Act3-16


【ネギ】


「すみません! 遅れました! ……って、あれ? どうかしたんですか?」

「ネギ坊主が来る前に、ちょっとしたイベントがあったのでござるよ。もう少し早ければ見れたのでござるが……」

 お昼ご飯を昨日と同じ中庭で食べるというメールを受け取って、急いだのだが少し遅れて中庭に到着した。
 着いてすぐに謝ったのだが、楓さん以外の二人……アスナさんとこのかさんは草むらに視線を向けて呆けたような表情をしている。
 楓さんが言うには何かあったらしいけど、一体何があったんだろう……?

「え……あ、ネギ? ああ……その……昨日の黒猫が、女の子になって……」

「え、昨日の黒猫って……レンさんのことですか? 人型になれるなんて、凄い高位の使い魔じゃないですかー! 僕も見たかったなぁ……」

 やっと僕に気が付いたアスナさんは、何を言ったらいいのかわからないようだったが、要点を話してくれたのですぐに理解できた。
 昨日の黒猫のレンさんを見てすぐにただの使い魔じゃないとわかったけれど、まさか人型になれるほどの高位の使い魔だとは思わなかったので、僕もその瞬間を見たかっ――――


「あ〜ん、かわええ〜!! レンちゃん、かわええ〜!!! 使い魔に欲しい〜!!」


 呆けていたと思っていたこのかさんが、急に大声を出したのでびっくりした。
 アスナさんも突然のことでびっくりしたらしく、前のめりに倒れて運悪く地面に顔を埋めてしまっている。

「なあ〜、ネギ君〜。ウチもあんな使い魔欲しいんやけど……あーいう使い魔って作れん?」

「む、無理ですよ! ああいう人型になれる使い魔っていうのは、色々と難しい作業があるので僕くらいの魔法使いじゃできませんよ」

「あ〜ん……レンちゃん、ウチと契約してくれへんかなぁ……。でも昨日断られてしもたし……はれ? アスナ、どーしたん?」

 どうやらこのかさんはレンさんみたいな使い魔が欲しいようだけれど、その人型になれる使い魔を作る方法というもの自体が禁止されているので不可能なのだ。
 と、ようやくこのかさんが地面に顔から突っ込んだアスナさんの存在に気付く。
 ゆらりと立ち上がったアスナさんは、このかさんにジト目を向けながら僕の差し出したハンカチを受け取ってお手洗いへ向かった。




〜朧月〜




【エヴァ】


 入浴後、志貴と共に従者達の用意したディナーの席へ向かう。
 まだ傷が癒えていない志貴は、ゆっくりと歩きながらも先を進む私に遅れないよう何とかついてきていた。
 その姿がまるで覚束ない足取りで飼い主を追いかける子犬を連想させて、一人苦笑する。
 従者の引いた椅子に少し戸惑いながらも腰を下ろした志貴は、一度大きく息を吐き出して姿勢を正した。
 私がグラスに注がれたワインを手に取って待っていると、志貴もそれに気付いてグラスを手に取る。

「……何に乾杯するのかな、エヴァちゃん?」

「大人の姿なのだから『ちゃん』は止めろ、まったく……。ふむ……それでは、私と志貴の出逢いに――――」


「「乾杯」」


 志貴は苦笑しながらも、私に合わせるようにワインの入ったグラスを掲げて交わし合う。
 あまり酒が得意ではないのか、志貴は差し出されたディナーを食しながらちびちびとワインを飲んでいた。

「なあ、志貴。お前のその眼……まだ私に教える気にはならないか?」

 一口のサイズに切ったステーキを口に運びながら、志貴に含みのある視線を送る。
 さすがいい所の出だけあって、確かなテーブルマナーでステーキを口に運んでしばらく咀嚼した後、やはりいつもの苦笑を浮かべた。
 私は気にせずグラスに残っていたワインを飲み干すと、空になったグラスを横に突き出す。
 即座に従者が新しいワインをグラスに注ぎ足し、私はそのグラスを持って席を立って志貴の隣まで歩いていく。

「え……あ、あの……エヴァ、ちゃん……?」

「『ちゃん』は止せと言っただろう……。もう一度聞くが……その眼は何という魔眼だ?」

「……ゴメン。この眼は気軽に話せるようなシロモノではないんだ。……だから話せない。でも、何でエヴァちゃんはそこまでこの眼について聞きたがるの?」

 志貴は隣に立つ私に戸惑うような視線を向けながらも、しっかりとした拒絶の言葉を告げてきた。
 それを聞きながら、グラスを傾けてワインを口に含み、口の中で転がすようにして味わう。
 そして――――志貴に口づけし、私の口の中のワインを志貴の口の中へと流し込んだ。

「ん……む――――っ……!? ……っ、ちょ……な、何を……?!」

「何で、と聞いたな。ふふ……決まってる。お前は私の従者となるのだから、従者となる者のことを知っておくのは主の義務であろう?」

 私は幻術を解いて元の姿に戻り、顔を赤くして慌てる志貴に笑みを浮かべながら当然のことのように言い放つ。
 そして志貴の胸に背を預けるようにして、志貴の膝の上に腰を下ろす。
 後頭部から感じる早鐘を打つ胸の鼓動を感じながら、ふと志貴との戦闘の際に自分自身が言った言葉を思い出した。
 意地の悪い笑みが浮かぶのが自分でもわかる。

「ああ、そういえば戦闘の際に言ったよな。勝ったら私の許す範囲で、何でも願いを叶えてやると。勝ち負けは別にして、何か願いはあるか? 何だったら――――私を好きにしたい……なんていうのでも構わんぞ?」

「い……いや、今は特に無いから……ほ、保留ってことで」

「ふん……つれない男だな。……だが、簡単に堕ちない男を堕とすというのも――――悪くない」

 志貴の膝の上から降りて挑発的な視線を送ってみるが、志貴は視線を逸らして顔を赤くしている。
 その後しばらく志貴とのディナーを楽しみ、私は上機嫌のまま眠りに就いたのだった……。





□今日のNG■


 エヴァちゃんに連れられて、ディナーの席へと向かう。
 男として女の子をエスコートしたいところだが、全身の傷からくる痛みから後についていくのがやっとだった。
 それでもエヴァちゃんに遅れないように、痛みを堪えながら歩いていく。
 だがその途中、エヴァちゃんが急に立ち止まり――――

「……なあ、志貴。朝くれてやった物以外にもプレゼントがあるんだが……」

 エヴァちゃんは俺に背を向けたまま、プレゼントがあると言う。
 朝方貰った左腕の篭手は嬉しかったが――――今は何故か悪寒しか感じない。
 ゆっくりと振り返ったエヴァちゃんの姿がブレると同時に、俺は直感に従って後ろへ跳ぶ。

「お前の! その首に!! 首輪を着けさせろーっ!!!」

「な、何で皆俺に首輪を着けたがるーっっっ!!?」

 俺の首に首輪を着けんと高速で次々に繰り出されるエヴァちゃんの手を、自分でも惚れ惚れとするほどの速度で捌いていく。
 ……下手をすると、さっきの戦闘時よりも速いかも知れなかった。


「跪いて足を舐めろぉぉぉーーー!!!!!」


――――……いくら俺が十八以上だからって、その請求は認められません。



 終わっとけ


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