【アスナ】
『夢は第二の人生と申します…。さすれば、人生などというものは夢の前座…しかも退屈極まりない前座芝居なのかもしれません…。 はたまた…人生とは、『死』という熟睡に入るまでに見る、夢そのものなのでしょうか――――?』
携帯の液晶画面から溢れ出した光から姿を現した白い大きなリボンをした少女は、スカートの裾を持って優雅に礼をする。 少女はこちらには見向きもせず刹那さんだけを見据えて、鈴の音を転がすような声で話し始めた。
『こんばんわ。そして初めまして、外れた混血さん。私の名は、レン。鏡に映った、もう一人の自分を見る気分はいかがかしら?』
「悪趣味極まりないな。…何者だ、貴様」
どうしたらいいのかわからなかったが、とりあえずハリセンを構えてこのかを背中に隠しながら状況の推移を見守る。 刹那さんを助けたかったけれど、刹那さんの偽者…らしき人はこのかを狙っているみたいなので迂闊に動くことは出来ない。 横目でこのかを見ると、不安そうな面持ちで刹那さんを見ていた。
『クス…私は、この舞踏会の主催者よ。あなた達の中にある不安や恐怖、使われない力や抑え込んだ感情が姿を持って踊るの。ここではコピーもオリジナルも関係ない。より優れた者が、唯一のものと成る権利を得ることが出来る』
「私達の不安や恐怖が…姿を持つ、だと?」
「言ったやろ? ウチが存在する限り――――アンタは心のどこかで、この姿に恐怖しているってことや!!」
偽者の刹那さんが、翼を広げて凄まじいスピードで刹那さんに襲いかかる。 刹那さんは油断していたのか、まともに攻撃を喰らってしまう。 何とか攻撃を凌いでいたけれど、不利な状況にあるのは明らかだった。
『人間の真似事なんて、つまらない夢を見ているから弱くなるのよ。貴女はここで大人しく――――死になさい』
レンという少女は攻撃を受け止め続けるしかできない刹那さんに冷たくそう言い放ち、夜の闇に溶けるように姿を消していった。 加勢したいけれど、私如きの力であの偽者の刹那さんをどうにかできるとは思えない。 私が飛び込んでいっても、かえって足手まといになってしまいかねないから、ハリセンを出したままこのかと共に刹那さんを不安そうに見ていることしか出来なかった。 しかし、あちこちに傷が増えていく刹那さんを見て黙っていられず、考えなしに飛び出しそうとしたその時、後ろから誰かに肩を掴まれて止められる。
「誰――――って…あなたは?!」
振り向いたその先にいたのは――――――――
〜朧月〜
【ネギ】
誰もいない暗くなった学園の帰り道を歩きながら、さっき見た夢の内容を思い出す。 思い出すのも辛い内容だけれど、あの夢は意味のあるもののはずだ。 最後、僕の視点となっていた人のおかあさんらしき女性が、『志貴』と言い残して――――殺された。 予想でしかないけれど、僕が見ていたのは恐らく僕が捜している志貴さんの過去の記憶だと思う。 目が覚める直前に見た黒猫さんは、多分――――
「…あ、あの…ネギせんせー…さっきのは――――」
「アニキが志貴ってヤツの過去を見たのは、多分昼間の黒猫の仕業ってことだろうな。保健室の開いてた窓から、黒い尻尾が出て行くのが見えたからな」
声をかけられて気付くと、アーティファクトで僕の見ていた夢の内容を一部始終知っているのどかさんが、心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでいた。 カモ君も夢の内容を見ていたらしく、僕が最後に見た黒猫さんのことも知っていた。 僕はのどかさん達にこれまでの経緯を話しながら、自分の中でも情報を整理してみる。 しかしやはりわからないのは、黒縁眼鏡をした志貴さんと、昨夜アスナさんと戦った志貴さんのことだ。
「とにかく本人に会ってみないことには…ん?」
寮の近くまで来た時、突然目の前を白猫が横切った。 その白猫が横切った方向の先に、黒いコートを身に纏った長身の男性が立っていることに気付いた。 その人は、どこかから飛んできたカラスを腕に止めて、何か話を聞いている感じに頷いている。
「…戻れ」
カラスから話を聞き終えたらしい男の人は、腕の中に溶け込むようにカラスを吸収した。 いや、吸収したんじゃない…あのカラスは男の人の体の中へ戻ったんだ。 さっきから嫌な予感がしていたが、恐らくあの人は…。 男の人はこちらに視線を向け、無表情のままゆっくりとした動作でこちらを向く。
「出会ってしまったな…この『混沌』たる私に。その血肉、一片残らず我に捧げよ…!」
「『混沌』…!! くっ…夕映さん、のどかさん、早く逃げ――――」
「でっでででっ…出やがったーーーーーっっっ?!」
朝、タカミチが言っていた、死徒二十七祖十位・『混沌』、ネロ・カオス。 その体は無限とも思える因子によって形成されており、殲滅は不可能とすら言われていた存在だ。 とにかく夕映さんとのどかさんを逃がすことを考えていると、ネロの背後にマスターの姿が見えた。 ネロが後ろへ振り返るのと同時に、マスター達がその場から飛び退く。 そしてほぼ同時に地面から巨大な口が開き、何も無い空間を喰らってネロの体へと戻っていった。
「フン、まさか『混沌』の体現者がいるとはな…」
「魔法協会の『真祖』か。…これほどまでに脆弱とは、魔法協会も衰えたか」
コートが開き、ネロの体から混沌で出来た動物達を次々に呼び出されていく。 ネロの混沌は消滅させない限り、その数を減らすことは出来ないらしい。
「マスター! どうしたら――――」
「アホかーっ!! さっさとそいつらを逃がせ!!」
マスターに混沌を倒す術が無いか聞こうと思ったが、それ以前にすべきことがあった。 夕映さんとのどかさんは戦うことが出来ないのだから、早く逃がさないと戦いに巻き込まれてしまう。 脅えた表情を浮かべた二人は、震えながらも何とかここから逃げてくれた。 襲いかかってきた混沌達に無詠唱魔法の射手を撃ち込んでいくが、混沌は一向に減る気配を見せない。 ならば、高位の魔法で一気に吹き飛ばしてしまえば…!!
「くっ…ラス・テル マ・スキル マギステル 来れ雷精 風の精!!」
「待て、ぼーや!! 威力の高い魔法を使ってもこいつには――――!!」
「マスター、避けてくださいっっ!! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の風…雷の暴風!!!」
☆
□今日の裏話■
「――――む…」
「――――ん?」
女子寮の玄関で、二人の長身の女性が出くわした。 一人は、昨夜志貴が郊外の森で出会った、忍装束の女性――――長瀬楓。 もう一人は、バイオリンケースを持った、黒髪に黒い肌の女性。 クールな雰囲気を纏ったその女性は、楓の姿を認めて視線に鋭さが増す。
「…楓か」
「どうやら警戒されているようでござるな。…まぁ、この奇怪な夜においては仕方の無いことでござろう」
「ふ…誰であったとしても、警戒するに越したことは無いさ。で――――楓もこのおかしな夜の街へ繰り出そうというのかい?」
少し警戒を緩めた黒肌の女性――――龍宮真名は、先程から降り始めた雪で真っ白に覆われた玄関先へと視線を向けた。 夜の闇すら覆い尽くしそうな勢いの雪は、深々と、音も無く積もっていく。 楓の視線は外の闇を見据えていたが、表情には少し躊躇いがあった。
「…ついさっき怪我をして戻ってきた者一人に、ここを任せるのは辛いだろう。外は私が行ってくるから、お前はここに残って待機していればいい」
夕方近くに気絶して戻ってきた小太郎を気にかけていることを悟られ、楓は苦笑してみせた。 玄関から外へ出ようとしている真名に向けて、楓は懐から取り出した物を放り投げる。 それは背に担がれたバイオリンケースに当たってコンという軽い音を立てて宙を舞った後、丁度よく真名の目の前へと落ちてきた。 真名はそれを手に取ると、小さく笑みを浮かべる。
「持っておいて損は無いでござるよ」
「ああ…ありがたく借りさせていただくとするよ」
真名は、楓の投げて寄越した物――――苦無を懐にしまうと、そのまま虚言の夜の中へと歩き出したのだった…。 |