Act3-2


【さつき】


「ん……ふぁ……」

「起きましたか、さつき。……昨夜はかなり魔力を消費したはずですから、もう少し寝ていても構いませんよ?」

「……ん。……わかったー……」

 目を覚まして時計を見ようと大きなベッドの端に這って動いていると、長い髪を三つ編みにしている姿のシオンが目に入った。
 シオンの長い髪の毛が、編み物のようにどんどん編み込まれていく。
 しばらくぼうっとしたまま、その光景に見入っていたが、瞼が徐々に下がってきて――――

(ゴンッ!)

「んにゃぁっ?!」

「……はぁ。……何をやっているんですか、さつき」

 ベッドの端で寝入ってしまって、そのまま前のめりに倒れて床に落下したらしい。
 三つ編みを編み終えたらしいシオンが、腰に手を当てて呆れたような顔をしていた。
 私は痛む頭を撫でながら再びベッドに這い上がると、毛布を頭までかぶって再び眠りに落ちていく――――

「まったく……。それじゃあ、私はこの町の図書館で調べ物をしてきます」


 私が何も言わずに手だけ振り返すと、シオンは深いため息をついて部屋を出て行ったのだった……。




〜朧月〜




【刹那】


「――――私の、部屋……か……」

 目を覚まして、いつもの天井が目に入る。
 昨夜は、混血の力を解放した姿の偽者の私と戦って――――敗れた。
 動揺した隙を突かれ、無様にも気絶させられてしまったのだ。

「私の――――不安、恐怖……」

 あのレンと名乗った白い少女は、そう言っていた。
 偽者の私が存在する限り、私はあの烏族としての力を解放した姿を、そしてその力を恐れている……そう言ったのだ。
 修学旅行での一件で振り切れたと思っていたけれど、志貴ちゃんと会ったことで迷いが生じていたのかもしれない。
 いくら私が否定したところで、彼が私を『魔』と断定した事実に変わりは無く、それは全ての人においても同じはずだ。
 彼の一族が持つ退魔衝動は、人が元から持っているものをより強くしたものなのだから…。

「……どんな姿になっても、僕はせっちゃんのこと好きだから、か……」

 ふと幼い頃に私を救ってくれた彼の言葉を呟いてみて、悲しい気持ちで心が締め付けられる。
 幼い頃の彼をよく知っているからこそ、余計に殺人鬼へと変貌した彼の姿が私には悲しく思えた。
 何気なく彼の想いの詰まった短刀を手にとってみて――――その冷たさに愕然とした。
 温もりを失った短刀の刀身は、私の心を表すかのように悲しい色をしている。

「……遠野シキという男を殺さなければ、志貴ちゃんが報われない」

 その悲しい色の刀身に自分の顔を映しながら、決心する。
 これ以上、自らの心を惑わせてお嬢様達を危険に晒す訳にはいかない。
 だから、今度会って説得しても戻ってくれないのであれば――――志貴ちゃんを……斬る。
 その前にせめて、志貴ちゃんを模した外道…遠野シキを殺しておかなければ、志貴ちゃんどころか七夜全てが報われない。

 ……でも、志貴ちゃんを殺すと考えただけで心が崩れてしまいそうなくらい悲しくて、知らないうちに涙が零れていた。


『せっちゃん、来てくれるかな?』

『一緒に朝食食べようって誘えば、きっと来るわよ』


 部屋のドアの外から、お嬢様とアスナさんの声が聞こえた。
 時計を見れば、朝の訓練の時間はとっくの昔に過ぎていたが、いつも登校している時間よりも一時間ほど早い。
 アスナさん達の優しい心遣いが嬉しかったが、今はとても会えるような気持ちではなかった。
 昨夜の偽者の私の姿に脅えるお嬢様の姿が脳裏に浮かび、それが更に私の心を締め付けていく。


『刹那さーん、朝ご飯一緒に食べましょう』

『せっちゃーん、起きとるー?』


 インターホンの音と共にアスナさんとお嬢様の声が聞こえる。
 私はすぐに私服に着替えると、今日の授業を休むことと、アスナさんに今日一日お嬢様の護衛をお願いする旨を書き置きして、窓から外へと抜け出した。
 その直後に、鍵を開けておいたドアが開く音がして、アスナさん達が部屋の中に入ってくる音がする。
 お嬢様が私の書き置きを見つけたことを確認し、心の中で謝りながら町の中へと走り出す。


 遠野シキ……お前を必ず見つけ出して――――殺す……!





□今日のNG■


 シオンの長い髪の毛が、編み物のようにどんどん編み込まれていく。
 それに魅入られたかのように、私はフラフラとシオンに近づく。
 そして――――――――


「パープルスネーク、カモ〜ン……♪」


 私はシオンの三つ編みを持ち上げて、うねうねとくねらせてみた。
 寝惚けていたせいもあって、やってみたいという衝動に負けてしまったのである。
 シオンはその後、気にした風もなく笑顔で部屋を出て行った。

――――しかし、私は後でその笑顔の意味を知ることとなるのだった……。


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