Act2-2


【アスナ】


 刹那さんとの朝の訓練も終わり、学園の玄関でネギと別れて3−A教室へと向かう。
 教室へと向かう道すがら隣を盗み見ると、刹那さんの表情にはやはり少し影が差していた。
 それでも、昨夜よりは表情は元に戻っているように思えたので、ほっとしながら刹那さんに話しかけてみる。

「多分、夜は生徒を外に出さないように、とか言われてくるんでしょうね、ネギ」

「そうですね……。昨夜はエヴァンジェリンさんも外にいたようですが……」

 言われて、エヴァちゃんの姿を探すが、まだ来ていないらしく姿が見えない。
 皆と挨拶を交わしながら自分の席に着くと、後ろの席の夕映ちゃんと、夕映ちゃんと話していたらしい本屋ちゃんがトーンを下げて声をかけてきた。
 二人は辺りを気にしているようだったので顔を近づけると、深刻な表情をして小声で話し始めた。

「アスナさん、昨夜はネギ先生達とどこへ行ってたですか?」

「へ? あ……あぁ、ちょっとね。えーっと……」

「あ、あのー……その、昨日帰っている途中で、町の雰囲気が変わったことはわかってるので……」

 夕映ちゃんも本屋ちゃんも、どうやら昨夜の異変に気付いていたみたいだ。
 魔法を練習し始めたから、魔力とかに気付くようになっちゃったのかな……?
 とにかくわかっているというのなら仕方ないので、昨夜起きたことを掻い摘んで説明する。

「そうですか……。町の雰囲気がおかしいので、ネギ先生に聞いてみようと思って部屋へ行ってみたですが、いなかったので……」

「どしたアル? 昨夜、何かあったアルか?」

「およ、どーしたの? 何かスクープ?」

 気付けば、私の席の周りに魔法について知ってる人達が集まってしまっていた。
 夕映ちゃんと本屋ちゃんが、くーふぇや朝倉達に昨夜の出来事を簡単に説明してあげている。
 騒がしい中、そっと隣のこのかを見ると、窓の外に目をやる刹那さんの後ろ姿を心配そうに見ている。
 その姿を見て、脳裏に薄ら笑いを浮かべた、昨夜の『七夜』と名乗った男の顔が浮かぶ。


 アイツ、今夜こそとっちめてやる……。




〜朧月〜




【さつき】


「んにゃ〜……眠い……」

 遠野グループホテル・麻帆良支店の一室。
 私はふかふかの布団に包まれ、至福の時を過ごしていた。
 こんないい生活に慣れちゃったら、もうダンボールハウスになんて戻れそうもないなぁ…。

「さつき、昼にタカミチがこちらへ訪れるそうです。……吸血鬼は昼に寝るのが普通とは言え、さっさと起きてください」

「嫌〜……。って、痛い痛いイタタタタゴメンシオンごめんなさいぃぃっ!!!」

 うつ伏せで寝ていた私の背中にシオンが馬乗りになり、私のこめかみにシオンの拳が当てられグリグリと両側から締め付けられる。
 痛みで呻く私の上から下りたシオンは、無言のまま憮然とした表情でベッドの隣に置かれた小さなサイドテーブルの上を指差す。
 そこにはホテル側が出してくれた朝食が置かれており、まだ湯気が立ち上っているのが見えた。

「ぅわー……こういう生活に慣れちゃうと、元の生活に戻れそうに無い〜……」

 昨夜チェックインした時に、シオンが秋葉さんの名前を出すと、それだけで豪勢なスイートルームに通されたのである。
 服が汚れていたので洗濯に出すついででお風呂に入ったり、ルームサービスで遅めの夕食をを頼んだりしたのだが、全てが高級。
 当たり前だけど、ダンボールハウスでの生活とは大違いである。

「……あぁ、さつき。今回の依頼を終えた後なのですが……」

「んー?」

 ホカホカのパンを頬張りながら、何かを思い出したらしいシオンの顔を見上げる。
 すると、シオンは銃やら薬やら様々な物を入れているポシェットから、折り畳まれた一枚の紙を取り出して私に見せる。

「秋葉は今回の仕事がうまくいった暁には、あなたを遠野家のメイドとして雇いたいのだそうです」

 目の前の紙には、雇用通知と書かれている。
 下の方には、秋葉さんの名前がサインされていた。

 ――――遠野家のメイド。

 あんな大きなお屋敷での仕事かぁ…大変そうだなぁ……。
 一日で掃除とか終わるのかな……遠野君の部屋とかも大きそうだし……。
 ん……遠野君の、部屋……?

「遠野君の部屋ぁ?!」

「志貴の部屋とは書いてありません」

 咥えていたパンを口の中に押し込み、目の前の紙をシオンの手からひったくって、余す所無くしつこいくらいに何度も目を通す。
 そこに書かれていたのは、確かに今回の仕事の成功をもって、私を遠野家のメイドとして雇うという内容だった。
 しかも住み込みで、お給金までくれると書いてある。
 主な仕事内容は警備全般だったけど、吸血鬼の私にとって、ドロボウの一人や二人くらい大したことは無い。

「よぉーしっ! 頑張るよぉ!!!」

「……私が言い出したこととはいえ、あなたが少々不憫に思えてきます……」

 私はあまりの喜びに興奮していたせいか、哀れむような目で私を見ているシオンに気付かなかったのだった……。



【遠野家】

 遠野家の応接間。
 煌びやかな調度品と、豪華絢爛な装飾のなされたその部屋に、艶やかな黒髪の少女と、二人の従者が控えていた。
 和服に割烹着を着けた従者の一人――――琥珀が、黒髪の少女のティーカップに紅茶を注ぎながら言葉を紡ぐ。

「……でもいいんですか、秋葉様? 弓塚さんをメイドにだなんて……」

「フン……あのあーぱー猫と、カレー魔神に対する牽制よ。罠を発動させるための時間稼ぎくらいにはなるでしょ」

「……」

 黒髪の少女――――遠野秋葉はティーカップに口をつけながら、さらりと酷い一言を超然と言い放つ。
 メイド服を着たもう一人の従者――――琥珀の双子の妹である翡翠は、無言でこそあったが、その表情には不満の意思が見て取れた。
 彼女はメイドの仕事に誇りを持っており、新たなメイドを雇うということにあまりいい感情を持っていない。

「……不満そうね、翡翠。けれど、理解して頂戴」

 従者である彼女らは、体術や武術などは習っていない。
 シオンが麻帆良に向かう前に、シオンの言う友人がボディガードを必ず引き受けるであろう報酬に、遠野家のメイドとして雇うという雇用通知を求められたのだ。
 女性ということで難色を示したのだが、シオンから更に適材適所という言葉で諭されて、弓塚さつきを雇うことに同意したのだ。

「はぁ……ですが、弓塚さんも志貴さんに好意を抱いているようですね」

「そう……。……ふふふ……でも、琥珀……貴女も兄さんを狙ってるみたいねぇ? 泥棒猫の末路がどんなものか……見たい?」

「あ、あはー……」

 弓塚さつきについての個人情報を見ながら不用意に洩らしてしまった言葉が、琥珀自身へと帰ってきてしまったようだ。
 琥珀は長い黒髪を真っ赤に染めて哂う遠野家の女帝に、冷や汗混じりの笑みを返す。
 更に、その女帝・秋葉が無言で胸ポケットから取り出したのは、志貴と琥珀の夜の逢瀬を捉えた写真。
 ……一瞬で応接間を覆ったヤバイ雰囲気に、琥珀の全身から冷や汗がだらだらと滝のように流れ落ちていく。

「翡翠から貰ったのよ。……この泥棒猫……兄さんより先に、貴女が懲りた方が良さそうねぇ……?」

「……死ね、クソ姉」

「ひっすぃーちゃんまで反転んんんっ?!!」

 真っ赤な髪を部屋中に張り巡らせ全てを凍りつかせるような凄絶な笑みを浮かべた秋葉と、鉄面皮の無表情のまま実の姉に対して酷い暴言を吐いた翡翠に囲まれた琥珀に退路など無かった――――。





□今日の裏話■


「ひっ……ひぃぃぃっっっ!!」

 前門の秋葉、後門の翡翠。
 逃げ場を失った琥珀は、必死の形相で逃げ道を探す。
 ふと、遠野家地下帝国への道(落とし穴)を開く仕掛けがあることを思い出し、そちらへ向けて走り出す。
 しかし――――時既に遅し。

「……躾が必要なようね……!」

「にゃあああああぁぁぁっっっ!?!」

 走り出した琥珀の体へ、視認できない秋葉の紅い髪の毛が襲いかかる。
 紅い髪で縛り上げられ逃げられなくなった琥珀の前に、音も無く姿を現した冥土……もといメイド、翡翠。
 小さく笑みを浮かべた翡翠に、琥珀は恐怖に震えながら全身から冷や汗を噴き出させていた。

「翡翠……殺っていいわよ」


「姉さん……何か言い残すことはある? 無いわね? それじゃあ…… さ よ な ら 」


 秋葉が紅い髪の能力――――『略奪』を使わなかったのは、翡翠がその場にいたからである。
 自分はただ琥珀の動きを封じ込めるだけでいい。
 そうすれば翡翠がトドメを刺してくれるとわかっていたから。

「ままままっまままままままま待って待ってひっすぃーちゃーんっっっっっ!!!!!」


「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ アリーヴェデルチ!!!(さよならだ)」


 ――――ああ……翡翠ちゃん、最近熱心にマンガ読んでると思ったら……『学んで』いたのね。……J○JOで。


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