Act3-21


【アスナ】


 ネギが昨夜戦ったという『混沌』という人の話を聞いた後、その場を沈黙が支配していた。
 その『混沌』がネギの言うとおりの敵だとしたら、どうやっても倒しようが無い。
 それが魔法なら私のアーティファクトで容易く消すこともできるだろうけど、実体を持った存在の前では無意味だ。
 気まずい沈黙の中、カモが話題を変えようと思ったのか話しかけてきた。

「な……なぁ、姐さん。今日途中からエヴァンジェリンが授業に出てたらしいな?」

「え? あ……うん、エヴァちゃんなら最後の授業だけ出てたけど……」

 何かあったのか、エヴァちゃんと茶々丸さんは午前中の最後の授業にだけ出てきた。
 普通に授業を受けていたが、昼を過ぎてからどこへ行ったのか姿を見ていない。

「アニキ、あの黒縁眼鏡の志貴ってヤツについて聞けるかも知れねぇ。屋上に行ってみようぜ!」

「え……ちょっと、それどういうこと? 何でエヴァちゃんがあの人のこと知ってるのよ?」

「拙者が教えたのでござるよ。そういえば、アスナ殿達には話してなかったでござるな」

 エヴァちゃんが志貴さんについて知っているということが不思議だったが、楓ちゃんからの一昨日の夜の出来事を聞いて納得した。
 昨日の朝に楓ちゃんから少し聞いたが、郊外の森で会ったという位しか聞いていなかったことを思い出す。
 話によると、その黒縁眼鏡の志貴さんはヘルマンを倒した後に気絶したらしく、楓ちゃんがそれを介抱したらしい。
 その後意識を取り戻した志貴さんと町に戻る途中、志貴さんに興味を持ったエヴァちゃんに追いかけられて姿を消したということだった。
 ……エヴァちゃん、あの人の何に興味を持ったのだろう?

「それじゃあ、ちょっと行ってきます! このかさん、お昼ご飯ごちそうさまでした!」

「あ、ネギくーん! ウチら、もう少ししたら商店街の方に買い物に行くからなー」

 ネギはわかりましたー、と大声で返して校舎に向かって走っていく。
 お昼を食べ終えた私達はしばらく休んだ後、このかがネギに言ったとおり、商店街へと向かった。


 意外な出逢いが待ち受けているとも知らずに――――




〜朧月〜




【愛衣】


「あ、あのっ……遠野君がズェピアを倒したのを見た人がいるなら、遠野君がどこにいるかも知っているんですよね……?」

「む。……なるほど、確かにそれは重要なことだ。志貴はワラキアを倒した後、どこへ行ったのですか、タカミチ」

 シオンさんとお姉様の白熱した演説会の中、さつきさんが部屋に戻ってきた高畑先生に志貴さんの行方を尋ねる。
 それを聞きとがめたシオンさんは、演説会を中止してソファーに腰を下ろす。
 高畑先生はしばらく言い難そうな顔をしていたが、一つため息を吐いてから口を開いた。

「実はエヴァ……エヴァンジェリンが彼を連れて行ってしまったらしいんだ。まあ……彼女の家を紹介してもいいんだが――――それについて、交換条件がある」

 高畑先生はそこで一度区切って、冷めた紅茶を一口飲んでから再び口を開いた。

「今回の事件――――タタリについて、君達から学園長達に説明して欲しい。君達にとってこの行為は敵陣深く切り込むに等しいが、僕らが責任を持って君達の警護につく。……どうかな?」

「タタリについて説明することについてはやぶさかではない。……しかし、あなた達を信頼していない訳ではないが……あなた達が裏切る可能性が零という確かな保証も無い。いきなり信じろ、と言われて信じられる方が無理な話です。逆に、例え私達の味方をしてくれたとしても……吸血鬼に味方するような真似をして、あなた達があちら側から裏切り者として扱われる可能性もあり得ます」

 先程までのおかしなシオンさんのイメージが払拭されるような、論理的な言葉が並べ立てられていく。
 確かにシオンさんの言うとおり、出会って日の浅い私達とシオンさん達が信じ合えるかと言われれば、まだ不安な点はある。
 でも――――

「私……昨日、さつきさんに助けてもらいました。お姉様も、高畑先生も。……恩人に恩を仇で返すような真似はしたくありません。だから、その……」

「――――愛衣……」

「恩を理由にあなた達を信じろ、と? 口でならばいくらでも――――……」

 勝手に話し始めた私に、お姉様が少し驚いたような顔をしている。
 シオンさんは厳しい表情で私の言葉を否定しかけたが、途中まで言いかけて止まった。
 少し躊躇うような表情を見せた後、一つため息をついたシオンさんは、小さく自嘲めいた笑みを浮かべながら再び口を開く。

「……いえ、そうですね。志貴のようなお人好しも確かに存在している。……いいでしょう。タカミチ、明日朝九時、待ち合わせ場所は麻帆良学園前ということでよろしいですか?」

「――――……ふふっ」

「……? どうかしましたか、愛衣?」

 思わず笑ってしまった私に、シオンさんが訝しげな視線を向けてくる。

「いえ……さつきさんもシオンさんも、志貴さんに影響されてるんだなーって思って。私はあまり話してないからわからないけど、志貴さんって凄い人なんですね」

「ふふ……確かに影響を受けているのかもしれないですね。志貴は時に私の計算を狂わせ、意外な結果を導き出す。今回もそうだが、彼が関わると私の計算の悉くが狂ってしまう――――が、いつも必ず彼は何とかしてみせた。……故に、私は心から彼を信頼している」

 そう言って、恥ずかしそうに頬を薄く染めながら、シオンさんは優しい笑顔で紅茶を啜る。
 いつも理知的で厳しそうなイメージがあった(たまに暴走する)けれど、その時のシオンさんはどこか恋する乙女のように見えた。


 その後、私達はシオンさん達の泊まるホテルから出ると、高畑先生と別れて寮へと戻ったのだった。





□今日のNG■


「さつきさんもシオンさんも、志貴さんに影響されてるんだなーって思って。私はあまり話してないからわからないけど、志貴さんって凄い人なんですね」

 私がそう言うと、シオンさんは頬を少し赤らめながらどこか歪んだ笑みを浮かべる。
 ……うん。シオンさん、またぶっ壊れたみたい。

「ふふ……確かに影響を受けているのかもしれないですね。彼は実にいぢめ甲斐のある反応をしてくれる。追い詰められた時の彼の表情ときたら、背筋を走るものがあります。ええ……私はこの国でいう、『萌え』なるものを感じたのでしょう――――」

「ま、まさかそれは……ジャパニーズ『萌え』のことですか、マイフレンドシオン!?」

「勿論ですとも、マイフレンド高音。『萌え』については、既に聖地にて学習済み……高音にも御教授しましょう」

 聖地……私の脳裏にどこかの電気街が浮かんだが、さっさと頭の隅から追い出す。
 そんな所逝ってる暇あるなら研究進めろよとか言いたかったが、それよりも何よりも――――


――――お前ら、『萌え』とか言うな。


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