【さつき】
「何…?!
死徒二十七祖の一角かも知れないだって…?!」
「ええ、可能性に過ぎませんが…死徒二十七祖十三位、『ワラキアの夜』。または『タタリ』とも呼ばれています。…町に住む人々の、恐怖や不安といった『噂』を元にその姿を具現化し、一夜にしてその町を消滅させる『自然現象』と成った厄介な存在です」
タカミチさんと名乗った男性は、どうやらこの町を守っている人らしい。
ロアの記憶から名前だけはわかったが、魔法協会におけるビッグネームであるということ以外に詳しいことはわからなかった。
シオンが言うには、魔法協会とは魔術協会と袂を分けた協会のことで、本来ならば協力したりしないらしいのだが、今はギブ&テイクということで情報交換をしている。
タカミチさんからは、事件解決までのこの町への滞在許可。
こちらからは、敵の情報の提供。
あ、遠野君を見なかったかも聞いてみよう。
「あのー…えっとですね。黒縁眼鏡に、黒髪の男性を見ませんでしたか?」
「ん?
いや…ここに来るまで、そんな人は見なかったな…」
「まぁ…志貴の性格からすれば、この町から出たなんてことは無いでしょう」
遠野君の情報は無し、か。
でも、確かにシオンの言うとおり、遠野君はこんな状況に陥った町を放り出して逃げるような人じゃない。
困っていた私を助けてくれた遠野君は、今回もきっとこの町を元に戻すために頑張っている。
「…でも、シオンが来るって聞いて逃げ出しちゃったとか…痛い痛い、シオン痛い!!」
「なぜ私が来たら志貴が逃げるのか、小一時間問い詰めたいのですがよろしいですかさつき?」
青筋を浮かべながら怖い笑みを浮かべたシオンが、銃口を私の頭に押し付けてぐりぐりしてくる。
シオンに問い詰められたら、小一時間で済むはずが無いから、遠慮しておこう。
私達を見て苦笑しているタカミチさんは、ポケットに両手を突っ込んだままだったが、私の本能が警戒を怠らないように言っている。
よくわからないけど、タカミチさんの方はいつでも戦える状況にあるようだ。
「…!
…どうやら、悪夢は待ってくれないようですね…」
「むっ…!」
突然、シオンが銃を構え、タカミチさんがシオンと同じ方向に鋭い視線を向ける。
シオンが銃口を向けた先を見ると、黒いコートを纏った長身のおじさんが立っていた。
その周りには、黒い犬、黒い鹿といった動物や、見たことも無いような化け物達が控えていて、こちらを狙っている。
「ふん…この私に出会ってしまったことを、我が混沌の中で悔いるがいい!」
「…なぜ、この町であなたが出てくるのか甚だ疑問ですが、倒させていただきます。二十七祖
十位、『混沌』…ネロ・カオス!!」
シオンが引き金を引くのと同時に、ネロの真っ黒なコートの中から、カラスが弾丸のような速さで
飛んできた。
私…生きて遠野君に会えるかなぁ…。
〜朧月〜
【刹那】
「…不気味な姿はしているが、危害を加える気が無いなら去れ」
「にゃにおー?!
おいコラ、そこの羽持ち少女!!
うぐぅ、とか言ってタイヤキ食い逃げしてんじゃねーぞ!!!」
このぬいぐるみ、私が烏族だと気付いている…?!
見かけはアレだが、私の本当の姿を見抜くことができるということは、案外強い力を持っているのかもしれない。
…というか、タイヤキを食い逃げというのは何の話だろう?
「それ、話がちゃうと思うんやけどー…」
「にゃにゃにゃ?
そこな天然少女とは中々話が合いそうだなぅー」
お嬢様、律儀に反応しなくても…。
そんなことを思っていると、猫耳を生やしたぬいぐるみがボクサーの構えを取り、シャドーを始めた。
シャドーをしながら、時折円を描くように体を回転させながら、こちらに近づいてくる。
お嬢様を安全なところまで下がらせると、夕凪に手をかけていつでも抜刀できるように身構えた。
「にゅっふっふっふ…喰らいたまえ、一人エ○ザイルダンス改め、伝家の宝刀・にゃんぷしー
ろーるA・C!!!」
「ぅわああぁぁっっ?!!」
ぐるぐると円を描くように体を回転させながら、ぬいぐるみが突進してきた。
円を描く勢いが凄いのか、回転するぬいぐるみの周りには炎の嵐のようなものが発生している。
慌てて飛び退いたが、ぬいぐるみは勢いを止められなかったのか、アスファルトの上をそのまま転がっていく。
「目ーがーまーわーるー!」
「強いのか弱いのか、よくわからんなー…」
「…はぁ…」
「にゃははははは!
怪猫、天を揺るがす。あんま舐めてっと太陽ごとぶっ飛ばすぞ?」
いつの間にか高笑いしながら戻ってきていたぬいぐるみは、転がったせいであちこち汚れている。
間の抜けた外見や、意味不明な言動のせいなのか、戦意が失せてしまいそうになる。
しかし、その後も目からビームを出してきたり、口から炎を吐いたりと、その異様な能力は恐るべきものだった。
一応、足止め程度はしておいた方がいいかもしれない。
「とりゃー!
参るにゃー!!」
「くっ、てぇいっっ!!」
鋭い爪を構えて飛びかかってきたぬいぐるみに、夕凪を抜き放ち、峰の方で受け止める。
意外なことに、このぬいぐるみはかなりの怪力で、夕凪で受け止めた衝撃だけで体がかなり後ろに押されてしまう。
攻撃してきたぬいぐるみは、身長差のせいで押し合うことは出来ずに、下に落ちて転がっていってしまったが。
「にゅっふっふ…なかなかやるにゃ、お主。これだけは使いたくなかったが…いでよ、我が眷属
たちぃ!!」
「せっちゃん!」
先程の技のように、危険なものかもしれない。
そう思った私は、夕凪を構えぬいぐるみに向かって疾駆する。
ぬいぐるみの懐…というより、すぐ目の前に立って、ぬいぐるみの頭目がけて夕凪を振り下ろす。
「てぇいっっ!!」
「ぶにゃっっ?!!」
…え、終わり?
夕凪の峰で頭を叩いたら、ぬいぐるみは簡単に気絶してしまった。
どうやら訳のわからない技を使われる前に止めることが出来たようだが…少々酷いことをしてしまったような気もする。
「えーっと…」
「せっちゃん、せっちゃん。ウチ、その猫さん欲しいなー」
目を回して気絶したぬいぐるみを、お嬢様が欲しがっているようだが…。
このぬいぐるみは変な姿をしてはいるが、その力は脅威的なものだった。
しかし、その攻撃はどれもどこかしら抜けていて、危険過ぎるという印象を受けないのも確かだ。
猫らしいので首の辺りを持ってぶら下げて思案していると、ぬいぐるみが気付いたらしい。
「にゃにゃ…ネコではダメだというのか〜?」
「なーなー、猫さん。ウチらと一緒に行かへん?」
私に首を掴まれながらさめざめと泣き言を言うぬいぐるみに、お嬢様が笑顔で手を差し伸べながら声をかける。
ぬいぐるみはしばらく無言でお嬢様の手と顔を交互に見ていたが、一瞬の早業で私の手から抜け出した。
私にも理解できない方法で掴んでいた手から抜け出したぬいぐるみは、こちらへ攻撃を加えずに私達に背を向けたまま立っている。
「ふ…よく見ればどちらも猫耳の似合いそうな逸材…お主ら気に入ったにゃ。…むむっ!?
…戦いの途中だが、モクセイからのSOSをキャッチしてしまったからには仕方あるまい! いずれまた逢おう! グッバイ!
よろしく勇気!!」
ぬいぐるみはそれだけ言うと、スカートらしきものの中からジェット噴射しながら、ロケットのように空中へと飛んでいってしまった。
飛んでいくぬいぐるみは、天高く飛んでいき、空に一筋の光を残して消えた。
…大気圏突破?
よくわからないが、とにかく退けることは出来たようだ。
「あー…行ってもうた〜。猫飼いたかったんやけどなー…」
「お嬢様、アレ…飼うつもりだったんですか…?」
不安なことと言えば…せいぜい、このちゃんがちょっとわからなくなったことくらい…。
☆
□今日のNG■
「いでよ、我が眷属たちぃ!!」
「くっ…間に合わないっ!」
仕方なく、夕凪を構えて身を守る。
先程からの攻撃からすれば、何が来るかわかったものじゃない。
「ネコミミが似合う…そんなあなたに、本日は出血大サービスだにゃー♪」
空から地面から湧き出るかのように、同じようなぬいぐるみが姿を現す。
私の目の前の地面が見えないくらいに集まった、無数のぬいぐるみ達。
そのぬいぐるみ達が、揃ってこちらに視線を向けてきた。
「くっ、来るか!!」
「しゃーーーーーーーーー!!!×∞」
奇妙な雄叫びと共に、ぬいぐるみのスカートらしき部分からジェット噴射させながら、一斉に空へ飛び立っていく。
「…」
「わー、すごいすごーい♪」
喜ぶこのちゃんの隣で、私は飛んでいくぬいぐるみ達を無言のまま目で追っていく。
そして全てが空に消えた後、はっと我に返り、目の前にいるであろうぬいぐるみに視線を戻す。
「にゃにー?!
あれだけの数にもかかわらず当たらないとは…質量のある残像とか、そーゆーことにゃのかー?!」
「…えい」
「ぶにゃっ?!」
ぬいぐるみは夕凪の峰で頭をぶっ叩いただけで、白目を剥いて気絶してしまった。
…何だか、どんな攻撃が来るのか警戒していた私がバカみたいだ…。