Act3-6


【刹那】


「はあ……ですが、誰もそれらしき方を見ていないと……」

「……そう、ですか。……わかりました、ありがとうございます」

 遠野グループホテルのフロントで、黒髪に黒縁眼鏡をした男性を見かけなかったか聞いてみたのだが、誰も見ていないという。
 呪符のようなものが無いか探ってみたが、それらしきものはまったく見当たらなかった。
 昨日行った時にはホテル内でのことをほとんど覚えていなかったりしたので、魔法による記憶操作の可能性も考えたが、その場合、魔法に詳しくない私にとってその判断は難しい。

「ふぅ……エヴァンジェリンさんなら知っているだろうか? とはいえ、この時間ではエヴァンジェリンさんは学園……無理だな」

 昨日の昼休みに聞いた朝倉さんと相坂さんの情報によると、エヴァンジェリンさんはその遠野シキという男と一緒にいたらしい。
 彼女から直接聞いた方がいいのだろうが、一度休むと言った手前、今更学園に行くのも気が引けるので、自力で捜すことにする。
 昨日はホテルを中心にして捜してみたのだが、やはり皆が言うような容姿の男性の姿は見えなかった。
 ……昨日といえば、私は昼に街中で二十七祖に襲われている。

「……まさか……夜だけでなく、昼にも影響が及び始めている……?」

 昨日の昼に襲われた包帯で全身を覆った男――――ミハイル・ロア・バルダムヨォンという名の二十七祖は、魔法らしきものを扱っていた。
 それと、小太郎さんの狗神達をナイフの一撃で無力化させた力。
 ロアとの攻防の時に感じた直感は、その力のことを警告していたのだろう。
 奇妙な箇所ばかり狙ってくる攻撃は防ぎ難く、更に小回りの利くナイフの方が切り返しが早い。

「二十七祖か……お嬢様やアスナさん達は大丈夫だろうか……」

 アスナさんの力を信じていない訳ではないが、二十七祖ともなると話は変わってくる。
 ロアという男もそうだが、総じて彼らの力は常軌を逸しているため、アスナさん一人では守り切れないかもしれない。
 お嬢様やアスナさん達の身に何も起きないよう祈りながら、夕凪の入った竹刀袋を握り締めて歩き出す。


――――去っていく刹那の後ろ姿を見つめる、一匹の黒猫。
 首に黒く大きなリボンを結びつけたその黒猫は、刹那の後を追い始めたのだった……。




〜朧月〜




【さつき】


「……さつき、いい加減起きて欲しい。もう昼を過ぎていますよ」

「ん……ふぁ〜あ……。おはよ、シオン……」

 体を軽く揺らされるのを感じて目を開けると、呆れたような顔をして立っているシオンの姿が見えた。
 ゆっくりと上半身を起こしたけれど、まだ眠くて瞼が閉じそうになる。
 私はうつらうつらしながらベッドから起き出して、テーブルから漂ってくる昼食の匂いを辿ってのそのそと動き出す。

「……さつき、昨夜消費した魔力はほぼ回復しているはずだと思いますが?」

「んー……うん、ただ眠いだけ。だるさは無いから大丈夫だよ」

 椅子に座って先に昼食を頂いていると、向かいの椅子にシオンが腰を下ろして聞いてきた。
 朝起きた時にあった魔力を失ったことによる気だるさは無くなっていていたが、代わりに寝起きの気だるさで頭がぼんやりしていた。

「まあ、さつきの頭がぼんやりしているのはいつものことですが……」

「酷ッ! シオン、私いつもぼんやりなんてしてないよ!」

「自覚が無いのでは更に重傷ですね。志貴と同じくタチが悪い」

 スパゲティをフォークでクルクルと巻き取りながら、ジト目を向けてくるシオンを前にして言葉に詰まる。
 反論できないと悟り、シオンから視線を逸らして、目の前にある昼食に手をつける。
 ……何と言うか、あからさまだ。
 先に昼食を食べ終えたシオンが、ナプキンで口を拭きながら口を開く。

「……さつきが寝ている間に、この町の図書館の方で過去の事件等でタタリの対象になり得そうなものが無いか調べてきました」

「あ、そっか。この町の人達からタタリを作り出す可能性もあるもんね」

 黒猫さんの偽者……白猫さんは、この町に住む人々の不安や恐怖も利用するようなことを言っていた。
 だとすれば、過去の事件等からタタリを作り出す可能性が高い。
 一昨日の『混沌』のおじさんだけでも手強いというのに、昨夜のエヴァンジェリンさんや茶々丸さんという強い人達まで出てくるとなると、行き先が不安になってくる。
 シオンの調べによると、この麻帆良の町での事件でタタリに選ばれそうなものはあまり無かったらしい。

「しかし……志貴にとっての七夜のように、本人にとっての悪夢や恐怖がタタリになる可能性もある。……油断は出来ない」

 真剣な表情を浮かべたシオンに、私は無言で頷く。
 遠野君は、その内に秘める殺人衝動を恐れたが故に、タタリによって七夜という名の殺人鬼が生み出された。
 人は誰しも不安を持っているが故に、誰もがタタリに成り得る可能性を持っている。
 私もそうだし、そして……シオンも――――。
 そんなことを考えていると、シオンが突然立ち上がり、窓際へと歩いていき窓の外へ視線を向けた。

「……さつき。もし、私が――――」

 シオンは私に背を向けたまま、不安が滲んだ、しかし意志のある言葉を口にする。
 けれど、私はシオンが全てを言い終えるより先に口を開いた。


「……ならないよ。シオンは……絶対に、ならない。私の知ってるシオンは、吸血衝動に負けるほど弱くないもん」


 シオンは何も言わずに、背中を向けたまま大きく一つ息を吐く。
 振り向いたシオンは、少し頬を赤く染めて苦笑していた。
 私は何も言わずに笑顔で返す。


――――吸血衝動に狂ってしまうことへの恐怖や不安は確かにあるけど、それでも今まで頑張ってきたんだから、今更負けたりしない……!





□今日のNG■


「……さつき、いい加減起きて欲しい。もう昼を過ぎていますよ」

「ん……ふぁ〜あ……。おはよ、シオン……」

 体を軽く揺らされるのを感じて目を開けると、呆れたような顔をして立っているシオンの姿が見えた。
 ゆっくりと上半身を起こしたけれど、まだ眠くて瞼が閉じそうになる。
 うつらうつらしながらベッドから這い起き、昼食が置かれたテーブルに向かう――――途中にある鏡に目を向けた。

「……誰、これ?」


――――鏡に映ったのは、茶色のちょんまげ姿の私。


「……ブラウンスネーク、カモーン♪」

 後ろから聞こえた、シオンの揶揄するかのような声。
 ……恨んでたのね、さっきのこと。

「ってかコレ、エーテライトで何重にも巻いてあるじゃない!!! シオン、解いてー! 解いてぇぇぇー!!」


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