【愛衣】
「先生が重傷を負って入院?!
どういうことですか!」
『…僕が世界樹広場前に着いた時には、既に大怪我を負っていた。…いいかい、高音君。今夜は外に出るんじゃない』
一旦落ち着いた頃に、丁度かかってきた高畑先生からの電話で、再びお姉様が興奮したように椅子から立ち上がる。
でもその内容は、お姉様だけじゃなく、私にも信じられないような内容だった。
ガンドルフィーニ先生は手練れの魔法先生で、並大抵の敵に負けるほど弱くは無い。
それが、入院するほどの重傷を負わされるなんて…。
「ですが!」
『魔法先生が倒されるほどの強敵だ。…君達で太刀打ちできるような相手じゃない。それに…
愛衣君まで巻き込むつもりかい?』
「く…」
お姉様は悔しそうに唇を噛み締めながら、黙り込んでしまった。
携帯の声を聞くことは出来ないため、何を言われたのかはわからないが、高音お姉様があの表情をした時は…。
『君達は、寮の方の警備を頼む。…今、一般人が寮から外へ出てはまずいからね。それじゃ、頼んだよ』
「…えぇ、わかりました。高畑先生」
話し終えたのか、携帯を切ったお姉様の表情は…笑顔。…怖いくらいの、笑顔。
高畑先生がお姉様に何と言ったのかは知らないが、後に続く言葉は、何となくわかっていた。
「愛衣…寮に結界を張った後、町の見回りへ行くわ。…あなたは寮に残って、誰も外へ出ないように監視していなさい」
魔法先生が倒されるほど強い敵がこの町にいるというのに、お姉様は一人で戦おうとしている。
私は未熟だから、強大な力を持った敵と戦うことになったら、役に立つこと無く負けてしまうだろう。
…でも、お姉様を一人でそんな危険な場所へ行かせることなんて、出来ない。
「…行きます。絶対に、お姉様について行きます!」
「…わかったわ。行きましょう、愛衣。必ず、生きて帰るのよ」
気持ちを引き締めて、私とお姉様は寮に結界を張った後、雪が降り積もった夜の町へと足を踏み入れたのであった。
〜朧月〜
【エヴァ】
「マスター、目標の男性を発見しました。近くにネギ先生とアスナさんもいるようです。あと、
もう一人…」
「ん…アイツは…ヘルマン、とか言ったか。…ふん、ちょっと様子を見るとするか」
あの眼鏡の男から感じた微弱な魔力…十中八九、何かの魔法具で誤魔化しているものだろう。
どんな力を持っているかわからないが、隠さなければいけないものならば見たくなるのが人情ってモノだ。
見たところ、男はぼーや達とヘルマンの間に割って入っていくつもりのようだ。
ならば、ここで奴と戦わせてみて、男の本当の力を見極めるというのもいいだろう。
「ヘルマンは強力な石化能力を持っていますが…ネギ先生達は大丈夫でしょうか」
む…そういえば、奴の石化は強力だったな…。
…まぁ、いいか。
今の状態の私が相手をするには、少々面倒な相手だからな。
「ふん…ここで倒れたのならば、ぼーやもそこまでの器だった、ということだ」
「…ドキドキハラハラしているようですが?」
「お前な…。…ん?
ふん…あの男、ヘルマンの石化を喰らったか」
最近、茶々丸のそっち方面へのツッコミが多い気がするのだが…気のせいか?
突然辺りを照らした光の方向を見ると、どうやらヘルマンが男に向けて石化の光を放ったようだ。
男は…信じられないことだが、光の大部分を避け切り、脚をかすらせた程度だった。
「ハイ…並外れた跳躍力でしたが、足首から先が光に当たったようです」
「当たってしまったならば、これでお終いだろう。…つまらん」
奴の光がもたらす石化の症状は、徐々に進行していく。
かすった程度でも、その光がかすった部分から石化が進むのだ。
男の方はもう終わりか…存外にくだらん奴だったようだな。
「ネギ先生と、アスナさんが戦い始めました。以前よりもヘルマンの力が増しているようですが…加勢、しますか?」
確かに、以前のヘルマンは手加減していたように見えたが、今回は明らかに様子が違う。
悪魔の姿になっていないが、それでも本気で戦うつもりのようだ。
だが、前回も何とか倒せたんだし、今のぼーやなら何とか乗り切れるだろう。
「…もう少し、様子を見るぞ。…ぼーやの力が、あれからどれだけ成長したか見れ――――ッ?!!」
突然、体中が粟立つかのような感覚を覚える。
体の奥から震えてくるかのような、絶対的な『死』。
それに続くように、辺りを支配し始めた冷たさは、その『死』の気配を覆い隠してしまう。
「っ!
男性のいる場所から、高密度の魔力を確認しました」
「何だ、コレは…っ?!!」
魔力…?
いや、魔力なら近衛木乃香やぼーやの方が遥かに上だ。
恐るべきは――――この辺りを覆い尽くした『死』の気配だ。
だが…まさか『不死』である私が、ここまで震える日がこようとは…。
死神というものがいるのなら、恐らくこんな気配を纏っているのだろう。
「…ッ?!!
男性の武器の性能から推定して、ヘルマンの腕を斬り飛ばすことは不可能。速度
及び筋力等の不確定要素を付加してもあの切断面は説明がつきません」
「は…ハハッ、化け物か、あの男…」
驚愕の表情を浮かべた茶々丸の視線の先を辿れば、丁度ヘルマンの斬り飛ばされた腕が落ちていくところだった。
どんなに切れ味のある名刀であっても、あれほど奇麗な切断面を作るのは不可能だろう。
ヘルマンの右腕が、まるで最初から無かったようにすら見える。
「…茶々丸、あの男の武器から魔力は?」
「いえ…一切ありません。ただ造りが頑丈なだけの、普通のナイフです」
魔法によって切れ味を強化させている、という仮説は一蹴された訳か。
ならば、といくつかの可能性を考えてみるが、どれも不確定だ。
しかし…何とも、面白い男が来たものだ。
自然と、口の端に笑みが浮かんでくるのが、自分でもわかる。
「フン…あの男がヘルマンを倒したら、捕縛するぞ。…興味が湧いた」
空を飛ぶヘルマンに対して、ぼーやがあの男を杖に乗せてやって、郊外の森へと向かったようだ。
どうやら男の指示のようだが…さて、どんな戦いぶりを見せてくれるのやら。
サウザンドマスター以来、興味が湧くようなことはそうそう無かったが…今度の奴は楽しませてくれそうだ。
☆
□白レンのお部屋■
「あら、いらっしゃ………」
読書をしながら紅茶を口にしていた白レンが、来客に気付き顔を上げる。
が、そのまま白レンは時が止まったかのように固まってしまった。
その視線の先にいるのは――――
「よーう、白猫ー。元気かにゃー?」
…不条理生物だった。
ずかずかと上がり込んできたナマモノ…もとい、猫アルクは、白レンが飲んでいたティーカップの紅茶をぐびり、と一口で飲み干す。
「…ハッ!!
な、何なの、あなた…?!」
「んー?
何って、猫にゃ。つーか、レン同様にあちしを使ってるんだから、知らない仲でもあるまいにー」
ちょこちょこと部屋のあちこちを動き回る猫アルクに、白レンは動揺を隠せない。
「で、出て行きなさいよ!
あなたなんか呼んだ覚えは無いわ!」
白レンは動揺しながらも、この奇妙な不条理生物を追い出さんと、氷の刃を繰り出しながら
追い回す。
「にゃにゃにゃにゃ。他人に対して激辛毒舌かますクセに、志貴と二人っきりになったらきっとベタ甘。萌え。ツンデレの基本みたいなヤツだにゃー♪」
挑発するように白レンの周りをちょこまかと走り回る猫アルク。
言われたことが図星だったのか、顔を真っ赤にして体を震わせる白レン。
「…う、う、う…うるさぁーいっっっ!!!
出て行きなさい、この化け猫ーっ!!
アン、ドゥ、トロアーーーッッッ!!!」
「おおう、いい拳持ってんじゃねーか。そんじゃ、まーたくーるにゃ〜♪」
出口から吹っ飛ばされる猫アルクだったが、懲りた様子は微塵も無い。
…まあ、この不条理生物が懲りることなど、ありえないのだが。