【千草】
――――襲撃は失敗に終わった。 千草はアスナと楓の足止めに成功し、このかも思惑通りに確保できると確信していた。 しかし結果は……失敗。
「何なんや……あの男は……?!!」
千草の体は震えていた。 隙を狙ってこのかを攫おうと身隠しの呪符で身を隠していたというのに、志貴は寸分違わず千草を睨みつけていたのだ。 その『眼』を見た時の恐怖で、未だに千草の体は震えている。 志貴の蒼く輝く眼を見た時、千草はその眼に恐怖すると同時に、その眼の美しさに見惚れてしまっていた。 この男に殺されたのであれば、仕方が無い――――そんな風に思ってしまった自分に訳がわからなくなり、千草は混乱した頭のままその場から逃げ出したのである。
「間違いなく……あの時の男や……。くっ……いい加減に治まりぃ……!!」
小刻みに震え続ける自分の体を叱咤しながら、千草は隠れ家へと急ぐ。 あの男には、確かに見覚えがあった。 昨日式神を放って追跡させたが、『闇の福音』に邪魔をされたことを考えれば、あの男も彼女の一派ということだろう。
あの『眼』は……間違いなく自分にとって鬼門だ。 千草は直感的にそう感じ取っていた。 熊鬼はアスナのハリセンのように送り返されるのではなく、志貴の短刀の一突きだけで消滅していたのだ。 それはまるで――――
「あり得へん…そんな訳あらへん…!」
浮かびかかった考えを、頭を振って頭の中から追い出す。 しかし、そんなことをしても千草の脳裏から恐怖が消え去ることは無かった。 どんなに否定しても、頭のどこかで理解してしまっていたのだ。
あの男が、自分の計画を突き崩す、とんでもない『死神』だということを――――――――
〜朧月〜
【エヴァ】
「マスター、ハカセに壊れた腕の修理をお願いしに行こうと思うのですが……」
「ん……そうだな。そろそろいい時間だし、出るとするか」
朝の志貴との戦いで両腕と足を切断された茶々丸は今、スペアの腕と足を着けている。 見せてもらったが、その切断面は恐ろしく奇麗なもので、まるで初めからそうであったのではないかと疑いたくなるほどだった。 今まで様々な敵と戦ってきたが、こんな奇麗な断面を見たことは私が生きてきた中で一度たりとて無い。
「私の予想としては、一度解体して作り直さなければならないと思います」
「オレノナイフモ、アイツノセイデ ホトンド使イモンニナラナクナッタゼ」
茶々丸は切断された自分の腕を手に取って見ながら、そう予測していた。 茶々丸の頭の上に乗ったチャチャゼロも、朝の戦いで志貴にナイフを破壊されている。 どちらも志貴の『眼』によるものだと思われるが、そうだとするとかなり危険極まりない最上級クラスの『魔眼』ということになる。 魔術師は勿論のこと、魔法使いであっても、志貴の『魔眼』に畏怖すると同時に興味を抱くだろう。 ……だが、志貴も魔眼もどちらも私のモノとなり、あらゆる外敵から護ってくれる騎士となるのだ。
「ゴ主人、顔ガニヤケテルゼ。アイツノコト、ヨッポド気ニ入ッテンダナー」
「な……にやけてなどいない! 確かに志貴のことは気に入っているが……」
「……マスター、映像再生しますか?」
「やめい!!!」
まるで漫才のようなやり取りをしているうちに、いつの間にか超包子へ着いていた。 相変わらずの人気で、席のほとんどが人で埋まっている。 見れば、古菲や超鈴音が客と厨房の間を忙しそうに行ったり来たりしていた。 それを横目に見ながら、カウンター席に腰を下ろして五月に声をかける。
「五月、ハカセはいるか?」
「あ……エヴァンジェリンさん……。葉加瀬さんならそちらに……」
五月の向けた視線の方向を見ると、ハカセは超鈴音達と一緒になって注文された料理を運んでいた。 椅子の上にチャチャゼロを置いて席を確保し、私と茶々丸はハカセのところへ向かう。
「ハカセ、私が代わりますので、コレをお願いします」
「んー? どうかしたの……って、何コレ?!!」
志貴に切断された茶々丸の腕と足を見て、ハカセが素っ頓狂な声をあげる。 まあ……当然の反応だろうな。 どんな刃物を使ったとしても、茶々丸の腕は愚か、人の腕であってもああはなるまい。
「バーナーで焼き切った……? ううん、バーナーだと焼けた跡が残るはずだし……」
「ホウ……これはまた奇麗な断面ネ。……ということは、『彼』は今あなたのところにいるということカ、エヴァンジェリン?」
「ああ、一昨日拾ってな」
うんうんと唸るハカセの後ろから切断された茶々丸の腕と足を覗き込みながら、超鈴音がこちらに含みのある笑みを向けてくる。 ……超鈴音が知っているということは、志貴は未来においてそれなりに知られた存在になるということか。 超鈴音は近づいてきて私の横で立ち止まると、笑みを浮かべながら小さく警告していく。
「……扱いには気をつけた方がいいヨ。彼に悪意を持て接した者は、皆破滅へ追いやられたと聞く。それは例外無く――――例え『不死の魔法使い』だたとしても……ネ」
☆
□今日の裏話■
「超鈴音、志貴はどこへ行った?」
「ん、彼なら――――美味しいケーキ屋が無いか聞いてきたから、寮近くの店を紹介したヨ。いるとしたら、多分そこネ」
美味しいケーキ屋を探している、か…。 なるほど、私にそのケーキを献上しようという訳か。
「ふふふ…いい心掛けだ、志貴。従者になったら、たっぷり可愛がってやろうじゃないか」
従者になった志貴の姿が頭に浮かび、顔がにやけてくる。 首輪をして、泣いて喜びながら私の足を舐める志貴の姿が――――
「ナア、ゴ主人…悪ナ顔シテルガ、考エテルコトガドッカ違ウ方向ニイッテネーカ?」
「ニャー」
チャチャゼロの呆れたような声と共に、猫の鳴き声が聞こえた。 見れば、志貴の使い魔――――黒い方のレンがこちらを見ながら座っている。 朝から見かけなくなったと思ったが、どうやらあちこち散歩してきたらしい。 口の周りに何か付いていたらしく、茶々丸が近寄って拭いてやっている。
「…おい、レン。先に行って、お前のご主人様にさっさと戻ってくるように言っておけ」
「ニャー」
レンは了解したとばかりに一声鳴き、どこかへと姿を消していく。 私達は超包子で夕食を食べてから、ゆっくりと女子寮に向かう事にしたのだった…。 |