菜の時間は凍り付いた。

「エドワード」? ネギは今「エドワード」と言わなかったか?



「……ネギ。「エドワード」ってもしかして新しく3-Aの副担任になった、あのエドワード先生?」

「あ、はい。そのエドワードさんです。」



ぎこちない口調で問う明日菜に、ネギは何の躊躇も迷いも無く頷く。

明日菜は、自身の中で何か大切なものが音を立てて崩れていくのを自覚した。



「ちょっと待ちなさぁぁぁぁぁーーーいっ!!」



怒号を上げ、明日菜はネギの両肩を鷲掴みした。



「ネギ! そーいうのは個人の自由だし他人の私が口を挟むのはおかしいと思うけど、でも敢えて言わせて貰うわ。考え直しなさい! 今すぐに!!」



鷲掴みにしたネギの両肩をガクガクと揺さぶりながら、明日菜はネギの目を覚まさせるべく説得の言葉を浴びせ掛ける。



「確かに世の中にはそんな人もいる事はいるけど、でもやっぱり男同士でなんて絶対変よ! ネギはまだ10歳なんだし、好い人なんてこれから先幾らでも見つかるわ! だからそんなに結論を急いじゃ駄目よ!! あんたの今後の人生がかかった大切な選択を踏み誤らないで!!」



「で、でででもアスナさん! これは僕がもう決めちゃった事ですし、信頼さえあればパートナーに性別なんて関係ありませんよ!」



首を揺さぶられながら必死に反論を試みるネギに、明日菜の中で何かが切れた。

ネギの肩を掴む両腕の往復運動が、更に激しく苛烈になる。



「ネギ! あんた本気でそんな事思ってんの!? パートナーが男で構わないって、本気でそう思ってる訳!?」

「し、信頼さえあれば性別なんてきっと関係無いんです! 現にエヴァンジェリンさんだって……、」



そこまで言いかけ、ネギは慌てたように両手で口を塞いだ。

思わず口に出しかけてしまったが、明日菜は桜通りでの一件を全く知らないのだ。

この事は何としてでも秘密にしておかなければならない。

これ以上明日菜に、余計な心配をさけたくなかったから。



だが時は既に遅く、ネギを見下ろす明日菜の顔には懐疑の表情が浮かび、その双眸は先程までとはまた違った意味で鋭い光を発している。



「……ネギ、どうしてそこでエヴァちゃんの名前が出てくる訳?」



絶対零度の焔を瞳に宿し、明日菜は感情を押し殺したように低く問った。

その瞬間、ネギの瞳に動揺と狼狽の色がありありと浮かぶ。



「いや、あの、それは……。」

「やっぱりあんた、私に何か隠してたのね。」



何とか誤魔化しを図ろうとするネギの健闘は空しく終わり、言い訳は言葉となる前に封殺された。

明日菜はネギの肩を掴む両手を離し、顔をネギへと大きく近づけた。



「ネギ? 怒らないであげるから、隠してる事を全部話しなさい。」



額に青筋を浮かべながら穏やかににこやかに脅迫する明日菜に、ネギは首を縦に振る以外の選択肢を見出せなかった。



最終的に、ネギは総てを明日菜の前で吐かされる事になった。

桜通りに出没するという吸血鬼の正体が、エヴァンジェリンであるという事。

エヴァンジェリンは茶々丸と主従の契約を結んであり、自身に掛けられた呪いを解く鍵であるネギを狙っているという事。

ネギとしてはエヴァンジェリンと戦いたくなく、話し合いで事件の解決をしたいという事。

そして交渉の鍵として強力な「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)」を欲し、エドワードに白羽の矢を立てたという事。



総てを聞き終え、明日菜は安堵したように大きく嘆息した。

どうやらネギの中に恋愛感情の類いは無いらしく、単に戦略的な面でエドワードを選んだらしい。



「もぉ、慌てて損しちゃったわよ……。」



ネギが人としての道を踏み外したのではないかと本気で思っていた為に、明日菜の口からは安堵の吐息が零れる。



「え? アスナさん何か言いましたか?」

「な、何でもないわよ!」



首を傾げるネギに慌てて首を振り、明日菜は疲れたように再度大きく息を吐き出した。





その時、ネギと明日菜は気付いていなかった。

階段の影に身を潜め、二人の話を盗み聞きする者がいた事を。





   □■□■□





「……聞いた?」

「聞いたです。」



鳴滝風香と史伽の二人は顔を見合わせ、ゆっくりと腰を上げた。

怪しい挙動で教室を立ち去ったネギと明日菜を興味半分で尾行した先に、まさかこんな事を聴いてしまうとは思ってもみない事態だった。

ネギと明日菜は未だ何かを話しているが、今は最早どうでも良い。



「大変な事を聞いちゃった……。」

「まさかネギ先生が、そんな……。」



緊張と困惑の混じり合ったような呟きを口にしながら、鳴滝姉妹は小走りで駆け出す。

一刻も早く皆に伝えなければ、総てが手遅れになってしまう。



息を切らせながら3-A教室に駆け込み、風香と史伽は大きく息を吸い込み口を開いた。



「たたた、大変です緊急事態ですエマージェンシーですーーーっ!!」

「ネギ先生がパートナーにエドワード先生を選んじゃったーーっ!!」



刹那、3-A教室から総ての音が消え去った。

時が止まったかのように生徒達の動きが凍り付き、一瞬の間の後に、



『『『『『何ぃぃぃぃぃぃーーーーーっ!?』』』』』



平和な教室は阿鼻叫喚の地獄絵図へと様変わりした。



「どどどどど、どういう事ですか風香さんに史伽さんーーーっ!?」



怒号と共に最初に鳴滝姉妹に詰め寄ったのは、ネギへの偏愛と執着はクラス1と噂高い3-A学級委員、雪広あやか。

般若もかくやといった形相で二人に迫るあやかの姿に、他の生徒達も騒ぎ始める。



「ちょっと! ネギ君がパートナーをエドワード先生に決めたって本当!?」

「それってもしかして『婚約』って事じゃない!!」

「えー! でもエドワード先生って男だよ!?」

「ネギ君の恋愛はネギ君の自由だけどやっぱり男同士って何か嫌ぁぁぁーーーっ!!」



混乱を隠し切れない生徒達の絶叫に、3-A教室は更に混沌としていく。



春休みの半ば頃、3-Aに一つの「噂」が流れた。



ーー実はネギの正体は小国の王子であり、恋人探しの為に来日したらしい。



所詮は唯の噂の域を出ず、一時期は大騒ぎしていた生徒達からも既に忘れ去られた余他話に過ぎなかった。



だが鳴滝姉妹の報告は、その根も葉も無いと思われていた「噂」に大きな信憑性を持たせてしまった。

何の根拠も無い唯の噂が、今や3-Aの大部分の生徒達にとって「事実」に変わり始めている。

既に生徒達の頭の中には「パートナー=婚約者」の方程式が完成し、少女達は何の疑いも無くそれを信じていた。





ネギと明日菜にとって幸いだった事は、鳴滝姉妹が二人の会話の途中で立ち去り、魔法関係の部分を全く聴いていなかったという事である。

そしてそれは同時にエドワードにとっての不幸にも繋がっている訳だが、それはまた別の話である。





 

鋼の錬金先生 第8話:学級法廷

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