Act1-17

 

【アスナ】


「もう…ネギったら、また勝手に突っ走って…。どこ行っちゃったのよ〜!」

「姐さん、あっちだ、あっち! 郊外の森に向かってる!」

以前襲ってきたヘルマンとかいうエロ爺と遭遇した直後、私達より少し年上っぽい男性が乱入してきた。
エロ爺があの悪魔の姿になった時、石化の光だと思って咄嗟に叫んでしまったけど…何でだろ?
何故かは知らないけれど、直感的にあの人は死んではいけないって思ったのだ。
結局、男の人は石化の光を喰らってしまい、足首の辺りから徐々に石化していき、その姿に言いようも無い悲しみを感じた。
助けに行きたかったけれど、エロ爺が私達に攻撃してきたため、彼を気にしている暇など無くなってしまった。

「…ねぇ、カモ。さっきのあの男の人の眼…青く光ってなかった?」

「へ? …いや、よく見てなかったが、姐さんの気のせいじゃねぇのか?」

エロ爺に苦戦していると、足に石化の光を喰らったはずの男の人が、眼鏡を外して立っていた。
石化していく光景をこの目で確かに見たはずなのに、彼の足は石になっていない。
私達から男の人に狙いを変えたエロ爺の凄いパンチと、体勢を低くした彼とが交差した瞬間、彼の持つ短刀が音も無くエロ爺の
腕を切り裂いたのが見えた。
その瞬間、彼の青く…いや、蒼く光る瞳が見えて、体が恐怖で震えたのを覚えている。
でも、その瞳はとても綺麗で、私はしばらく惚けてしまっていた。

「姐さんは渋い大人の男が好みだって言ってるけどよぉ、さっきの男は渋いようにゃ見えなかっ…ぶぎゅっ!!」

「黙れこのエロガモ」

「うぅ…ひでぇよ、姐さん…」

何だかむかついたので、右手で肩に乗っていたエロガモの、腹の辺りを持って握り締める。
ネギを追って郊外の森へ向けて走っていると、行く先に見覚えのある着物姿の女性の姿が見えた。

「げ…あ、アンタ…」

「お久しぶりどすなぁ…式払いのお嬢ちゃん。何や知らんけど、復讐するのに丁度ええわ。…手加減しまへんえ」

京都でこのかを攫って、悪巧みをしようとしていたバカ猿女…天ヶ崎千草。
彼女が懐から護符を取り出し、呪文を唱え始めたのを見て、私はアーティファクトのハリセンを構えて走り出した…。


〜朧月〜


【志貴】


ネギ君の杖は飛びながら更に加速し、周りの風景が流れを速めていく。
眼鏡をかけて、死を見続けたために痛む頭を休めていたが、違和感を感じて後ろに視線を向ける。
違和感の正体はすぐにわかった。
背後から追ってきているはずの悪魔の姿が、いつの間にか消えているのだ。

「もうじき森に着きま…あっ?!」

「…鬼ごっこは、お終いかね?」

悪魔の姿をしたヘルマンとかいうおっさんが、森へ向かう俺達の前に立ち塞がってた。
急停止した杖の上で、目の前に立ちはだかる黒い壁を睨みつけながら、打開の策を練る。
下手な策を練ってしまえば、俺もネギ君も奴の石化の光の直撃を受けてしまうことは明白だ。

「…ネギ君、俺が奴の気を引き付けるから、下を一気に駆け抜けろ」

「え…で、でも…」

「大丈夫…何とかしてみせるさ」

素早く七つ夜の刃を出し、眼鏡を外すと、杖の上で片膝立ちの体勢をとる。
ネギ君は躊躇していたがすぐに俺の言ったとおり、杖を急加速してヘルマンに向けて飛んでいく。

「いくぞ…っ!」

トン、と軽く杖を蹴って、ヘルマンへ向かって跳躍する。
体中の筋力、神経共に限界まで起動させ、必殺の一撃を放つ七夜の技――――閃鞘・迷獄沙門。
感覚が研ぎ澄まされてシャープになり、周囲の光景がスローモーションのようにゆっくりと過ぎていく。
ヘルマンの歯車のような口がゆっくりと開かれていき、その奥にある光が見えた。


「――――極彩と散れ…!!」


その言葉と共に、ゆっくりと動いていた全てのものが、瞬間(とき)を取り戻す。
そして俺も、ヘルマンの脇腹に走っていた線を、擦れ違い様に七つ夜でなぞりながら一気に空中を駆け抜けた。
駆け抜けてから少し遅れて、石化の光が先程まで俺のいた方向へと発射されていく。

「ぐっ…な、に…っ?!」

「く…っ! はは…何とか、上手くいったみたいだ…」

「だ、大丈夫ですか?! もうすぐ森に着きます。そのまま我慢しててください!」

空中を駆け抜けた直後、俺の手はタイミングよく来てくれたネギ君の杖を掴み、そのままぶら下がって力なく苦笑する。
片手でぶら下がったまま眼鏡をかけ、流れるように近づいてくる、夜の闇に包まれた森を見た。
どこか懐かしい感覚と共に、絶対に勝てるという根拠の無い自信が湧き上がってくる。

「ぐ…やはり、君は危険な存在だ…!」

右腕を失い、脇腹からおびただしい血を流すヘルマンが、先程よりもスピードを上げて追ってきた。
ヘルマンの口の中の光が増幅され、俺を狙って石化の光が放たれる。
寸でのところでネギ君が避けてくれたが、このまま俺がぶら下がり続けていたら、いずれネギ君まで巻き込んでしまう。

「ネギ君、俺のことは気にせずに、森の上を一気に駆け抜けろ!!」

「わ…わかりましたっ!!」

スピードを増したネギ君の杖が森の上空に来た時、杖から手を放して森へと落ちていく。
太い枝に着地し、黒い悪魔と化したヘルマンの姿を探すために上空を見上げる。
ヘルマンは二手に分かれた獲物を見て、狙い通りこちらを優先してくれたようだ。

森の中に気配を溶け込ませ、ナップザックの中から取り出した、黒鍵を両手に一本ずつ構える。
黒鍵とは、銀製の刀身を持った、『魔』に対して強い力を持つ剣のことだ。
シエル先輩直々に教えてもらい、何とか命中率を中の下ランクまで鍛えることが出来た。
俺の姿を探して森の上空を飛び回るヘルマンの翼目がけて、ほぼ同時に二本を投げつける。

「ぬぅ…っ?! く…暗殺者のような戦い方をするな、君は!!」

「…あんたらみたいなのを相手に、真正面から戦えるほど頑丈でもないんでね」

片方の翼を黒鍵に貫かれてよろけながらも、俺の場所を見抜いたヘルマンは、俺のいる場所に向けて石化の光を放つ。
石化していく森の中を疾り抜けながら再び黒鍵を放つが、外してしまう。
残り少ない黒鍵を手に取り、狙いを定める。

「くっ…?! こ…んな、時に…っ!」

再度放とうとした時、去年の三咲町の吸血鬼事件の際に感じた、体から力が抜けていく感覚と共にバランスを崩してしまい、
地上に落ちてしまった。
何とか無事に着地できたが、襲ってきた眩暈に動きが止まってしまい、気配を消すことも出来なくなっている。
俺の気配を察したであろうヘルマンが近づいてくる気配に気付き、石化の光を喰らうことを覚悟する。

「ぐっ…な、何だと…?!」

しかし、石化の光が降り注ぐことは無く、代わりにヘルマンが森の中へ落ちてきた。
支えになるような木も無く、無様にも背中から地上に叩きつけられる。
落ちてくる時に見えたヘルマンの持つ黒い悪魔の翼の根元には、四本の苦無らしき物が刺さっていた。

「ぬぅっ…まだ仲間がいたのか…。どうやら、君は運がいいようだな」

「さぁ? 少なくとも、アンタよりはツいてるようだがな!」

勝機とばかりに眼鏡を外し、残された力を振り絞りヘルマンに向かって疾り出すと、ヘルマンはこちらへ首を捻って口を開いた。
その開かれたヘルマンの口の奥にある光目がけて、一本の黒鍵を突き出す。
刀身が口蓋を突き抜けたが、それでもヘルマンは左手で黒鍵を喉から引き抜き地面へ捨てると、俺にその手を向けて瞬時に
無数の光の矢を生み出した。
咄嗟に後ろに跳んだが、着地と同時に自分の足がふらついていることに気付く。

――――ならば、一気にカタをつける…!!

「喰らえっっっ…!!」

光の矢の隙間を縫うように駆け抜けると、黒鍵で貫いたはずのヘルマンの喉の奥から石化の光が放たれた。
避ける暇など無いと咄嗟に判断し、石化の光のほぼ真ん中にあった死の点を貫いて霧散させる。
霧散した石化の光に驚愕の表情のまま固まったヘルマンに向かって突進し、突き出したままの七つ夜の切っ先を、腹部にある一際
大きな点に突き立てる。

「く…くくく…。石化の光を霧散させ、消滅させることなどほぼ不可能な上級悪魔を、幻影とは言え、短刀の一突きで消滅させる、か…。
一体、如何なる力かね…?」

「…切り札を、手品の種のように軽々しく教えると思うのか?」

「ククッ…違いない…」

老紳士の姿に戻ったヘルマンは、ニィッと笑いながらその姿を消していく。
それを見て、ひとまず終わったという安堵感を感じ、情けなくも地面にへたり込んだ。
ズキン、ズキンと頭に走る割れるような痛みを堪えながら、未だに震える手を使い、やっとの思いで眼鏡をかけた。


――――ふと頭上を仰ぎ見れば、夜空に綺麗な蒼い月。


急速に遠退く意識の中で、自分の体がぐらりと揺れ、地面に大の字で倒れていくのを、他人事のように感じながら気を失ったのだった…。





□今日の裏話■


「む…何か近づいてくるでござるな…」

「どしたんや、楓姉ちゃん?」

ネギと志貴が目指している、郊外の森。
そこには甲賀中忍の長瀬楓と、狗族の少年、犬上小太郎が共に修行を続けていた。
小太郎は麻帆良武道会での敗北を機に、楓と共に修行を始めたのである。
今日も修行をしていると、夜になって町がおかしなモノに覆われていることに気付き、森の中から動かずに修行を続けていたのだが、やがて
楓が森に近づいてくる気配を感じ取った。

「…この気配…以前ネギ坊主がコタローと共に倒したという、あの悪魔のようでござるな」

「何やて?! あのおっさん、また来よったんか!」

「待て、コタロー。他に、ネギ坊主と…あともう一人…」

楓と小太郎が音のする方向へ向かっていると、空から森に光が降り注ぎ、光の疾った部分の木々が石化していくのが見えた。
見れば、黒縁眼鏡をした男性が森の中に気配を溶け込ませて、空にいるヘルマンに向けて銀色の刀身を持つ剣を投げて戦っている。
しかし、次の瞬間、男性は体勢を崩して幹から転落してしまった。

「む…まずいでござるな。コタロー、あの御仁を助けるでござるよ!」

「楓姉ちゃん、先にあのおっさん叩き落とすで!!」

小太郎は片方の翼を男性の放った剣に貫かれたまま飛ぶヘルマンに向けて、黒い犬――――狗神を放つ。
それに続くように、楓の放った無数の苦無がヘルマンを襲う。
地上へ降りてきたヘルマンは突然襲ってきた狗神には反応できたものの、無事だった方の翼に苦無を喰らって地面に落ちてきた。

「へっ、どんなモンや!」

「まだでござる、コタロー。男性がまだ――――っ?!」

黒縁眼鏡の男性を助けに向かおうとした瞬間、楓と小太郎の体が止まる。
ヘルマンが落ちたと同時に森の中が異様な殺気に覆われ、体が男性のいる方向へ向かうことを拒否しているのだ。

「――――何や、コレ…。並の殺気やないで…!」

戦うことに物怖じしないはずの小太郎ですら、首筋に冷や汗を流しながら警戒している。
本能が命じるままに、その場を動かずに様子を見ていると、しばらくして殺気が突然消え去った。

「む…? 殺気が…消えた?」

「へっ、へへっ…あんな殺気初めてや。どんな奴なのか、楽しみで仕方ないわ。楓姉ちゃん、先に行くで…!」


――――しかし、小太郎が喜び勇んで向かった先にいたのは、大の字に倒れて死んだように眠る黒縁眼鏡の男性だけだった…。

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