Act3-20


【刹那】


 町に戻って昼食を食べた後、人込みの中を歩きながら遠野シキと思しき男性がいないか捜す。
 黒縁眼鏡をかけた志貴ちゃん似の男を捜せばいい訳だが、広大な麻帆良の町の中から一人の男性を捜し出すというのはさすがに骨が折れる。
 今時黒縁眼鏡をかけるような男性は少ないと思うのだが、黒縁眼鏡の男性を見つけても容姿が違うことが多々あった。

「ふぅ……見つからないな……。……そろそろ夕方になるし、アスナさん達に心配かけたことを謝って――――」

 寮に戻ろうと踵を返そうとしたところで、視界に見覚えのある女の姿が映った。
 長い黒髪に眼鏡をかけた関西呪術協会の呪符使い――――京都への修学旅行でお嬢様を攫ってリョウメンスクナノカミを召喚し、関東へと攻め入る計画を立てた――――天ヶ崎千草の姿がそこにあった。
 学園長からのメールに関西呪術協会から脱走者が出たとあったが、あの女のことだったか……。

「……またお嬢様を狙うつもりなのだろうが……ここでお前達の思い通りにはさせん……!!」


「あはっ……センパイの思い通りにもさせまへんけどなー」


 人込みを擦り抜けて千草に肉薄しようとする直前で、聞き覚えのある声と見覚えのある帽子が私の行く手を遮る。
 千草はこちらを一瞥して嘲笑うような笑みを浮かべると、そのまま人込みに紛れて姿が見えなくなってしまった。
 戦闘狂である月詠が足止めだけで済むはずが無いと思い、夕凪を入れてある竹刀袋に手をかける。
 しかし、意外なことに月詠は私が近づいても刀を抜かず、笑顔のまま私の射程範囲から離れることだけを繰り返していた。

「……どうした。随分と臆病になったものだな、月詠」

「臆病になったんは、センパイの方とちゃいますか? なんやウチ、今のセンパイとは死合いたくないですー。……あ、千草はんから結構引き離せたんで、そろそろ私も失礼しますー」

 月詠はつまらなそうに私を見てそう言うと、背中を向けて去っていった。
 去っていく途中、ふと足を止めた月詠は殺気を込めた凄絶な笑みを浮かべて振り返り、告げる。


「――――次会った時も同じやったら、容赦なく殺しますえ……桜崎刹那センパイ」




〜朧月〜




【志貴】


 『超包子』の料理人、五月ちゃんの料理は琥珀さんに勝るとも劣らぬ味で、俺は至福の時を過ごした。
 かなりの人気店なのか、昼を過ぎても一向に客数は減る気配を見せない。
 五月ちゃんは次々に舞い込む注文を、嫌な顔一つせずにテキパキとこなしていく。
 忙しそうなので注文を控えようと思っても、それを見越したかのように笑顔の五月ちゃんが遠慮せずに注文するように言ってくれた。
 その笑顔を見て、ふと琥珀さんの笑顔が頭に浮かぶ。

「琥珀さんも、よく嫌な顔一つしないで毎日料理を作ってくれるなぁ……」

「……私、料理作るの好きで……食べた人が喜んでくれる顔を見るの好きなんです。……多分、その方もそうなんだと思います……」

 俺の呟きが聞こえたのか、五月ちゃんが料理を続けながらそう答えてくれた。
 五月ちゃんは俺と会話を交わしながらも、注文された料理を次々に完成させていく。
 注文した料理を食べ終えたので五月ちゃんの邪魔をしては悪いと、会計に向かうために席を立ち上がった。
 ……のだが――――

「……お金……が、無い……? お、落としたーっっっ?!!」

 どうやら一万円という大金を落としてしまったらしい。
 それも最悪なことに、支払いの段階に至ってようやく気付いたのだ。
 目の前ではくーふぇちゃんが笑顔で支払いを待っている。
 とにかく思いつく限りの場所を探してみるが、無いものは無い。
 頼みの綱とばかりにここで手伝っているという茶々丸さんの姿を捜すが、今日は来ていないらしく姿は無かった。

「えっと……あ、あはは……お金を落としたみたい、で……?」

「それじゃあ、ちょっと相手するアル。勝ったら支払いは構わないアルが、負けた場合は店の手伝いをするアル」

 何が何だかわからないうちにくーふぇちゃんに引きずられ、店から少し離れた場所にある広場に立たされる。
 五月ちゃんが止めようとしてくれたのだが、組み手程度だと言われて引き下がってしまっていた。
 周りでは既に野次馬の人垣が出来ており、もはや逃げることを許されない状況になっている。
 向かい合ったくーふぇちゃんは顔に不敵な笑みを浮かべており、可愛いながらもその腕っ節の強さには自信があるらしい。

「……出来るなら即店の手伝いにして欲しかったんだけど……。……ていうか…俺には殺すか殺されるかの二択しかないってのに、殺すのが許されないってことは――――」

 まあ、わかっちゃいたけど……負けるしか道はないか……。
 ここに来てから痛い目にしか遭ってないなぁ、と思いながらも身構える。

「ふむ……来ないアルか?」

「どうぞ。……ああ、先に言っておくけど……あんまり期待しない方がいいと思うよ?」

 諦めの境地に達して苦笑しながら、衝撃を和らげるためにいつでも後ろへ跳べるように脚に意識を集中させる。
 だが次の瞬間には、自分の体は後ろに吹っ飛んでいた。
 直感に従って自ら後ろへ跳んだのだが、それを追いかけるように迫ってきたくーふぇちゃんの拳が俺の胸部に突き刺さる。
 その衝撃と自ら跳んだ勢いのまま吹っ飛び、派手な音を立ててゴミ箱をなぎ倒し、後ろにあった花壇に転がった。
 くーふぇちゃんを称える野郎達の野太い歓声が聞こえたので、そのまま気絶したフリをして負けたことにしようと思ったのだが――――

「まだ終わってないアル! ほら、立つアルよ!!」

「どぉわああああああああっっっ?!!」

 殺気が迫ってくることに気付いて、直感の命じるまま横に転がってさっきまで自分が寝ていた場所を見ると、くーふぇちゃんの拳が地中深くまで突き刺さっていた。
 さて――――このまま戦えば骨の二、三本が折れるのを覚悟しなければならないし、逃げれば逃げたで食い逃げで追いかけられる訳だ。

「フフフ……喰らう直前に後ろに跳んだのはわかったアルよ。さあ、本気でかかってくるアル!!」


 ……ジーザス、俺の日常に平穏という言葉は無いのでしょうか……?





□今日の裏話■


「……つまらんわぁ……。センパイと死合うことができる思て来たのに……」

 千草から刹那を引き離した後に姿を消した月詠は、麻帆良の町をつまらなそうな表情を浮かべて歩いていた。
 可愛らしくおっとりとした見た目に、少女めいた服装をした彼女は町の人目を惹いてもおかしくなかったが、その手に持った
 『身隠し』の護符の効果によって周りの人からその姿は見えていない。
 しかし――――可愛らしい外見とは裏腹に、その本質は戦闘狂という怖ろしい少女である。

「あんなん、すぐ殺せてまうわ。……何かあったんやろか……」

 立ち止まって思案気な表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
 その笑みはとても純粋で――――しかし、その笑みに含まれた冷ややかな殺気は、背筋を走るものを感じるほどだった。

「ま……どうでもええわ。次も同じなら、容赦なく殺すまで……」


「――――本当、楽しみやわぁ……センパイの苦しむ顔」


 本当に楽しそうにクスクスと笑うその姿は、まるで無邪気な子供のように愛らしく、そしてどこまでも残酷だった……。


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