Act3-7


【ネギ】


「すいません、遅れました!」

 学園に着いて職員室に入ってすぐに、学園長からの呼び出しがかかる。
 夜のことに間違いは無いはずだけれど、昨夜も何かあったのかもしれない。
 学園長室の扉をノックして中に入ると、既に魔法先生や魔法生徒達が集まっていた。
 マスターの姿が見えなかったが、茶々丸さんから遅れるとの連絡があったらしい。

「ふむ……とりあえず、ネギ君で最後のようじゃな。それでは……タカミチ、報告を頼む」

「はい。……今回の事件の主犯がわかりました。主犯は、死徒二十七祖十三位・『ワラキアの夜』あるいは『タタリ』と呼ばれる存在です」

 タカミチの言葉に、皆が一様に顔を見合わせている。
 『ワラキアの夜』、『タタリ』……あまり聞かない存在だ。
 続けて、タカミチがそのワラキアという二十七祖についての説明を始める。

「……この『タタリ』という死徒は、存在するとされている無形の死徒で、その能力は一種の固有結界を展開すること。その固有結界の効果は、あるグループ内における不安や恐怖といった噂を具現化し、そのグループに殺戮をもたらすというものらしいのです」

 タカミチが一旦説明を区切ると同時に、学園長室に静寂が降りる。
 不安や恐怖を纏って具現化するという不可思議な存在を前に、どう戦えというのか。
 皆同じらしく、困惑したような表情を浮かべている。
 しかし、説明にはまだ続きがあるらしく、タカミチは一つため息をついてから再び口を開いた。

「……しかし、この『タタリ』という死徒は、今年の夏に三咲町という町で倒されています」

「三咲町……吸血鬼事件のあった町じゃな。あまり良い噂は聞かんが……三咲町で倒されたというその『タタリ』が、何故麻帆良へ?」

「これは件の協力者の言葉なのですが、『タタリ』という存在は倒せても、その力は消えずに残滓となって漂い、魔力を求めて麻帆良へと流れ着いたのではないか……とのことです。流れ着いたワラキアの力の残滓は、レンという名の少女を模したらしく、昨夜我々の前に姿を現しました」

 タカミチの言葉は、ほぼ確信を持って言っているようにも聞こえる。
 その協力者の人を余程信頼しているのか、その言葉に淀みは見受けられなかった。
 学園長はタカミチの説明を聞いて難しそうな顔で考え込んでいたが、やがて始業のチャイムが鳴ったことに気付いて顔を上げた。

「むぅ……仕方あるまい。……タカミチ、明日の集会に、その協力者達を連れて来てもらえんかの?」

「……わかりました。何とか交渉してみましょう」




〜朧月〜




【志貴】


「そうか。なら――――問題無い」

 言って、七つ夜を右手に身構える。
 彼女を無力化するには、手足に走る線を切断して動けないようにすればいい。
 出来るなら彼女を傷つけるような真似はしたくなかったが、目的であるエヴァちゃんをどうにかしなければならないのだから、障害は排除しなければならない。

――――だが、吸血鬼達と戦ってきたという自信から、俺は奢っていたらしい。
 本気を出している茶々丸さんの動きは速く、気付いた時には既に眼前にいた。
 首筋を狙った手刀を後ろに跳んで避けた直後、続いて繰り出された蹴りが腹部に決まって無様にも吹き飛ばされる。

「げほっ……くっ、冗談じゃない……っ!」

 咄嗟に後ろに跳んだために、蹴りの衝撃が少し弱まったから良かったが、まともに喰らっていたら洒落にもならなかっただろう。
 無力化どころの話じゃない。
 彼女を殺す気で戦わなければ、エヴァちゃんに辿り着くなんて夢のまた夢だ。
 追撃とばかりに迫ってきた茶々丸さんの攻撃を避け、彼女から少し距離をとる。


「どうした、全然話にもならないじゃないか」


 エヴァちゃんの挑発するような声が聞こえたが、今は彼女に意識を向けるべきではない。
 再びこちらに向かって疾ってきた茶々丸さんに対して、俺はクラウチングスタートのように体勢を低く構えた。
 彼女とまともに打ち合うことなど、初めから頭の内に入れていない。

「ふっ――――!」

 彼女が低く構えた俺に下段の横蹴りを放つ瞬間、脚が爆発するかのような感覚と共に疾る。

「え……!?」

 次の瞬間に現れたのは、俺がそれまでいた場所の上空。
 咄嗟のことで動きの止まった茶々丸さんに向けて、七つ夜を横に薙ぐようにして振り下ろす。
 ガードするために腕を出した瞬間を狙い、躊躇いつつも振り下ろされるはずだった七つ夜の軌道を変更して、その腕に走る『線』をなぞる。

「なっ――――?!」

 七つ夜の刃が音も無く線に沈み込み、茶々丸さんの両腕を奇麗に両断した。
 茶々丸さんは切断され動かぬ両腕に驚愕の表情を見せたが、すぐに攻撃を蹴り主体のものへと変化させる。
 彼女は蹴りだけでも多彩な技を持っており、俺を近寄らせないように距離をとって戦っていた。
 腕を無力化させたとしても、油断は出来ない。


「こっちも忘れるなよ!」


 エヴァちゃんのいた方向から襲ってきたいくつかの氷の矢を後ろに跳躍して避けると同時に、視界の端で茶々丸さんが向かってくる姿を捉えた。
 着地したと同時に先程と同じく体勢を低く構え、向かってくる茶々丸さんに備える。
 茶々丸さんが先程と同じように下段の横蹴りを放つ瞬間を狙って、張り詰めた弓を放つように疾り出す。

「っ…! 後ろ…?!!」

 先程と同じように頭上に現れると予想したのだろうが、彼女が見上げた視線の先に俺の姿は無い。
 俺の姿は茶々丸さんの目の前でもなく、先程のような頭上でもなく、彼女の背後にあった。
 七夜の高速移動技『閃走・水月』は、同じ体勢から繰り出される異なった攻撃、異なる場所への高速移動、フェイント等によって、敵を翻弄することが主目的なのである。

 完全に虚を突かれた形になった茶々丸さんだが、彼女はすぐに反応して回し蹴りを繰り出してきた。
 その反応の速さに舌打ちしつつ、七つ夜の腹で強烈な回し蹴りを受け止め、それと同時に後ろへ跳ぶ。
 少し距離を取り、即座に体勢を低く構えて再び疾り出す――――動作のみを見せて相手を揺さぶり、タイミングをずらして疾駆する。
 フェイントが功を奏したのか、少しタイミングのずれた下段への蹴りを、疾る勢いはそのままに地面擦れ擦れまで伏せて避け、擦れ違い様に彼女の軸足に走る『線』に七つ夜の刃を通す。

「おっと……。大丈夫、茶々丸さん?」

「あ――――は、ハイ。……ありがとうございます」

 片足の機能を失って倒れる茶々丸さんを抱え、ゆっくりと地面に寝かせる。
 茶々丸さんがそれなりに手加減してくれていたからこそ、何とか倒せたようなものだ。
 殺せと命令していたが、エヴァちゃんの方も戯れに魔法で攻撃してくるくらいのもので、本気で攻撃してくることは無かった。
 茶々丸さんとの連携で攻撃されていたら、一溜まりも無かっただろう。
 さて……残るは、あの唯我独尊の無敵お嬢様か……。


 その問題のお嬢様はというと――――不機嫌そうな表情でこちらを睨んでいたのだった。





□今日の裏話■


「フ――――『気』か『魔法』で強化すれば、この上なく優秀な従者になるな……」

 ようやく本気を出したのか、志貴は先程とは違って、尋常ではない速度で茶々丸と戦っていた。
 尋常ではないと言っても、一般人からすればの話であって、私達からすれば大したことは無い速度である。
 しかし、志貴は『気』も『魔法』も使わずにあれだけの速度を弾き出しているのだから、『気』か『魔法』で強化すれば私であっても脅威となり得るだろう。
 まあ……勝つのは間違いなく私だが。


「え……!?」


「空間転移……? ――――……いや、違う」

 低く構えた志貴が疾り出したと思った次の瞬間、志貴の姿が消え、上空に姿を現す。
 一瞬、空間転移の可能性も考えたが、上空に姿を現した志貴から魔力の残滓は一切感じなかった。
 となれば、考えられるのは――――

「ふん……あれが七夜の技、という訳か。なるほど、混血殺しを専門とした暗殺者の一族と聞いていたが……中々面白い」

 不意を突かれた茶々丸が両腕を切り落とされ、更に片足も失いほぼ無力化されていた。
 片足のみとなって倒れかけた茶々丸を志貴が抱き止め、床に寝かせる。
 ……暗殺者というからには敵である混血に気取られずに殺す術を持っていると思ったが、アレならば例え真正面からであったとしても敵の不意を突くことが可能だ。
 そして志貴の持つあの『眼』……。


 ……というか、何だ。
 志貴は倒れかけた茶々丸を床に寝かせた後、優しい笑顔を浮かべながら頭を撫でている。
 茶々丸も茶々丸で、目を閉じて少し嬉しそうな顔をしていた。


「…………ムカついた。おい、チャチャゼロ。――――ボコるぞ」

「……殺セ、トハ言ワネーンダナ、ゴ主人。マッタク、丸クナッチマッタモンダゼ」


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