Act2-10


【アスナ】


「あれ……?」

 学食の購買でパンと飲み物を買って学園の庭に出ると、先に庭で待っていたこのか達が騒いでいた。
 近づいて覗き込んで見ると、このかの腕の中に黒い毛玉が見えた。

「あーん、この子かわええ〜! ウチ、この子飼いたいわ〜」

「……このか、その子、飼い猫じゃないの?」

 黒い毛玉……もとい黒猫は、嬉しそうに騒ぐこのかの腕の中で、不機嫌そうな表情をしていた。
 黒猫の首には白いボンボンの付いた大きな黒いリボンが着けられており、それに毛並がかなり良いところから考えると、この黒猫は飼い猫と見て間違いないだろう。
 不機嫌ながらもこのかに爪を立てたりしない辺り、この黒猫は育ちが良いのかもしれない。

「あ、あの……お嬢様。その黒猫、使い魔です」

「このか姉さん! 刹那の姉さんの言うとおり、ソイツ使い魔ですぜ! しかもかなりレベルの高い使い魔だ」

 刹那さんは少し心配そうな表情で、カモは敵でも見るかのような表情で、それぞれこのかの腕の中にいる黒猫を見ている。
 ネギは黒猫が使い魔だと気付いているようだが、黒猫が大人しくしているのであまり心配していないのか、苦笑しながら黒猫を抱いて嬉しそうにしているこのかを見ていた。
 当の黒猫は誰にも無関心のようだったが、このかに抱き締められていて苦しそうにしている。

「へぇー、この子、使い魔なんか。……なあなあ、黒猫さん。ウチの使い魔にならへんー?」

 このかは黒猫が使い魔だということを聞かされ、脇の下に手を入れて黒猫を持ち上げると、更に嬉しそうに笑って黒猫に契約を持ち掛けている。
 黒猫は女の子だったらしく、このかにお腹を晒されて更に不機嫌そうな表情を浮かべていたが、目を閉じると首を横に振ってこのかに拒絶の意思をちゃんと伝えていた。
 しかし断った後、黒猫が目を開けてこのかと視線を合わせると、このかはきょとんとした表情をしながら抱いていた黒猫を地面に下ろして私の方を見る。

「……なあ、アスナ。ケーキ買ってきてくれた?」

「ん? ああ、このかが頼んだから買ってきてあるわよ」

 購買に買いに行く時に、このかが今日の占いで幸運グッズがケーキだったということで頼まれていたのだ。
 私は袋からケーキを取り出してこのかに手渡すと、このかは黒猫の前にケーキを置いて興味深そうに観察している。

「……あのねえ、このか。猫にケーキ丸ごとあげるなんて、何考えてるのよ?」

「んー……黒猫さんが、ケーキくれたらこれからもたまに遊びに来るって言ったような気がして……」

「テレパシーかも知れないですね。うーん……こんなに高位の使い魔見るの、僕も初めてです」

 ケーキをあげたこのかに呆れていると、黒猫はケーキに鼻を近づけて少し匂いを嗅いだ後、勢いよくケーキに齧り付いた。
 自己紹介しているこのかも目に入っていないかのような勢いで、黒猫は夢中になってケーキを食べている。
 私が呆気に取られている間に、黒猫は二つあったケーキを綺麗に食べ尽くしてしまっていた。

「そろそろ帰る? ほかほか、またなー、レンちゃんー!」

 口の周りのクリームをこのかに拭き取ってもらった後、レンという名前らしい黒猫は満足げに去って行ったのだった。




〜朧月〜




【志貴】


「あれ……?」

 大学の下見を終える頃には昼を過ぎており、レンは一緒に大学の学食で昼食を食べた後に散歩に行ってくると言って、黒猫の姿でどこかへ行ってしまった。
 そして俺はエヴァちゃんの家に向けて歩いていた…のだが、その帰り道の途中で黒髪のショートカットに、この季節には少し早いサンタのような赤い服、それに狐色のマフラーをした小さな後ろ姿を見つけた。
 背中には、大きく膨らんだナップザックを重そうに背負っている。
 その後ろ姿が知っている女の子に似ていたのだが、何故この街に来ているのかわからず首を傾げながら、試しに声をかけてみる。

「あの、もしかして……アキラちゃん?」

「――――っ?! は、はははははいぃっ?!!」

 俺が呼びかけると、女の子は体をビクッと小さく飛び跳ねさせてから、凄い勢いでこちらへ振り向く。
 矢張り思ったとおり、女の子はアキラちゃんだった。
 アキラちゃんは俺を見てしばらくポカンとした後、目を白黒させながら慌てていたが、二、三度深呼吸をしたおかげで少し落ち着いたように見える。

「こっ、こんにちは、志貴さん!」

「うん、こんにちは、アキラちゃん。……でも、驚いたな。こんな所で会えるなんて」

「はっ、はい! 運命の出会いかー、って思っちゃうくらいに……あわわわわわ!」

 ……どうやらまだテンパっているらしく、挨拶を交わしただけで顔を赤くしてあたふたしている。
 苦笑しながらもう一度深呼吸するように促すと、今度はちゃんと落ち着けたようだった。

 彼女は瀬尾晶ちゃんといって、秋葉と同じ浅上女学院の中等部に通っている子だ。
 昨年、三咲町で起きた吸血鬼事件後の年末に起きた、ちょっとした事件で出会ったのだが、矢張りと言うか何と言うか、彼女には未来を予測し、その未来を映像として視てしまう『未来視』の力を持っている。


「……あの、どうして志貴さんがここに?」

「ん? ああ、学校から休みを貰って大学の下見にね。……その、夏休み中は色々とあって大変だったからさ」

 夏休み中の事情を知らないアキラちゃんは首を傾げていたが、大学の下見に来たということには納得しているようだ。
 昼を食べていないというアキラちゃんに、近くにあった喫茶店で昼食を奢ってあげることにする。
 ……俺の財布事情が厳しいことはアキラちゃんもよくわかっているので、もちろん安いメニューだったが。

「それで……アキラちゃんはどうして麻帆良に? 今日って浅上女学院、休みじゃないだろう?」

「あ、あははは……その、ちょっとここでイベントがあって……。色々と理由つけて出てきちゃいました」

「浅上女学院って名門なんだろ? アキラちゃん、中等部の三年なんだし、今度からは控えなよ?」

 食後のコーヒーを一口飲んで、恥ずかしそうに顔を伏せて答えるアキラちゃんに、苦笑しながら軽く注意をする。
 四人がけの席に向かい合って座ったのだが、アキラちゃんの席の隣には重そうに膨らんだナップザックが大きく陣取っている。
 気にはなったが、本能が触れるなと警告していたので、そちらになるべく視線を向けないようにしながらアキラちゃんと話していた。
 あまり長く居座るというのも気が引けたので、喫茶店を出て近くにあったベンチに座りしばらく話し込んでいると、アキラちゃんは左腕にした腕時計を見て辺りをキョロキョロと見回し始める。

「あ……もしかして誰かと待ち合わせ? 邪魔だったら退散するけど……」

「いっ、いえ! 実はその……チャットで知り合った仲間とそのイベントの下見に行こうって約束してただけで、志貴さんが邪魔だとかそんなことは絶対に、絶っっっ対にありませんからっ!」

 アキラちゃんは胸の前で拳を握り締めて、力説するように必死の形相をしながらこちらに身を乗り出してくる。
 が、すぐに大声を出して周りから注目されていることに気付き、顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。
 そんなアキラちゃんに苦笑していると、こちらを見ていた周りの人の中から、三人ほどの女の子達が近づいてきた。
 特徴を挙げると、ショートカットの前髪で顔を隠した大人しそうな女の子と、『ゴーヤパイン』なる珍妙な紙パックのジュースを飲んでいる背の低い女の子、そしてハーフリムの眼鏡をした黒髪の女の子といったところか。

「えーっと……あなたが『鬼殺し』さん?」

「へ?! ……あっ、は、はい。それじゃ……あなたが『パル』さん?」

 三人の女の子の中から、ハーフリムの眼鏡をした女の子が一歩前に出て、アキラちゃんに声をかけてくる。
 以前HNで『鬼殺し』というお酒の名前を名乗っていると、アキラちゃんが自分で言っていたので確かだと思われる。
 アキラちゃんは声をかけられて驚いたような表情を浮かべると、相手の女の子のHNらしきものを呟いた。
 どうやら彼女がアキラちゃんの待ち合わせ相手だったようだ。

「私は瀬尾晶。浅上女学院中等部の三年です」

「私は早乙女ハルナ。ここに通ってる三年よ。呼び方はHNと同じパルでいいわ。後ろにいるショートカットの方が宮崎のどかで、ジュース飲んでる方が綾瀬夕映。二人とも私の友達よ。よろしくね、アキラ。……でも――――」

 互いに自己紹介を終えると、ハルナちゃんは俺の方に視線を向けて、上から下まで舐めるように見てくる。
 そして俺とアキラちゃんに匂いを嗅ぐような仕種をした後、アキラちゃんに視線を戻してニヤリと悪戯めいた笑みを浮かべた。

「……まさか彼氏同伴とはねー。やるじゃない、アキラ」

「えっ? ……あ……え、う? し、志貴さんのことディスカ?! あ、あわわわわわ、ち、違うんだけど違わない方がいいって言うか……!」

 アキラちゃんは何を聞かれたのかわからずにきょとんとしていたが、やがて俺とハルナちゃんを交互に見やると、顔を真っ赤にさせて呂律が回らないほどに慌てていた。
 更に、いつの間にか横に立っていたハルナちゃんがアキラちゃんの耳元で何かを囁くと、アキラちゃんは更に顔を赤くさせて口をパクパクとさせたまま固まってしまった。
 固まってしまったアキラちゃんを放置したハルナちゃんは、今度は俺の方を向いてニヤリと笑う。
 その笑みには背筋を走るものがあったが、まだまだ琥珀さんには及ばない。……恐るべし、割烹着の悪魔。

「んじゃ、こっちに聞いてみようか。で……どうなの、アキラとは恋人関係?」

「アハハ……ハルナちゃん、アキラちゃんと俺はそんな関係じゃないよ。そうだな……俺からすればアキラちゃんは可愛い妹、って感じかな? それに俺が恋人だなんて、アキラちゃんに悪いよ」

 俺がそう言うと、ハルナちゃんだけでなく、後ろにいるのどかちゃんと夕映ちゃんまで呆れたような表情を浮かべていた。
 ハルナちゃんは何も言わずにアキラちゃんに何か囁くと、アキラちゃんはガクリと首をうな垂れさせて何かしきりに頷いていた。





□今日の裏話■


「うーん……使えそうよね、彼」

 宿泊先に戻るという志貴と別れた後、早乙女ハルナはその後ろ姿を見ながら呟いた。
 晶は同じくその後ろ姿を見送りながら、横に立つハルナの呟きに同意する。

「あ、やっぱりパルもそう思う?」

「もち。なーんか、こう……犬っぽいカンジみたいなのに惹かれちゃうわね。しかも子犬の可愛さみたいなのを感じるわ」

 晶とハルナは目を輝かせながら、ヲタクな話に花を咲かせている。

「こりゃー、あの人総受け確定でしょ! うぁ……ヤバ、妄想ノンストップーっっ?! 晶、アンタ素材見る目あるわねー!」

「もー、初めて会った時にビビッときたもん! ……あ、でも総受けって訳でもないかな? 本気になった時の志貴さんって、チョー格好いいんだから!」


「……アホが一人増えたです……」


 奇妙な雄叫びを上げるハルナと、それに呼応して喋りまくる晶から、少しずつ距離を置く夕映とのどか。
 しかし、晶とハルナはそれに気付く事無く、二人でヒートアップしていた。
 ……町の人から珍妙なものでも見るかのような視線を向けられる、腐女子二人。


 ちなみに、後日開催されたイベント会場に、志貴に似た黒縁眼鏡の男性の『受け』本が並び、女子の長蛇の列が出来たという……。


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