【愛衣】
「――――今の……魔法……?」
部屋で教科書に目を通していると、寮の外で魔力を感じた。 窓を開けてみるが、外に人の姿は見えない。 しかし、確かに今窓の外から感じたのは魔力以外の何物でもなかった。
「……一応、確かめておかなきゃ」
上着を羽織り、パクティオーカードを持って外へ急ぐ。 魔法は秘匿されるべきものであり、無闇に使っていいものではない。 今感じた魔力が魔法によるものだったとしたら、事後処理等もしないといけない。 どんな些細なことから、魔法が一般社会に知られるかわかったものではないのだから。
「魔力を感じたのは……確か、寮の玄関付近だったはず……って、あれ? アスナさん?」
「あ……め、愛衣ちゃん……。あー……えっと……」
寮の玄関へ向かっていると、玄関からアスナさんとこのかさんが入ってきた。 アスナさんは少し気まずそうな顔をして、玄関の方に視線を向ける。 釣られて私もそちらに視線を向けると、アスナさん達に遅れて楓さんが見覚えのある男性を担いで玄関から入ってきた。
「しっ……ししし志貴さんっ?! だ、大丈夫なんですか!?」
「愛衣ちゃんもこの人知ってるの?! 外傷無いから、多分貧血か何かだと思うんだけど……とにかく、医務室に寝かせないと……」
「……もしかすると、医務室は少々まずいかも知れないでござるな……。志貴殿は短刀を所持しているでござるから、医務室の人に診せたら不審者と判断されるかも知れないでござる」
そういえば、志貴さんは短刀を持っていたんだった……。 確か以前志貴さんがお姉様と相対した時、ズボンのポケットから短刀を取り出していたはず。 志貴さんのズボンのポケットに手を入れ、柄に『七夜』と刻まれた飛び出しナイフを取り出し、自分のポケットに入れる。 アスナさん達は驚いたような表情で私を見ていたが、自分でも意外な行動力に驚いていた。
「これで医務室で寝かせても大丈夫です。楓さん、志貴さんを医務室へ!」
〜朧月〜
【アスナ】
医務室のベッドに志貴さんを寝かせた後、愛衣ちゃんが医務室に人払いの結界を張る。 女子寮に男性がいるということだけでも問題なので、他の人に知られないために結界を張るのだそうだ。 とにかくいてもたってもいられなくなって、ネギを呼ぼうと思い至る。 即座にポケットから携帯電話を取り出し、ネギの番号をプッシュした。
『……もしもし、アスナさん?』
「ネギ?! アンタ、今どこ?! とにかく急いで帰ってきなさい!!」
数コールした後、電話越しにネギの気の抜けた声が聞こえてきた。 問題の人物を前にして興奮していたのか、自然と私の声が大きくなり捲くし立てるように喋る。
『これから電車に乗って帰るところですけど……まさか、何かあったんですか!?』
「アスナー、大声出したらアカンえー。志貴さん、起きてもうたやんか」
私の声の大きさに何事か起きたと思ったのか、ネギの声が急に真剣なモノに変わる。 事情を説明しようと思ったが、後ろから肩を突付かれて振り向くと、このかが唇の前に人差し指を立てていた。 このかの後ろでは、頭痛がするのか頭を押さえながら顔を顰めて上半身を起こした志貴さんが眼鏡をかけている姿が見えた。
「あ、ゴメン……。あー……とにかく、すぐに帰ってきて」
何だかバツが悪くなり、適当に言って携帯を切る。 志貴さんはベッドからゆっくりと上半身だけを起こし、目を閉じて何度か深呼吸を繰り返していた。
「えーっと……あ、愛衣ちゃん、こんばんは。それと……君は確か一昨日の夜に会ったね」
「こ、こんばんは……。あ、あの……それで、志貴さんはどうして女子寮の前に……?」
結界を張り終えた愛衣ちゃんに気付いた志貴さんが挨拶をすると、愛衣ちゃんは少し緊張しながら貧血に至った経緯を尋ねてきた。 とりあえず、さっきこのかが何者かに襲われて攫われそうになったことと、そこに志貴さんが助けに入ってくれたことを話す。 志貴さんはまだ貧血が残っていてキツかったらしく、目を閉じてベッドに横になっている。 その間、愛衣ちゃんがペンとメモ帳を取り出し、このかが攫われそうになったことについて細かく書き込んでいった。
「うーん……関西呪術協会から脱走者の捕縛を依頼されているんですが……。あ……志貴さん、起きて大丈夫なんですか?」
「ああ、貧血はいつものことでね。……と、そっちの二人には自己紹介がまだだったね。俺の名前は遠野志貴」
「「……遠野?!!」」
私とこのかの声がかぶり、しかも身を乗り出すのも同時だった。 愛衣ちゃんと楓ちゃんが何事かと驚いたような顔をしている。 志貴さんも突然身を乗り出してきた私達に驚いて、目を丸くして驚いていた。
そういえば昨日の昼、さよちゃんから聞いたのも『遠野志貴』さんだったが……どうやら刹那さんの言う志貴さんとは違うらしい。 とはいえ、黒縁眼鏡と雰囲気以外は、一昨日の夜に私が戦った人とまったく同じだった。 出来るならこっちの穏和な雰囲気の方の志貴さんが本物であって欲しかったが、その願いは脆くも砕けた訳だ。
「遠野……。七夜とちゃうん……?」
このかが肩を落とし、悲しそうに呟く。 と、そこへ――――
「志貴殿の本名は、七夜志貴でござるよ? 遠野姓を名乗っているのは、ある事件で本物の遠野の長男と入れ替わったから……ということでござる」
「「――――――――……は?」」
落胆したこのかの呟きに答えるような楓ちゃんの言葉に、私とこのかは声を失う。 ぽかん、と呆けたように口を開けたまま、しばらく医務室には時計の針が動く音だけが響いていた。
☆
□今日のNG■
確か以前志貴さんがお姉様と相対した時、志貴さんはズボンのポケットから短刀を取り出していたはず。 すぐに志貴さんのズボンのポケットに手を入れ、手に触った何かを取り出す。 それは――――
「にゃっにゃっにゃっ、ハズレだにゃ……ぎにゃーっっっ?!!」
――――確かにハズレだった。 ネコミミの付いたブサイクなぬいぐるみ目がけて、無詠唱で火の三矢をブチかまし、吹っ飛ばす。
「にゅふふ……おーけー、脱がされガール。今のはチミもネコミミになりたいという、願望の表れということでFA?」
「――――紫炎の捕らえ手」
誰が脱がされガールか。 ほぼ無詠唱で、『紫炎の捕らえ手』をぶっ放す。 うん、最近の私って結構絶好調かもー。
「熱いにゃー、動けないにゃー、燃え上がる恋の炎は消せねぇにゃー!」
何か言っていたが、無視して志貴さんを医務室に運ぶ。 その後人払いの結界を張りに廊下に出た時には、既に変なぬいぐるみの姿は無くなっていた。
――――ま……いっか。 |