Act2-5


【ネギ】


「ネギ君、学園長が呼んでいるから来てくれ」

 中等部校舎の玄関でアスナさん達と別れて、職員室に向かおうとしたところで、外から戻ってきたらしいタカミチに呼び止められた。
 学園長が呼ぶということは、恐らく昨夜のことだろう。
 そういえば、楓さんにあの黒縁眼鏡をした男の人をどうしたのか聞かなくちゃ。
 朝のHRが終わった時に呼び出して、聞いてみよう。

「あ……ねぇ、昨夜はどうだったの、タカミチ?」

「ああ……どうやら、今回の事件には厄介な化け物が関わっているようでね……」

「厄介な化け物……? タカミチでも、てこずるような相手なの?」

 学園長室へ向かいながら、タカミチが声を潜めて話し出す。
 僕の問いに、タカミチは無言のまま、眉間に皺を寄せて深刻な表情を浮かべながら小さく頷いた。
 武闘会であんな強力な力を見せたタカミチですら、倒すのが難しい相手だなんて、驚きを隠せなかった。

「一度、本格的な戦いになったんだが……まさに化け物だったよ」

 タカミチの話によると、その長身の男のコートの中から湯水のように黒い獣やらカラス、幻獣なんかが襲いかかってきたらしい。
 その動物達は倒しても黒い泥になって消えるだけで、本体を狙おうにもその黒い動物達が邪魔をして近寄れなかったという。

「コートの中から、黒い獣や幻獣などをたくさん出す……?」

「オイオイオイオイオイ!! ま、ままままさか…あの……?!」

 どうやらカモ君はその特徴を聞いて、タカミチの言う化け物に思い至ったようだ。
 学園長室に向かう僕の足が途中で止まり、その特徴を持った存在を記憶の底から探り出す。
 その特徴を聞いて何かが引っかかるということは、僕はどこかで聞いたはずだ。
 体から黒い獣や、幻想種の魔物を呼び出す……。

「元は魔術協会の一つ、北欧の『彷徨海』の魔術師だったらしいが……吸血鬼になったというのは本当だったか」

「魔術協会の魔術師? 吸血鬼になったって……まさか?!」

 ……僕の記憶の中から、その特徴に合致する存在が浮かび上がってくる。
 しかし、それは賞金首の中でも、最悪の部類に入る存在だった。
 信じたくは無かったが、タカミチに視線を向けると、タカミチは深刻そうな表情でしっかりと頷く。

「……死徒二十七祖十位、ネロ・カオス。『混沌』と呼ばれる吸血鬼だよ。しかも、今回は他にも二十七祖がもう一人いるらしい」


 ――――どうやら、僕らはヘルマンさん以上の最悪の化け物達と戦わねばならないらしい……。




〜朧月〜




【アスナ】


「ネギ、遅いわねー……。もうHR始まっちゃう時間じゃない。……ん?」

 HRが始まる時間が近づいた頃、アナウンスが入る。

『職員会議が長引いているため、本日の授業は全て短縮授業になります。各クラスの……』

 クラス内に歓声が響き、周りのクラスからも歓声が聞こえてくる。
 でも、職員会議などではなく、恐らく昨夜のことについて話しているのだろう。
 ネギの話によれば、魔法先生の一人が重傷を負ったらしいから、かなり深刻な事態のはず。
 そんなことを思っていると、突然教室の扉が開き、高畑先生が顔を出す。

「たっ、高畑先生?! どっ、どうしました?」

「あ、ああ……アスナ君。刹那君はいるかい?」

「……あ、はい。どうかされましたか、高畑先生?」

 緊張してドモる私に苦笑しながら、高畑先生は刹那さんを呼んだ。
 刹那さんはやはりまだ昨夜のことで落ち込んでいたらしく、一瞬遅れて高畑先生に反応する。
 高畑先生は事情を知らないけれど、刹那さんの様子がおかしいことには気付いたみたいだった。

「……学園長が学費のことについて話があるから、来て欲しいそうだ」

「はい、わかりました」

 学費の話というのは建前の用件で、きっと昨夜のことについてだろう。
 刹那さんは先程まで落ち込んでいた素振りなどまったく見せずに、高畑先生と共に教室から出て行った。
 刹那さんが教室を出て行くと、教室に元の騒がしさが戻ってくる。
 ……けれど、なぜ刹那さんはあそこまで落ち込んでいるのだろう?
 あの七夜とかいう男に何か言われたのはわかるが、刹那さんの落ち込み様はかなりのものだ。

「……ねぇ、このか。刹那さん、何であんなに落ち込んでいるのかな……」

「アスナ……せっちゃんが昨日話してくれた昔話、もう忘れたん? 『七夜』って名乗ってたけど、多分あの男の人……」

「あ……!」

 ――――思い出した。
 刹那さんが幼い頃お世話になった一族の名前が、確か『七夜』だったはず……。
 それに、このかは言葉を濁したが、あの男の人は刹那さんの心を救ってくれた……志貴とかいう人なのかもしれない。
 それならば、刹那さんがここまで落ち込んでいることも納得がいく。
 幼い頃に自分を救ってくれた人と、あんな風に対面することになってしまったのならば尚更だろう。

「……でも、アイツは刹那さんに対して酷いこと言ったんだもの。その点だけは、絶対に謝らせてやる……」



「あれ? そういえば、美空ちゃんがまだ来てない……」

 ふと私の斜め前の席が、空席になっていることに気付く。
 確か彼女も魔法生徒だったはずだから、学園長に呼ばれたのかもしれない。
 そんなことを思っていると、本屋ちゃんと話していた鳴滝姉妹が、私の言葉に答えてくれた。

「あ、そういえば朝登校してくる時に、美空が変な男達に絡まれてるの見たよ」

「でも、男の人が割って入って、助けてくれてたみたいです」

 鳴滝姉妹から、美空ちゃんが変な男性達に囲まれてたと聞いて一瞬驚いたけど、大丈夫みたいなので安心する。
 最近、ウチの学園の学生に声をかけてくる、変な三人組がいるという噂を聞いていたので心配したのだ。
 朝倉の調べだと、麻帆良大学に通いながら遊び呆けている学生達らしいが、特に被害は伝えられていないらしい。
 しかし、割って入ってきて助けるなんて、まるで昨日の黒縁眼鏡の男性のような……。

「……ねぇ、その男の人……もしかして黒髪で黒縁眼鏡してなかった?」

「あ、そうです。さらさらした黒髪に、ちょっと昔っぽい黒縁眼鏡をした優しそうな男性でした」

 ――――何かがおかしい。
 あの黒縁眼鏡をしていた時の彼は、私達を助けるために割って入ってきたように見えた。
 でも眼鏡をしていなかった時は、まるで殺すことが趣味な人のようだった。


 あの男の人、二重人格か何かなのだろうか……?





□カモっち何でも情報局■


「おう、カモっち何でも情報局へようこそ。この『朧月』じゃあ出番の少ない俺っちが、ここで一肌脱ごうって企画さ」

「まぁ昼間版『白レンのお部屋』みたいなモンさ」

「情報は白レンの姉さんから受け継いでっから、どんな情報でも任せな。……まぁ、一番肝心なトコは教えてもらっちゃいねーんだが」

「さーて、今回は……ネロのおっさんについてか。オーケー、そんじゃまあこの漢、カモっちが御教授してやるぜ!」

○ネロ・カオス(2月13日生まれ、身長188p、体重84s)
 死徒二十七祖が十位。固有結界・『獣王の巣』と魔眼(金)を持っていて、魔眼の効果は魅了。
 魔術師が研究の果てに吸血種になったもので、人間だった頃の名はフォアブロ・ロワインといい、北の彷徨海出身の魔術師だった。

 さて、こっからが肝心なんだが…実は体内に六百六十六の獣の因子を渦巻かせており、その混沌の中には幻想種も含まれてる。
 そんなことをしちまったら『世界』から修正がかかるはずなんだが、体内を固有結界にして修正を逃れてんだ。世界を変えるために世界から修正を喰らう固有結界も、人体内部に形成されちまえば修正されない……って寸法さ。頭いいぜ。
 現在の意識は元となったフォアブロ・ロワインではなく、混沌の群生としての意識になってる。体内の獣の因子を体外に放出して使い魔として使役することができるが、体外に出るときにカタチが決定するのでネロ自身にも何のカタチをとるかはわからないんだと。
 混沌をカタチにする方法を教えたのは、『無限転生者』ミハイル・ロア・バルダムヨォンの十七代目の転生体。

 食事は吸血どころか、人間を頭から爪先まで肉片も残さずにバリバリ食う。
 またその使い魔はネロ自身であるため、たとえ殺されてもネロの体内に戻れば再び混沌の一つとして生き返ることができるぜ。
 本体から離れた混沌は生命の素のようなもので、生物にくっつければ喪失した部位を修復・補完でき、強化される。魔術を学べばその混沌を使い魔として構成することも可能なんだと。

 混沌のほぼ半数を使って練り上げた『創世の土』で真祖の姫君・アルクェイド・ブリュンスタッドを拘束し、取り込もうとした。
 創世の土を破壊するのは大陸を丸ごと破壊するようなもので、衰えていない真祖の姫君でさえ破壊は不可能。
 六百六十六の命を持っているとほぼ同義であるため、殺すには同時に六百六十六回殺さねばならず、混沌であるためにネロを殺すのは一つの世界を丸ごと殺すのと同義だ。
 もとが学者のため、戦闘時は自分ではほとんど動かずに混沌の獣達に任せている。また理解できない状況になると逆ギレする。
 能力が能力のためか、あらゆることに無関心になりつつあった。放っておけば数百年後にはただの混沌と化していたかもしんねーな。


「……しかしこれから先、このおっさんと戦うかもしれねぇって思うと、さすがの俺っちもブルっちまうぜ……」


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