Act2-6


【遠野家・琥珀】


「うぅ……も、もうダメポ……」

 全身を包帯でグルグル巻きにした琥珀が、とある部屋に入ってすぐに倒れ込む。
 息を切らせているところを見ると、ほうほうの体で秋葉と翡翠から逃げ出してきたのだろう。
 琥珀が逃げ込んだ部屋は雑然としていて、スパナやネジ、何かの研究資料らしき図面が描かれた紙などが辺りに散乱している。

 ――――ここは、遠野家地下帝国にある、琥珀の研究施設。
 様々な研究をしており、琥珀が隠し持つ蛍光ピンク、虹色等の怪しいクスリや、いつの間にか遠野家の庭に姿を現していた、『琥珀“帝”園』なるモノに植えられた奇怪な植物達は、全てここで生み出されたものである。

「う゛ぅ〜……き、きっついです〜……。ん……こ、これは……?!」

 研究室の床にぶっ倒れて這いながら移動する琥珀が、ふとデスクに置かれたパソコンの画面に目をやると、『収集データ・麻帆良』という文字が表示されていた。
 何とかデスクによじ登りマウスを動かしてデータを開くと、麻帆良の町が動画で映し出される。

「一足先に麻帆良に放った、メカ翡翠ちゃん・遠征Ver2.01のデータが来たようですね〜♪」

 ――――そう、あのメカ翡翠の製作者とは、この琥珀なのである。
 妹である翡翠を溺愛するがあまりに、メカ翡翠なるロボットの製作に着手したのである。
 遠野家地下帝国では、既にメカ翡翠が増産されつつあり、今では地下のほとんどにメカ翡翠が配備されていた。
 琥珀は送られてきた動画に映っているロボット――――田中さんズとの戦闘を目にして、何事か考え込む。

「……あはー、私ってばちょー天才ですよ〜♪」

 そして何かを思いついたらしい琥珀は、妙にウキウキしながら作業に取りかかり始めたのであった……。




〜朧月〜




【愛衣】


「ふむ……それでは、昨夜起きたことを報告してくれ、タカミチ」

「はい。……昨夜、麻帆良の町全体が不可思議な魔力に覆われ、今の季節には少々早過ぎる雪が降るという奇怪な現象が観測されました。その直後、神木付近にて魔法による戦闘を確認したために急行したところ、ガンドルフィーニ先生が重傷を負って倒れておりました」

 ガンドルフィーニ先生が倒されたという事実に、学園長室に集められた魔法先生、魔法生徒達がざわめき、それぞれに不安そうな表情が見て取れる。
 動じていないのは、昨日の夜の内に知らされていた私とお姉様、聞かされた事実に厳しい表情を浮かべるネギ先生、関心が無いと言わんばかりのエヴァンジェリンさん、眠たそうにあくびをする美空さん、そしてなぜか意気消沈した表情を浮かべている刹那さんくらいだった。

「今回の件について詳しく知る者達から話を聞くことができ、今回の件に……死徒二十七祖が関わっていることがわかりました」

「死徒二十七祖じゃと……?! それは確かなのか?」

「はい。……その者達もその二十七祖を倒すことを目的としており、今後この町に滞在し協力してくれるとのことです」

 ――――死徒二十七祖。

 私達魔法協会では、失われし秘伝をもって自らを吸血鬼と化した元人間のことを『真祖』と呼んでいる。
 しかし、何百年も前に魔法協会と袂を分けた魔術協会では、星が自衛の為に産み落とした精霊に近い超越種のことを『真祖』と呼び、その真祖などに血を吸われたり、魔法・魔術を究めて自ら吸血鬼になった者のことを『死徒』と呼ぶ。
 そしてその死徒の中でも、強力な力を持つようになった者達のことを死徒二十七祖と呼び、魔法協会、魔術協会、どちらの協会からも忌避される存在となっていた。
 二十七祖のいずれも何らかの特殊な力を持っており、並大抵の魔法使いでは彼らを倒すどころか傷つけることすら敵わないだろう。
その証拠に手練れの魔法先生達ですら、その額に汗が浮かべて難しい顔をしている。

「実際に二十七祖の一人と戦いましたが……想像以上の化け物達だといって良いでしょう」

「むぅ……厄介なことになってきたわい……。わかった、タカミチ達は続けて事件の解決を頼む。他の者達は寮に結界を張り、生徒達が外に出ないよう注意してくれ」

 学園長からはそう言われたが、恐らくお姉様は今夜も外へ出るだろう。
 一度コレと決めたら、一直線に突き進むお姉様が寮で大人しくしている訳が無い。
 隣のお姉様をそっと盗み見ると、唇を噛み締めて決意したような表情をしている。
 間違いなく、今夜も外へ出るつもりだ。

「寮の中にいるからと言って安全とは限らん。各自、慎重を期してくれ。以上、解散!」

 皆どこか不安そうな表情を浮かべながら、学園長室から出て行く。
 でもあの表情からすれば、恐らくネギ先生も夜になったら外へ出るつもりなのだろう。
 協力することが出来れば心強いと思い、考え込んだまま廊下を歩いていくネギ先生に近づく。

「……高音君、愛衣君。先程していた話を聞かせて欲しいんだが、構わないかな?」

 高畑先生の声に、私とお姉様の足は止まった。



「……なるほど……。しかし、魔法を消滅させる魔眼保有者、か…。そんな魔眼は、僕も聞いたことが無いな」

 昨夜、注意を聞かずに外に出たことを怒られるのかと思っていたが、意外にも志貴さんのことについてのみ聞かれた。
 まだ彼の魔眼について詳しいことはわかっていないので、とりあえず予想できる範囲で答える。

「でも、私が彼の魔眼と目を合わせても、何の効果もありませんでした。……これって、どういうことなんでしょうか?」

「ふむ……もしかしたら、視ることによって相手に効果を生じさせる魔眼ではないのかも知れないね」

 高畑先生の指摘に、なるほど、と思う。
 魔眼と聞くと、とかく視られたら何らかの効果を生じるものと思いがちだが、そうでないタイプの魔眼もある。
 霊や、未来の光景を視る魔眼も確かに存在しているが、やはり魔法を消滅させることに繋がるような魔眼は思いつかない。

「……あぁ、そうだ。昨夜外に出ていたみたいだけど、こんな青年を見かけなかったかな?」

 ふと気付いたように高畑先生が胸ポケットに手を伸ばし、一枚の写真を取り出して私とお姉様に見せる。
 見れば、さらさらとした柔らかそうな黒髪に、昔めいた太いフレームの黒縁眼鏡の優しそうな青年――――志貴さんが写っていた。

「えっと……この人、遠野志貴さん……ですよね?」


「……!」


 視界の端に映っていた足が止まったのに気付き顔を上げると、何事も無かったかのように歩み去っていく刹那さんの姿があった。
 僅かながらだったけれど、志貴さんの名を出した時に殺気のようなものを感じた。
 ……もしかしたら、刹那さんも志貴さんのこと知っているのかな?

「知っているのかい?」

「え……ええ……昨夜お姉様の魔法を消滅させた人っていうのが、その彼なんです。捕まえて話を聞こうと思ったんですが、強い上に素早くて逃げられてしまいました……」

「あれー? この人、ついさっき私を助けてくれた人だ」

「……すみません、私にも見せてもらえますか?」

 写真を覗き込む私とお姉様の後ろから、美空さんが顔を覗かせて志貴さんの写真を見ている。
 それに続いて、立ち去ったと思っていた刹那さんが輪に加わってきた。
 刹那さんはまるで目に焼き付けるかの如く、写真に映る志貴さんを凝視した後、礼を言って去っていった。

 しかし、美空さんの言葉が確かなら、彼はこの町のどこかに滞在しているらしい。
 まるで暗殺者のような動きに加えて、あの背筋の凍るような蒼い魔眼は危険な力であるということはわかっていたが、私にはどうしても志貴さんが悪い人だとは思えなかった。


 出来るならば、彼と戦うことが無いよう祈りながら、その彼がいるであろう窓の外の麻帆良の町へと目を向けたのであった……。





□今日の裏話■


 遠野家地下帝国。
 そこには、マッドドクター・琥珀の秘密の部屋がある。
 地下帝国の至る場所に配置されているメカ翡翠達は、ここで生み出されていた。
 そして、武装のほとんどもまた、琥珀の手によって生み出されているのである。

「ふんふ〜ん♪ コレが出来ればメカ翡翠ちゃんは格段にパワーアップするのよ……!」

 初め遠野グループ兵器開発部門によって生み出されたメカ翡翠は、タタリの事件以降、まじかるアンバーと化した琥珀一人の手によって更なる進化を遂げていた。
 暴走に拍車がかかり、屋敷の裏にあるサイコガーデンの植物やら、薬物やらも更なるパワーアップを遂げていた。
 タタリは既に消えて治まっているはずなのだが、もしかしたらタタリの残滓が琥珀に憑いているのかもしれない。
 ……周りに大して影響は無いようだが、遠野志貴にとっては充分悪夢である。

「うふふ……マジカル換装機能……。コレさえあれば、メカ翡翠ちゃんは如何なる状況にも対応して戦うことが出来――――?」


「……死ぬ覚悟は出来てるか、バカ姉」


 背後の殺気に気付いた時には既に遅く。
 音も無く姿を現した翡翠のフライパンによる一撃によって、琥珀の意識は刈り取られたのであった……。



 完璧に余談なのだが、琥珀の部屋には換装機能を持ったロボットアニメのビデオが置かれていたという――――。


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