Act2-27


【エヴァ】


「マスター、志貴さんは白いレンさんと一緒に、桜ヶ丘から別の所へ移動しているようです。この方向は――――学園の、寮?」

「…はぁ? 学園の寮に行ってどうするんだ、アイツは…」

 志貴の行動に疑問を抱きながらも、とにかく茶々丸の言うとおり学園の寮へと向かう。
 男である志貴が学生寮に行ったところで、追い返されるだけだろうに。
 半ば呆れながら寮へ向けて歩き出すが、茶々丸の腕の中で大人しくしているレンが不安そうな顔をしていることに気付く。

「…何か気になることでもあるのか、レン?」

「…」

 レンは何も言わずに、目を閉じて俯いてしまった。
 気にはなったが、とにかく志貴と合流するべく寮の前に急行すると、そこには志貴の姿は無く、代わりに黒いコートと、そのコートに染み付いているらしい血の臭いを纏った長身の男が立っていた。
 その長身の男の向こう側には、坊やと綾瀬夕映、宮崎のどかがいる。
 男は坊やと話していたようだったが、私達に気付いたらしくこちらに背を向けたままコートの中から何かを放った。

 コートの男がゆっくりとこちらに振り返るのと同時に、茶々丸と共に後ろへ大きく飛び退く。
 飛び退くと同時に、私達のいた場所の下から鋭い牙の生えた何か巨大なモノの口が飛び出した。
 そのまま立っていれば、間違いなく喰われてしまっていただろう。

「フン、まさか『混沌』の体現者がいるとはな…」

「魔法協会の『真祖』か。…これほどまでに脆弱とは、魔法協会も衰えたか」

 手持ちの魔法薬を確認するが、この化け物を相手にするには心許ない。
 まったく、サウザンドマスターの封印のせいでこんな事態に陥るとはな…。
 ネロはコートを開いて黒い動物達を自身の周りに展開すると、私と坊やの両方に襲いかからせた。
 私の方は茶々丸がいるからいいが、坊やの方は身を守る術の無い奴らばかりだ。

「マスター! どうしたら――――」

「アホかーっ!! さっさとそいつらを逃がせ!!」

 私の一喝で自分が不利な状況にあることに気付いたのか、坊やは先に綾瀬夕映と宮崎のどかを逃がした。
 そして迫ってきた混沌に無詠唱で魔法の射手を叩き込んでいくが、混沌の数は一向に減る気配を見せない。
 私達は魔法を叩き込んでいったが、混沌の数は凄まじく、あっという間に私の持っていた魔法薬は無くなり、格闘の出来る茶々丸にそのほとんどを任せるしかなくなっていた。
 坊やの方も永遠に続くとも思える混沌の群れに疲れを見せてきており、状況は刻一刻と悪化してきていた…。




〜朧月〜




【愛衣】


「お姉様っっっ!!!」

 タタリの作り出した偽者の茶々丸さんとお姉様の戦いは、『黒衣の夜想曲』によってお姉様が優勢となっていた。
 しかし、『黒衣の夜想曲』による自動防御を過信したためか、近距離で放たれた茶々丸さんのロケットパンチがお姉様へと迫る。
 危ないと思った瞬間、視界の端で影のようなものが疾り込んでくるのが見えた。

「てえええぇぇぇーいっっっ!!」

(ガキィッッッ!!!)

 疾り込んできた影は、さつきさんだった。
 視認するのも難しいほどの速さで疾り、お姉様を殺さんと迫る茶々丸さんの腕を殴り飛ばしたのだ。
 吹き飛ばされた茶々丸さんの腕は、さつきさんに殴られた辺りが大きくへこんで、煙を噴き上げている。
 吸血鬼だと言っていたけれど、彼女は吸血鬼らしからぬ性格をしているので、すっかり忘れてしまっていた。

「…大丈夫だった、高音さん?」

「え…ええ、お陰で助かったわ。…ありがとう、さつきさん」

 どうやら彼女が吸血鬼だということを忘れていたのは、お姉様も同じらしい。
 お姉様は戸惑ったような表情を浮かべていたけれど、さつきさんに声をかけられて即座に礼を返す。
 破壊された右腕を戻した茶々丸さんは、身構えたさつきさんを警戒しているのか、動かずに視線だけをこちらに向けている。

「さあ…今度はこっちからいくよ!!」

 体勢を低くしたさつきさんが、茶々丸さんへ向かって走り出す。
 スピードに乗った勢いのあるパンチが繰り出されたが、茶々丸さんには横に飛んで避けられてしまった。
 何度か同じように攻撃していたが、さつきさんの攻撃は直線的過ぎるのか、悉く茶々丸さんに避けられてしまっている。

「――――甘い」

「きゃあっ?!」

 さつきさんの攻撃を避けると同時に繰り出された茶々丸さんの蹴りが直撃して、さつきさんの体を軽々と吹き飛ばす。
 蹴りをまともに喰らって地面に転がったさつきさんへ、茶々丸さんは更に追撃せんと走り出した。
 私は咄嗟に懐からカードを取り出し、アーティファクトの箒を呼び出す。

「はぁっっっ!!」

 無詠唱で放った魔法の射手は上手くさつきさんと茶々丸さんの間に着弾し、追撃しようとしていた茶々丸さんは後方へ跳び退いた。
 更にお姉様の『黒衣の夜想曲』で、茶々丸さんに連続攻撃を加えていく。

「あはは…ありがと、愛衣さん、高音さん」

「どういたしまして。…さ、一緒に戦いましょう」

 倒れていたさつきさんに駆け寄って手を差し出すと、さつきさんは照れ笑いをしながら私の手に掴まって立ち上がる。
 さつきさんは一つ大きく深呼吸をすると、先程と同じように体勢を低くして茶々丸さんに向かって行った。
 援護のために魔法の射手を撃とうとするが、それを察知した茶々丸さんにお姉様を挟んだ位置に移動されてしまう。

「ええーいっっっ!!」

「甘いです。二度も三度も――――ッ?!」

 茶々丸さんがお姉様の攻撃を避けて着地した瞬間を狙って、さつきさんが強力な一撃を放つ。
 しかし、その強力な一撃は冷静に避けられてしまい、同時にブーストで勢いのついた強力な蹴りを繰り出してきた。
 思わず目を閉じてしまったが、さつきさんが吹き飛ばされる音は聞こえない。
 目を開けてみると、避けられないと思った茶々丸さんの蹴りは、さつきさんの手によって、しかも左手一本で受け止められていた。

「二度も三度も同じ手は喰らわない…そう言いたいんでしょ? …それは私も同じだよっ!!」

 さつきさんは茶々丸さんの右足を掴んだ左手一本で、思い切り地面に向けて投げつける。
 吸血鬼としての彼女の力はかなりのもので、茶々丸さんは体勢を崩したまま、なす術無く地面に叩きつけられていた。
 更に疾り出したさつきさんは、地面に叩きつけられた反動で浮いた茶々丸さんに追いつき、まるでバレーボールのアタックのようにして地面に向けて殴り飛ばす。


「あまり甘く見ないでよね。こう見えても、こっちじゃ何年に一人の逸材だって言われてるんだから!」





□今日のNG■


「フン、まさか『混沌』の体現者がいるとはな…」

「魔法協会の『真祖』か。…これほどまでに脆弱とは、魔法協会も衰えたか…む?」

 『混沌』…死徒二十七祖が十位、ネロ・カオスは何かに気付いたかのように茶々丸へと視線を向ける。
 ネロの視線の先にいるものとは――――身構えた茶々丸…の頭に乗っかった黒猫。
 黒猫…レンは茶々丸の頭から地面に下り立つと、少女の姿となり、どこからか猫耳のついたブサイクな人形を取り出した。


「なうー? アチキの出番なのかにゃ?」


「ぬ、ぬぅ…! そ、その生物は…!!?」

 レンが取り出したその喋る人形…猫アルクに、ネロは極端なまでに動揺を見せる。
 その動揺ぶりは他の混沌達の動きを止め、戦いを一時中断させるほどのものであった。

「…」

「しゃーーーーーーーーーー!!!」

「ま、待て! 逃げるな!! えぇい、行け! 何としてもあの希少種を捕まえるのだ!!!」

 無造作にレンの手から放り出された猫アルクは、スカートらしきものの中からジェット噴射しながら空へと飛んでいく。
 突然のことに慌てたネロは、空中に混沌のカラスを放ち、他の混沌総動員で飛んでいく猫アルクの後を追いかけていったのだった。


 ――――ネロから完全に忘れ去られたエヴァンジェリンやネギ達は、しばらくその場で呆然としていたという。


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