【エヴァ】
「……マスター、お客様です」
「んぅ……誰だ、こんな朝っぱらから……」
意識が浮上してきて、カーテンの隙間から入り込んでくる朝の日差しが目に突き刺さる。 茶々丸に起こされて時計を見れば、まだ朝早い時間だった。 半ば寝惚け眼でフラフラと立ち上がり、客のいるという玄関へと向かう。 後ろに控えていた茶々丸が前に出て扉を開けると、そこにいたのは――――
「誰かと思えば昨日のシスターか。……確かココネ、とかいったな。何の用だ?」
「……ナイフ。……志貴の」
私服姿のココネがボソボソと言って懐から取り出したのは、確かに志貴の持っている飛び出しナイフだった。 柄に『七夜』と刻まれていることから察するに、志貴が七夜の姓を名乗っていた頃からの持ち物なのだろう。
「……あと、志貴にお礼……」
「礼? ……何かあったのか?」
「……危ないところを、身を張って助けてくれた」
淡々と呟いていたココネだったが、そこだけは頬を赤らめて俯いていた。 しかし、傷だらけになっていたと思ったら、この娘を助けるために自分の身を削った訳か。 まったく……あの男は朝っぱらから不機嫌にさせてくれる。
「――――上がれ。まだ寝ているが、傷はほぼ完治している」
そんな、丸い性格になってしまった自分自身もまた、不機嫌さに拍車をかけていた。
〜朧月〜
【志貴】
「ん……朝、か――――?」
鳥の囀りが朝を告げ、意識が覚醒していく。 眼を開けると黒い罅割れた世界が視えてしまうので、仰向けのままで目を閉じたまま枕元に手を伸ばし、手探りで魔眼殺しを探す。 カツン、と指先に当たった物を手にとって、感触で眼鏡の形状を確かめてから顔にかける。 目を開けると、いつも通りの光景が――――?
「何、この状況……」
両脇に俺の腰にしがみつくようにして眠る、二人の少女。 金色の髪の唯我独尊お嬢様に、黒髪黒肌の幼い聖女様。
ハテ……昨夜ノ記憶ガ途中カラアリマセンヨ? ……モシカシテ、昨日ノ夜、俺、何カシマシタカ?
「あ……おはようございます、志貴さん」
「あ、ああ……おはよう、茶々丸さん。ところで……この状況は一体……?」
腰に少女二人を引っ付けたままでは、起き上がるに起き上がれない。 なので、横になったまま、階段を上がってきた茶々丸さんに今の俺の状況を問いかけてみた。 茶々丸さんは何を聞かれたのかわからなかったのか、首を少し傾げてきょとんとしている。 彼女は頭の上に乗っかっていたレンを腕に抱きなおすと、ふと思い出したように口を開いた。
「あ……昨夜はお疲れ様でした、志貴さん」
「――――ハイ?」
茶々丸さんは優しく微笑みながら、労いの言葉をかけてくれる。 しかし、こっちはその言葉を聞いて気が気じゃなかった。 昨夜……お疲れ様……。 俺の腰にしがみつく眠れる少女達に視線をやり、そして視線を虚空へと彷徨わせる。
――――先生。遠野志貴は、正しい大人になる以前に……性犯罪者になっちまいました。
脳内にロリコン、ペドフィリア、変態等といった文字が羅列されていく。 そして舞台はトラウマと言ってもいい、遠野家地下帝国へ――――
琥珀さん……何ですかその蛍光ピンクと蛍光ブルーの液体の入った注射器は。
翡翠……その奇怪な叫び声を上げている料理は何なのでしょうか。
あーやめてやめて死んじゃう死んじゃうー。
「あ、あのう……志貴さん、何か深刻な勘違いをされているのでは……?」
半ば精神がどこか遠くへ逝きかけていたところへ、茶々丸さんがオロオロしながら声をかけてきた。 茶々丸さんの先程の労いの言葉は、昨夜のワラキアとの戦いの際に、ココネちゃんを身を張って助けたことについてのものだった。 ココネちゃんは、その昨夜の件についてのお礼と、落とした七つ夜を届けに来てくれたのだが、その後に色々とあって、エヴァちゃんと一緒になって俺の布団に潜り込み、そのまま寝てしまった……というのが今の状況らしい。
……まあ、わかってはいたけれど。
――――遠野志貴は、本日も気苦労が絶えないようです。
☆
□今日の裏話■
「……ほれ、志貴はそこだ。滅多なことでは起きないから、自然に起きるのを待つしかないぞ」
ココネを連れて二階へ上がり、志貴の寝ている茶室を見せる。 例え怒鳴ったり揺すったりしても志貴が起きないということは、昨日でよくわかった。 一階で待たせようと思い踵を返そうとしたその時、志貴の布団に潜り込むココネの姿が目に入る。
「な……っ?! き、貴様何してる!!?」
「添い……ここで起きるまで待とうかと思って…」
「今お前添い寝とか言いかけただろう!? ふ……巫山戯るな! なら私も一緒に寝る!! 茶々丸、学園に行く時間になったら起こせ!」
そう言って、私は対抗するかのように急いでココネの反対側に潜り込んでいく。 ココネが志貴の腰にしがみつけば、私も対抗してしがみついた。
――――今思えば、その時の私は寝惚けていたとしか思えない。 ……十歳かそこらの子供に対抗心を燃やすとは、何ともくだらないことをしたものだ……。 |