【ネギ】
「あ……楓さん」
黒猫の使い魔、レンさんが去ってから庭で皆と昼食を食べていると、楓さんが風香さんと史伽さんと一緒に談笑しながらどこかへ歩いていく姿を見かけた。 朝のHRで一騒動あって、楓さんに放課後の呼び出しを伝えるのを忘れていたことを思い出し、昼食もそこそこに急いで立ち上がる。 すぐに追いかけようと思ったが、急に立ち上がった僕を見て、アスナさん達が訝しげな表情で声をかけてきた。
「……ネギ、急に立ち上がったりしてどうしたのよ?」
「ネギ先生、何かあったのですか?」
「すいません、ちょっと用事があるので先に失礼します!」
アスナさん達に一言断って楓さん達が去っていった方向へ急ぐと、幸い楓さんは風香さんと史伽さんと別れるところだった。 魔法を知らない鳴滝さん達がいる場所では、さすがに昨日の話はし辛い。 一人になった楓さんに近づくと、まるで僕が追ってくることがわかっていたかのように、楓さんが振り向く。
「……ネギ坊主、昨日の黒縁眼鏡の男性……志貴殿のことについて聞きたいのでござろう?」
「え……あ、はい。あの後、あの人……いえ、その志貴さんはどこに……?」
「あの男のこと、知ってるのかい、楓姉さん?」
昨日の黒縁眼鏡の男性は、やはり刹那さんが昔出会った志貴さんらしい。 では、昨日アスナさんと戦っていた志貴さんは何者なのだろう? 僕の予想では志貴さんとあの人は別人だと考えているが、場合によっては同一人物である可能性が出てくる。 できるならば、刹那さんが悲しむような事態にだけはなって欲しくない。 そう願いながら、楓さんの答えを待つ。
「ふむ、志貴殿はエヴァ殿に追いかけられて町に下りていったでござる。……今の志貴殿の所在ならば、恐らくエヴァ殿が存じていると思われるが……」
「は、はぁ……。わかりました、とにかくマスターが知っているんですね? ありがとうございます、楓さん!」
よくわからないけど、志貴さんはなぜかマスターに追いかけられたので逃げ出してどこかへ行ってしまい、その後の足取りは楓さんも知らない、ということらしい。 とにかく楓さんに礼を言うと、急いでマスターを捜しに走り出す。
「マスターは、昼になれば大抵屋上で寝ているはず……」
「ああ、真祖とはいえ吸血鬼だからな。……しかしアニキ、何を調べてるんだい?」
吸血鬼の真祖であるマスターは昼の間は眠くなるらしく、いつも屋上で昼寝しているらしい。 僕は逸る気持ちを抑え、カモ君に昨夜のことを説明しながら、マスターがいるであろう屋上へ向けて駆け出したのだった。
――――けれど結局、屋上にマスターはおらず、マスターは午後の授業も欠席したのだった。
〜朧月〜
【エヴァ】
「……何? 三咲町の吸血鬼事件についての情報に、情報操作の痕跡があっただと?」
「はい、恐らく志貴さんの話していた埋葬機関の者の手によるものかと……」
昼休みになって屋上で昼寝しようと思っていたら、茶々丸が昨夜志貴の話していたことについて調べて報告しに来た。 確かに埋葬機関は暗示などの手段を用いた情報操作を行うことはあるが、茶々丸の話によると三咲町の吸血鬼事件に関してはかなり手の込んだ情報操作だったという。 茶々丸もその情報操作された情報を鵜呑みにしかけたと言っていたが、志貴の知り合いだという埋葬機関の者がそうまでして隠したい情報とはどんなものなのだろうか。
「志貴はあらかた話したようだったが、まだ隠している部分があるか、あるいは……ん?」
「……この町に何者かが侵入したようですね」
麻帆良の学園都市全体に張られている結界に反応があり、魔力を持った者がこの町に入り込んだことを私に知らせる。 坊やの周りでうろちょろしている下等生物(オコジョ)の時もそうだが、ここの結界は魔力を持つ様々なものに反応するので、私にとっては迷惑極まりない。
「む……? この魔力の感じ……どこかで……?」
しかし今回感じた魔力は、以前もどこかで感じたような魔力だったので、首を傾げながら結界が反応した場所へ向かった。
「どおりで感じたことのある魔力のはずだ。……久しいな、トーコ」
「フン……また出迎えられるとは思ってなかったよ、『闇の福音』」
目の前には咥え煙草の目つきの鋭い女が、名前と同じ橙色のトランク片手に立っている。 女は一つため息をついて、ショートカットの青い髪を鬱陶しげにかき上げて私の方を見た。 この女の名は、蒼崎橙子。 ルーン魔術を主に操るトップランクの魔術師なのだが、ある能力から魔術協会に封印指定を受け追われている。
「ハ……それで、何の用だ? 今のこの町の状態を元に戻してヒーローを気取る、なんてことをしに来た訳でもないだろう」
「当たり前だ。誰が好き好んで二十七祖なんぞに関わるか。……単に、あるオークションの会場がこの町だ、ってだけの話さ」
トーコは以前もこの町に来たことがあり、その時も同じように私が立ちはだかって戦ったのだが、結局痛み分けとなった。 この女の作り出した人形に苦戦したこともあるが、何よりもこの女は簡単には死なないということがわかったからだ。 実はこの女は魔術師としてよりも卓越した人形師としての方が有名で、目の前に立っているこの橙子自身も精巧な人形なのである。 魔術協会から封印指定を受けた『ある能力』というのがこれで、目の前にいる人形のトーコを殺したとしても、別の場所にストックされている別の人形のトーコへとスウィッチするだけなので、この町に縛られている私では倒し切れないと判断し、結局痛み分けとなって見逃した訳である。
「ところで、どうだ? 私の作った人形の具合は」
「……お前な。あんな人形、おいそれと使えるとでも思ってるのか? まあ……一応、ちゃんとした場所で保管はしてある」
「クックック……ありがたい。私にとって、作った人形は娘も同然なんでね」
咥え煙草のままくつくつと笑うトーコに、私は軽くため息をつく。 痛み分けとなった際に、トーコはたまたま持っていた人形を渡して去っていったのだ。 ある能力を持った人形だったのだが、この女にとってはその能力もそれほど大したものではなかったらしい。
「オークション、か。……茶々丸、場所はわかるか?」
「はい。遠野グループホテルの近くで、午後三時より行われる予定になっています」
危険ではないとしても、魔術師は監視する必要がある。 午後の授業に出るのも面倒だと思っていたところに、丁度いい口実が出来た。
「おい、トーコ。悪いが監視されてもらうぞ。それが決まりだからな」
「やれやれ……授業をサボりたいだけじゃないのか? まあ、監視されるのは構わんが……制服だけは着替えろ。学生をオークションに連れ回す、悪い女だと思われるのは嫌だからな」
トーコは面倒臭そうな表情で承諾し、半分くらいまで吸った煙草を地面に落として踏み潰す。 そして胸ポケットから新しい煙草を一本取り出し、魔術を使わずにライターで火を点けると、私達の後について歩き出した。
☆
□カモっち何でも情報局■
「おぅ、二度目のカモっち何でも情報局だぜぃ! 知らねぇって奴ぁ、『朧月 Act2-5』を見てくんな!」
「さーて、今回は……『空の境界』からの登場人物、蒼崎橙子の紹介だ」
○蒼崎橙子 見た目は二十代後半の卓越した人形師で、専攻魔術はルーン魔術。 魔術協会における魔法使いの一人、蒼崎青子の姉。 姉妹関係はすこぶる最悪で、鉢合わせたりしようものなら、町の一つや二つ、消滅する覚悟をしなければならない。 ……言っとくが、比喩じゃねぇぜ?
遺産を妹に横取りされたショックで、師であった祖父をブチ殺して魔術協会に鞍替え。 魔術師としての能力はトップランクだったが、それ以上に、まったく同じもの(人体)を作れる最高位の人形遣いとしての能力があり、その能力故に魔術協会から封印指定を受けたため、所属していた倫敦の時計塔から脱走している。
人体を通して根源の渦に到達するための研究過程で自分とまったく同じものを作り上げ、『まったく同じならば自分ではなくても問題ない』という考えからそのとき生きている橙子が死ぬとストックされていた橙子にスウィッチする。そうして目覚めた橙子は、目的を達成してから自分をもとにして人形を作り再び眠りに就く。
工房・伽藍の堂のオーナーで、礼園女学院のOG。 本業は人形の製作だが、建築なども手がける。 依頼を受けることはせずに直接依頼人に売り込み、全額前金で受け取ってから製作を開始する。 ただし、『できればよい』という人なので、資材調達などの細かな仕事はしない。
また、魔眼憑きでもあり、眼鏡をかける→はずす、で性格を意図的にスウィッチする。 眼鏡をかけたときは主観的で人情家。眼鏡をかけていないときは、客観的で酷薄。 どちらが作為的でない蒼崎橙子なのかは本人にもよくわからないらしいが、どちらにしても根はロマンチスト。
遠野志貴の魔眼殺しはもともと彼女のものであり、青子に強奪されて志貴用に作り直された。 お気に入りの魔眼殺しを強奪された腹いせに、青子名義で魔術協会から金を引き出して買い物にいそしんでいる。 こんなことをしたら居所がばれてしまうが、自己保身より青子への嫌がらせの方が優先順位が高いらしい。 なんつーか……どっかしら捻じ曲がってる姉妹だよな。
『魔術師が最強である必要はなく、最強のものを作り出せばよい』という理論に基づき、戦闘は彼女が作り上げた使い魔に任せている。 その使い魔は、オレンジ色の鞄の幻灯機械によって生み出される影の猫と、匣じみた大きな鞄の黒い怪物。
「『人形遣い』繋がりってことで、エヴァンジェリンと絡ませた訳だな」
「さて、今回はこれまでだぜ。また来ておくんなぁ!」 |