Act1-21

 

【愛衣】


「うぅ…やっぱり、ロボットに関わると碌なことにならないわ…」

「同感ですぅ…」

メイドロボの大行進に撥ねられて、気付けば郊外の森近くまで吹き飛ばされていた。
歩いてくる途中には、私達と同じようにメイドロボ達に撥ねられた田中さんズが、半壊状態で機能停止していた。
『風楯』のお陰で、私達は無事だったのだろう。
ボロボロの状態のまましばらく夜の町を歩いていると、後ろの方から誰かが走って来る足音が耳に届く。
お姉様と無言で顔を見合わせると、お姉様が前に立ち、私はその後ろに控えていつでも魔法の射手を放てるように待機する。

「ふふ…やっと私の、『影使い』高音の出番なのよ…!」

お姉様がニヤリと自信満々の笑みを浮かべながら、徐々にこちらへ近づいてくる足音の主を待ち構える。
恐らく、お姉様はアレを使うのだろう。
足音の主が、角を曲がって姿を現したと同時に、お姉様最強の魔法が発動する。

「黒衣の夜想曲!!」

「おわぁっ?!!」

「あれっ? 志貴…さん?」

角を曲がって出てきたのは、志貴さんだった。
いきなりお姉様の魔法を見せられて、びっくりしたらしい。
とにかく、志貴さんなら話し合いでどうにかなりそうなので、お姉様を止め…。

「ふふっ、ふふふふふふ…私から逃げ出すなんて、いけない子犬ちゃん…。少し、お仕置きが必要みたいねぇ…?」

いつの間にか、お姉様の手に首輪が握られてる…。
志貴さんが、助けを求めるように私に向けて泣きそうな潤んだ視線を向けてくる。
…お姉様の気持ちが、少しわかった気がした。
まぁ、志貴さんの気持ちもわからなくもなかったが、無理なものは無理。


残酷かも知れないが、私は無言で首を横に振ったのだった…。




〜朧月〜




【志貴】


その二十分前――――


「そういえば…ネギ君はどこ行ったんだろう?」

「ネギ坊主なら、志貴殿が気絶している間に会ったでござるよ。志貴殿が無事だと確認した後、慌ててどこかへ行ったでござるが」

森の中を歩いて町に向かっている途中で、ふとネギ君のことを思い出して楓ちゃんに聞いてみる。
空から攻撃してくるヘルマンから逃げていた時に、空飛ぶ杖で助けてくれた彼に礼を言いたかったが、いないのならば仕方が無い。
しばらく森の中を歩いていくと、前を行く楓ちゃんが突然立ち止まり、一本の木を見上げていた。
俺も釣られてその木の上を見てみると、そこには金色の長髪を夜風になびかせた、十歳くらいの女の子が腕組みをして立っていた。
彼女の後ろには緑色の髪をした長身の女性がいて、無表情にこちらを見下ろしてきている。

「…フン、そいつを連れて行ったのは楓だったか」

「すまぬでござる、エヴァ殿。…少々確かめたいことがあったのでござるよ」

どうやらエヴァちゃんというらしい金髪の女の子は、超然とした雰囲気を纏い、こちらに視線を向けてくる。
その視線に、内なる衝動が反応しかけたが、無理矢理抑えつけた。

「…おいお前、名は何と言う?」

「え…あ、あぁ、俺は遠野志貴。一般人だよ」

「は…? …プッ…く、くくくくく…ハーッハッハッハッハッアハハハハッッ!!!」

俺の言った最後の一言に、楓ちゃんは俺の顔を見てぽかんとした表情を浮かべ、エヴァちゃんはしばらく呆けた後に吹き出していた。
エヴァちゃんは余程おかしかったらしく、お腹を抱えて木の上で笑い続けている。
ひとしきり笑った後も、エヴァちゃんはまだ少し笑いを引きずり涙すら浮かべながら、木の上から飛び降りてきた。

「最高の冗談だな…くくっ…。上級悪魔と殺り合った奴が言うセリフじゃあないぞ、志貴?」

エヴァちゃんは地面に無事に着地すると、笑みを浮かべながら俺と向かい合う。
いつの間にか、楓ちゃんは俺の斜め後ろに下がっている。
あまりいい雰囲気を感じないどころか、不穏な空気すら感じる。

「あー…何か、凄く嫌な予感がするんだけど」

「…志貴殿、覚悟を決めるでござる。なに、エヴァ殿ならば殺しはしないでござろう」

「さて、わからんぞ? あまりにもくだらん奴なら、殺すことも辞さないつもりだからな」

少女の浮かべていた笑みが、獲物を狙う獰猛なそれへと変わった。
ポケットに入れておいた七つ夜の柄を握り、体勢を低くして相手の出方を窺う。

「…どうした、来んのか? ならば、こちらからいくぞ」

動かぬ獲物にそう言い放ち、エヴァちゃんは左手の人差し指を俺に向けて弾く。
その瞬間、ゾクリという感覚という共に、体が弾かれるようにして後ろに跳び退いていた。
着地して自分がいた場所を見ても、何があったのかさっぱりわからない。

「ほぅ…避けるか。ここで待ち伏せていた甲斐があったというものだ。…ふふふふ、気が変わったぞ…志貴、この私から逃げ切って見せろ。捕まったら…そうだな、色々と搾り取らせてもらうとしようか」

チロリと舌なめずりをしたその嬉しそうな笑みは、少女とはかけ離れた妖艶なものだった。
再び、彼女が指を動かす度に俺の体が跳び、何かから逃げ回る。
しかし何度目かの着地と同時に、右腕に何かが絡み付き、引っ張られた。
そして、その右腕に絡み付いた細い線に気付く。

「糸…?」

「ご名答。人形使いの技能(スキル)さ。直感だけで避け続けたのは褒めてやる…が、どうやら期待外れのようだな」

周囲から殺気を感じ、七つ夜の刃を出し右腕に絡み付く糸を断ち切って、木々を足場に森を駆ける。
戦闘へと脳が切り替わり、解放された俺の眼が彼女の張った糸を見抜く。
既に森のあちこちに糸が張り巡らされており、逃げ場が閉ざされていることを知る。

「冗談…死ぬ訳にはいかないさ」

森の中で己の気配を絶ち、己の影すら零にする。
七夜が退魔最強と呼ばれた由縁は、強靭な肉体を持つ『魔』に対して、気配を感じさせずに近づき、首や心臓といった人体における
急所への一撃によって仕留めたことにある。
その七夜の気配遮断の技をもって、相手に気配を掴ませないようにしながら、森の中を疾って町に向かう。


って言うか、彼女から逃げ切れって…どこまで?





□今日のNG■


「…おいお前、名は何と言う?」

「え…あ、あぁ、俺は遠野志貴。一般人だよ」

「は…? …プッ…く、くくくくく…ハーッハッハッハッハッアハハハハッッ!!!」

何がおかしかったのか、エヴァちゃんは木の上で腹を抱えて豪快に笑い始めた。
かなりツボにはまったらしく、目尻に涙を溜めて尚笑い続けている。

「アハッアハハハハハハハ…はぁっ?!」

「あ…マスター」

(ボテッ)

あ、落ちた。
地面にぶつけた頭をさすりながら、涙目でこちらを睨みつけてきている。
上目遣いで涙を浮かべながら睨んでくるその姿は非常に可愛らしい…のだが、俺は何もしちゃいない。

「…お前のせいで落ちたじゃないか! 罰としてお前の血を吸わせろ!!」

「…志貴殿ー、覚悟を決めるでござるー。なに、エヴァ殿ならば殺しはしないでござろー」

…楓ちゃん、セリフが棒読みだぞ?

 

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