Act1-4

 

【刹那】


「ま、まぁ…そこら辺は…か、か、かかか関係ないので…」

「聞きたいー、聞きたいー!! 肝心なトコだけはしょるなんてズルいー!!」

刹那がその後のことが恥ずかし過ぎるため短縮しようとすると、このかが両手をぶんぶんと上下に振りながら続きをねだる。
アスナはそんなこのかを苦笑しながら後ろから押さえ込んでいたが、やはりアスナも他の人の色恋に興味があるのか、聞きたそうな表情を浮かべている。
そんな彼女らの後ろに、小さな不届き者が一匹…。

「かーっ! そいつぁ、兄貴の親父並のタラシだな。『どんな姿になっても、僕はせっちゃんのこと
好きだから。』、なーんて…」

「えぇっ?! カモ君、父さんがタラシってどういう…ひぇぇっ?! せ、刹那さんっ?!!」

(チャキンッ)

「…カモさん、『開き』と『活け作り』、どちらを選ばれます?」

小さな不届き者の首に、刹那は笑顔で夕凪の切っ先を突き付ける。
…少々、殺気も放ちながら。

「す、すみません! つい!」

「まったく…は…恥ずかしいんですから、何度も言わないでくださいっ!」

刹那は恥ずかしそうに頬を赤らめながら、刀を鞘に納める。
喉下の切っ先が無くなっても全身に冷や汗を流すカモに、刹那は尚もジトリとした警戒の視線を
向けていた。

「でも、そんなセリフ言われるなんて、えーなー…。ウチも言われてみたーい」

「カモの言うとおり、ソイツ、誑しよ、誑し。しかも天然だなんて、余計タチが悪いわよ。まったく…
どんな大人になってるのやら…」

「ま、まぁ…彼が天然の女誑し、というのは否定できそうにありませんが…。…でも、当時の私にそんな言葉をかけてくれるような同年代の男の子はいませんでしたから、その…恥ずかしい話ですが…嬉しくて泣いてしまったのを覚えてます…」

恥ずかしそうに話す刹那の顔には、はにかみながらも、心からの優しい微笑みが浮かんでいた。


〜朧月〜


【志貴】


「ぶぇっくしゅっ! うぅ…風邪、引いたかな…。こりゃ本気でヤバイかも…」

麻帆良大学・経済学部棟へ向かう道中、志貴の大きなくしゃみが辺りに響き渡る。
黒のジーンズに茶のパーカーと、十一月ならばそれなりに暖かい格好をしてきたのだが、予想
以上に寒くなってきていたようだ。
どちらも結構厚手のものを用意してきたのに効果が無いとなると、本気で凍死の心配をしなければならない。

「…どうしようか…バイト先の床で寝かせてもらうつもりで、寝袋持ってきたけど…」

辺りを見回して、近くにバイト募集の張り紙など無いか探してみる。
が、そう簡単に見つかるものでもなく、結局雇ってくれそうな店は見つからなかった。
ここら辺もやはり、無計画に飛び出してきたためなのだろう。
…と言うか、御曹司であるというのにホテルに泊まるという選択肢が無い、というのもいかがな
ものかと思うのだが。

「仕方ない…さっさと大学を見て、別の商店街で…っ!?」

再び深いため息をついて、とりあえず経済学部棟へ向かおうと歩き出したその時、背後にあった
路地裏から何者かの気配を感じた。
咄嗟に路地裏の方へ振り返り、ポケットの中に忍ばせた飛び出しナイフ『七つ夜』の柄を右手で
握って、いつでも取り出して迎撃できるように身構える。

「…気のせい、か…?」

身構えたまま、しばらく路地裏の奥にある闇に視線を向けていたが、何を仕掛けてくる訳でもなく、先程感じた気配は既に消え去ってしまっている。
ほんの数ヶ月の間に立て続けに起きた人外バトルのせいか、妙に殺気や視線といったものに鋭敏になっていたのだろう。
何だか必要以上に警戒していた自分が急に恥ずかしくなってきた志貴は、構えを解き路地裏に背を向けると、なるべく意識しないようにしながら経済学部への道を歩き始めた。


【高音・愛衣】


「…私達の尾行に気付かれたかも知れないわね…。あの男…調べてみる必要がありそうだわ」

「はぁ…でも、見た感じ、ごく普通の男性のようですが…」

路地裏近くの建物の屋上の陰から、二人の女の子が姿を現す。
どちらもデザインは違ってはいるが制服を着ており、この麻帆良学園の生徒であることがわかる。
彼女らは、肩を落として哀愁に満ちた背中を晒しながら歩く志貴の姿を目で追いながら、言葉を
交わした。

「油断してはダメよ、愛衣。見た目はアレでも、私達の監視に気付きかけたんだもの…只者では
ないわ」

高音が、キッと視線を鋭くして志貴の背中を睨みつけると、遠くでありながらもその鋭い意志が
伝わったのか、はたまた遠野家で培われた恐怖への直感が反応したのか、志貴がビクッと体を
震わせる。
慌てて周囲を見回し、自分の義妹の姿が無いことを確認した彼は安堵のため息をつき、首を傾げながら歩き出した。
そんな彼の姿を見ながら同じように首を傾げていた愛衣は、高音の暴走を抑えるべくおずおずと
意見を言おうとした。

「あのぉ…お姉様。あの人、さっき私達じゃなくて路地裏の方を見てたと思うんですけど…って、
えぇっ?!」

「ほらっ、グズグズしてないで早くついてきなさい、愛衣! 追うわよ!」

「は、はい〜! お姉様、待ってください〜!」


――――暴走した『お姉様』に引きずり回される、中二少女。こっちもこっちで結構不幸…なのかもしれない。


【????】


「ふむ…危うく見つかるところだった。が…矢張り、あの少年か…。よくよく縁があるようだな」


――――路地裏の奥に映し出された影。


その影の中から、マントを纏った中世の貴族のような姿をした男が姿を現す。
輝きを宿す金髪に、整った端正なる顔立ちは、その格好と相まって本物の貴族のようであった。
男は瞳を閉じたまま、口を歪ませて哂う。

「彼が計算外(イレギュラー)の名優となるか、それともただの無粋なる乱入者と成り下がるか…。キキキキキキッ…どちらにしろ、名演技を期待させて頂こうではないか、『殺人貴』よ」

志貴の立ち去った方向に毒々しい輝きを宿した紅い瞳を向け、奇怪な笑い声を上げる。
そして男はマントを翻して、『魔』の棲み処たる、路地裏の闇に溶けるようにその姿を消したので
あった…。





□今日の裏話■


「そーいや、ネギもタラシの気があるのよね…」

「?」

アスナの一言に、視線がネギへと集中する。
当の本人はよくわからず、きょとんとしていた。

麻帆良祭で年齢詐称薬で大きくなったネギのタラシっぷりは、アスナの耳に入っていた。
まあ、彼女もそれは経験済みだったが、話によると随分なタラシっぷりだったという。

「…ネギの行く先に不安を感じるわね」

本気で心配そうな表情を浮かべるアスナだったが、当の本人はのんきに茶を啜っている。

「あははー、ネギ君もタラシー♪」

「血は争えねぇな、アニキ」

「え…ええ?! な、何ですか、みんなして?」

知らぬは本人ばかりなり。
刹那も、口にこそ出していないが、その表情がありありと物語っていた。


…タラシっぽいところは彼に似ている、と。

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