Act3-15


【刹那】


「う――――……ここ、は……。……そうか、あの黒猫に夢を見せられて……。あの黒猫、夢魔の類か何かだったのか……?」

 どうやら、私は木に背を預けて眠っていたらしい。
 夢のことを思い出し、辺りに黒猫の姿が無いか視線で捜してみるが、結局その姿は見当たらなかった。
 あのレンという名の黒猫が見せた夢……あれが七夜が滅亡したその日の光景だったのだろう。
 志貴ちゃんはあの後――――――――

「いや……志貴ちゃんは生きてる……。現にああして……」

 頭を振って、今自分の頭に浮かんだ考えを捨て去る。
 そう……例え冷たい目をしていようとも、志貴ちゃんは生きていた。
 どうやってあの圧倒的な力を持った鬼から生き延びたのか定かではないが、彼は生きている。
 でも……。

「なぁ、志貴ちゃん……。以前みたいに、優しく笑いかけてくれへんの――――?」

 雨が降り出しそうな暗い雲に覆われた空を見上げ、胸に溜まった悲しい気持ちを口に出して呟く。

 ……わかっている。
 自分は烏族という中でも異端に位置づけられる、白い翼を持った者。
 そんな私に、七夜の一族が代々受け継いできた『魔』に対する殺戮衝動――――『退魔衝動』が反応しない訳が無かった。


「ん……そうか、今日は土曜日だったか。……夕刻まで捜して見つからなければ、お嬢様やアスナさん達と合流するか」

 町の近くまで来て、麻帆良学園の制服を着た女生徒達が楽しそうに話している姿が見えた。
 時刻は正午近く。
 今日が土曜日なのだと思い出し、目でお嬢様達の姿を探してみたが、どうやらまだ学園の方にいるらしい。

「志貴ちゃんのこと……捨て去り切れていない、な……。お嬢様という守るべき存在がいるというのに……」

 夕凪に視線を落とし、自らの信念の揺らぎを自覚する。


――――ああ……私は今、信念から逸れてしまったことをしている……。




〜朧月〜




【アスナ】


 このかの要望により、私達は昨日と同じく中庭で昼食を食べている。
 寮に戻って食べるとか、町に出て食べるという選択肢もあったのだが、このかがお弁当を作ってきていたのだ。
 その他にも購買で何か買ったらしく、このかはビニール袋を揺らしながら上機嫌で中庭に来たのだが――――

「あーん、レンちゃんがおらんー!」

 ……どうやら、このかの目的は昨日の黒猫だったらしい。
 購買のビニール袋を覗き込んでみれば、案の定ケーキが入っていた。
 しかもチーズケーキ。
 このかが言うには、そのレンという黒猫が甘さ控えめの方がいいと言っていたらしいけど……猫って案外グルメなのかな?

「はっはっは、猫は気紛れでござるからな。その内ひょっこりと姿を現すかもしれないでござるよ?」

「うー……それじゃあご飯でも食べながら、もうちょっと待ってみよか」

 護衛を手伝ってくれている楓ちゃんは、私の隣でのほほんと笑いながらもさり気なく辺りを警戒してくれている。
 私も初めのうちは周囲を警戒しながら昼食を食べていたのだが、楓ちゃんが警戒を一手に引き受けてくれたのだ。
 楓ちゃん一人に任せるのは悪いと思ったが、実力から言っても楓ちゃんの方が上なのだから、私が警戒したところで無駄だと思い、彼女に任せている。

「ところで、ネギ君どうしたん?」

「ん? ああ……少し遅れて来るみたいなこと言ってたけど――――」


(ガサッ)


「待ち人来たり、でござるかな……?」

 背後の草むらが揺れる音が聞こえ、咄嗟に懐のカードに手を伸ばして振り返る。
 しかし、楓ちゃんは身構えずに自然体のまま、のほほんとした笑顔で草むらの方に視線を向けていた。
 そして草むらから出てきたのは――――

「あー! レンちゃんやー! おいでおいで、今日はチーズケーキ持ってきたえー」

 このかは弾かれたように草むらの前まで近づき、ビニール袋からチーズケーキを取り出して地面に置く。
 黒猫はしばらく窺うように上目遣いでこちらを見ていたが、やがてこのかの差し出したチーズケーキを食べ始めた。
 今日は昨日とは違って、ゆっくりと味わうように食べており、頭を撫でようとこのかが手を伸ばしても警戒せずにいる。

 ……その美味しそうに食べる姿に、私も何だかチーズケーキが食べたくなってきた。
 黒猫が味わいながらまったりと食べている隙に少し頂こうと、もう一つあったチーズケーキにこっそりと手を伸ばす――――が……。

「……あれ?」

 私の目の前にあったはずのケーキは、横からすっと伸ばされた白い小さな手によって姿を消していた。
 チーズケーキの行方を辿ると、そこには菫色の髪に大きな黒いリボンをして、黒いコートを着た少女が立っていた。
 少女――――レン……ちゃんは無表情のままじっと私の顔を見た後、ビニール袋に入っていた小さなフォークでチーズケーキを半分に切って、こちらに差し出してきた。

「……どうやら、アスナ殿に半分譲っているようでござるな」

「あ……い、いや。全部食べちゃっていいわよ」

(……わかった)

 頭の中で少女らしき声が聞こえた後、レンちゃんはそのままの姿で座ってチーズケーキを食べ始める。
 レンちゃんはこのかの持ってきたケーキを全て食べ終えると、黒猫の姿に戻って無言でペコリと頭を下げて去っていったのだった……。





□今日の裏話■


 刹那に志貴の過去を見せるのを邪魔された後も、何度か刹那に能力を行使しようと試みたが、悉く白いレンの邪魔にあった。
 ならば志貴に直接伝えようと動き始めたのだが、ふと昼時になっていることに気付き、散歩ルートとなった学園の庭へと向かう。
 庭からは人の気配を感じ、草むらに身を潜めて様子を窺ってみる。


「あーん、レンちゃんがおらんー!」


 突然聞こえたのは、昨日ケーキをくれた黒髪のこのかという名の女の子の声。
 その声にちょっとびっくりしたのか、レンの体が毛を逆立てながら軽く飛び上がる。
 他にも何人か女の子の声が聞こえたが、レンは特に気にする事無く草むらから姿を現した。

「あー! レンちゃんやー! おいでおいで、今日はチーズケーキ持ってきたえー」

 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべ、このかがチーズケーキを差し出してくる。
 レンはこのかの側にいる二人の女の子を見たが、攻撃してくる様子も無いので気にせず目の前のチーズケーキに噛り付いた。
 目の前のチーズケーキに夢中になりながらも、もう一つのチーズケーキを横目で気にしていると、そのチーズケーキにアスナとかいうオレンジ色の髪の女の子の手が伸びる。
 欲しいのなら欲しいと言えばいいのに、断りも無く伸びるその手からケーキを守らんとレンはその姿を変えた。

「……」

「……あれ?」

 呆けた顔をしたアスナを尻目に、レンはケーキを半分に切ってアスナに差し出す。
 結局、その半分もレンのお腹に収まり、満足げな顔で頭を下げて立ち去ったのだった。


――――その後、レンは他の場所でもチーズケーキを貰い、計四個のチーズケーキを食べて至福の一日を過ごしたのだった……。


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