Act1-22

 

【刹那】


「しっ、死ねぇぇぇっっっ!!」


「…っ?! この声は…天ヶ崎千草? まさか…ネギ先生やアスナさんが?!」

男と擦れ違ってから数分後、修学旅行でお嬢様を攫った天ヶ崎千草の絶叫が、学園前の方向から響いた。
ネギ先生とアスナさんが戦っているのかと思い、お嬢様と共に学園前へと急ぐ。
学園前に辿り着くと、階段の下にアスナさんと、先程の男が立っている。

「――――さて、地獄の閻魔がアンタを呼ぶ前に、思う存分解体(バラ)させてもらうとするか」

男は、足元で仰向けに倒れたまま動かない千草に向けて、鋭い輝きを宿したナイフを振り下ろそうとする。
お嬢様を抱きかかえ、急いで階段を跳び下りようとした時、アスナさんの怒声が響いた。

「ちょ…待ちなさいよっ!! アンタ、そいつをどうするつもりよ!!」

「うるさい…キャンキャン喚くな。コイツは俺が倒したんだ。…なら、俺がコイツをどうしようと、俺の自由だろう?」

アスナさんの怒声に、男は振り下ろそうとしていたナイフを止めると、ゆっくりと顔を上げアスナさんを見た。
男が胡乱気な瞳をアスナさんに向けて冷たく言い放つと、再び視線を足元で気絶したままの千草に戻し、ナイフを振り上げる。
殺気を含ませた視線と言葉に、アスナさんは一瞬怯んだようだったが、足元に転がっていた石を拾い、男目がけて投げつけた。

「おっと…まったく、元気なお嬢さんだな」

「ふざけないでっ!! アンタが倒したからって、ソイツを殺していい訳ないでしょ?!」

「フン…いつか死ぬなら、ここで死んでも大差は無いだろうに。まぁ…言って聞かない悪い子には、少々手荒なお仕置きが必要かな?」

男は最低限の動きで飛来する石を避け、天ヶ崎千草へと向けていた視線をアスナさんに向ける。
憤るアスナさんに対して一つ呆れたようなため息をついた後、男の双眸が冷たい青白い輝きへと変わった。
まるで魂すら凍ってしまいそうな冷たさを持ったその蒼い瞳に、私の背後に控えているお嬢様が震えていた。
アスナさんの危機を感じ、夕凪に手をかけて跳び出そうとしたその時、私は聞いてしまった。

「吾は面影糸を巣と張る蜘蛛。――――ようこそこの素晴らしき惨殺空間へ」


「『七夜』たる吾が舞踏、とくと御覧あれ…」




〜朧月〜




【さつき】


「クッ…多勢に無勢だな、こりゃ…。ハァッ!!」

「シオン、まだ…痛ッ?!」

襲いかかってくる黒い獣の数が増え、更に勢いも増してきつつある。
黒いカラスに続いて襲ってきた鹿を倒したところで、足元に忍び寄ってきていた蛇に足を噛まれた。

「大丈夫か?! くそっ…次から次へ…!」

助けてくれようとしたタカミチさんに、数十匹ものカラス達が弾丸のように襲いかかる。
私はそんな状況で尚も助けに来ようとするタカミチさんを手で制し、噛み付かれた蛇の頭を手刀で叩き切り、目前に迫ってきていた
鹿の顎目がけて勢いよくアッパーをぶちかました。

「シオンっ、私もタカミチさんも、もう自分を守るので精一杯だよっ!」

「フン…出口など無い。ここが貴様らの終焉だ…。喰らい尽くせ!」

「さつき君っ!!」

「え…? うああああぁあぁぁあ…っっ!!!」

タカミチさんの声が聞こえて咄嗟に振り向くと、眼前に迫るカラスの群れの姿があった。
カラス達の体当たりをまともに喰らって後方へ吹っ飛び、更に追い討ちとばかりに犬の突進が鳩尾に決まる。
何とか立ち上がった瞬間、コートの中から現れた巨大なカマキリの鎌が下から振り上げられ、私の体が鮮血と共に宙に舞う。

「う…ハァッ、ハァッ…。体、が…っ!!」

「さつきっ?!」

フラフラと立ち上がった私の体から滴り落ちる鮮血を見た瞬間、体の内側から何かが膨れ上がってくる。
それはまるで私自身が爆発してしまいそうな感覚で、抑え切ることが出来ない力。

「だめっ…! 体が、弾けて…っ!!」


――――最後に頭に浮かんだのは、全てが枯れ果てた風景。


周囲に広がったのは、枯れ果てた大地。
草木など一切見えない荒れた大地が、地平線の向こうまで続いている。
暴走した私の力はこの大地と同じように、全てを枯渇させていく。

「何…っ?!」

「さつきの力が、暴走している…!? くっ、私の魔力まで吸い上げられていく…!」


――――渇く。


喉が渇く。


■が飲みたい。


■をノマセロ。


もっと、もっと私に■を飲ませろ飲ませろ飲ませろ飲ませろ飲ませろノマセロノマセロ飲ませろ飲ませろ飲ませろノマセロノマセロノマセロノマセロノマセロノマセロノマセロノマセロノマセロノマセロノマセロノマセロ――――――――!!!


「ぬぅっ…前の夜には見かけない小娘だと思えば、今は亡き『蛇』の娘か…!!」

「さつき君には悪いが、仕方ない…っ! はぁっ!!」

「ぐ…っ!!」

鳩尾にタカミチさんが放ったらしい衝撃を喰らい、私の意識が遠退いていく。
それと同時に枯れ果て、荒廃した世界が崩れていき、元の白い雪に覆われた夜の世界へと戻る。

「…今ので魔力の大半は持っていかれましたが、まだ勝機はあります。タカミチ、さつきと共に下がって――――?!」

「ふむ…どうやら今夜はここまでのようだな。…次の夜、私に出会わぬことを祈るがいい」

掠れいく意識の中で、ネロの体が夜の闇に溶け込むように消えていく姿を最後に、意識は途絶えた。





□白レンのお部屋■


「…っ!! …な、なんだ、あなたか。…べ、別に何かあったという訳じゃないわ」

「で、今日は何の用? …そう、舞踏会の参加者を知りたいのね。いいわ」

「そうね…それじゃあ、さつきなんてどうかしら?」

○弓塚さつき(8月15日生まれ、A型、身長161p、体重45s、B79 W59 H82)
志貴の元・クラスメイトよ。バドミントン部に所属していて、中学二年の冬休み中に体育倉庫のドアが壊れて閉じ込められてしまった折に志貴に助けられ、志貴に憧れていたみたい。

…なんていうか、刷り込みよね。
その人のことしか考えられなくなるほど情が深く、思い込んだらとことんまで突っ走るのだけれど、内気な性格からいつも遠くから見ているだけにとどまっているわ。
実は甘え上手。生活力はほとんどないけれど、なぜか周りから色々と貰えるみたい。

街中で志貴に似た18代目のミハイル・ロア・バルダムヨォン(遠野四季)を見かけ、それがきっかけになり噛まれて死徒になる。
効果範囲内のマナを吸収する固有結界『枯渇庭園』を持っているらしいわ。この『朧月』でも使っていたわね。
肉体的・霊的ポテンシャルがずば抜けていたために、ロアに噛まれてから半日ほどで蘇生し、吸血行為を行っていた。
そのポテンシャルは初代ロアに匹敵するほどであり、生きながらえていれば死徒二十七祖の番外位を継いでいたかも知れないわ。

…と、勘違いしないでほしいのは、吸血行為を行っていたのは月姫での『吸血鬼になった』弓塚さつき。
メルティブラッドReAct、ActCadenzaでのさつきは、『吸血鬼になってしまった』さつきだから、人間的な部分が
残っているハンパな吸血鬼なのよ。
どちらにしても吸血行為は行っているけれど、『吸血鬼になってしまった』さつきは、死なない程度に血を吸っているから、血を吸われた人が死徒になるようなことは無いわ。

メルブラReAct以降でのさつきは、仮にさつきが生きていてそこにシオンが来日していたら、という仮定に基づいたものらしいわよ。
この『朧月』でのさつきは、志貴に殺されたはずのさつきの魂が存在しており、前回のタタリの何らかの影響で肉体を得た、というものになっているわ。

「…ま、こんなところね。この『朧月』でのさつきは、あり得た可能性の一つ…という仮定の下での存在よ」

「さ…今日の舞踏会も終わりに近づいているわ。それじゃ、あなたに強運の神の加護があらんことを」

 

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