Act3-30


【アスナ】


「にゃー」

「あ……レンちゃんやー!」

 志貴さんから今回のことについて話を聞いていると、黒い大きなリボンをした黒猫――――レンちゃんが医務室の窓を開けて入ってきた。
 このかが鳴き声に反応して抱き上げようと手を伸ばすが、レンちゃんはその手を擦り抜けて志貴さんの方へ歩み寄る。

「レン、おいで」

 そう言って志貴さんがレンちゃんに手を差し出すと、レンちゃんはまるで吸い込まれるように志貴さんの膝の上に座る。
 ちらり、と私達を一瞥した後、志貴さんを見上げて何か伝えているように見えた。
 志貴さんは困ったように笑いながら、レンちゃんの頭を優しく撫でてあげる。

「……レンちゃんって……志貴さんの使い魔なん?」

「ん……レンを創ったのは俺じゃないけど、契約しているという点からすれば俺が主人になるのかな? まあ……俺からすれば、レンは家族の一人なんだけどね」

「志貴さんって、結構魔力量あるんですね。レンさんと契約するなんて、ある程度強い力を持った魔法使いでないと出来ませんよ」

 当のレンちゃんは志貴さんに撫でてもらって、嬉しそうに目を閉じて大人しくしていたが、しばらくして再び志貴さんを見上げた。
 レンちゃんから何か伝えられたのか、志貴さんはきょとんとした表情を浮かべ、医務室を見回して時計に目を止める。

「あ……もうこんな時間か。ゴメン、エヴァちゃんに夕方までに戻るように言われててね」

 時計を見た志貴さんが、慌ててベッドから下りる。
 どこに泊まっているのか聞くと、今はエヴァちゃんの家に泊まらせてもらっているらしい。
 女の子の家に一つ屋根の下で一緒にいる、ということに抵抗があったけれど、お金の無い志貴さんをこの寒空の下に放り出すのは流石に可哀想だったので、私は黙っていることにした。

 何でも、遠野家の長男という立場ではあるものの、やはり元が七夜であるためか、義妹の方が遠野家当主となっているらしい。
 お金が無いのは義妹から嫌われているせいなのかと思ったが、どうやらそうではないらしく、志貴さんは単に自分のせいだとだけ言って苦笑していた。
 ……にしても、がま口は無いだろう。がま口は。

「それじゃあ、何かあったらいつでも連絡してくれ。俺に出来ることだったら、いつでも協力するよ」

 志貴さんは笑顔でそう言って、医務室から出て行った。


――――だが、一時間も経たないうちに志貴さんはここへ戻ってくることになるのだった……。




〜朧月〜




 幼い頃に出逢った、少年と少女。

 二人の絆は、遠く、細くなっても決して途切れることは無く。

 長い年月の果てに、二人は惹かれ合うように麻帆良の地にて出逢う。


――――それが、どんな運命なのかも知らずに……。



【side.刹那】


【side.志貴】





□今日の裏話■


「にゃー」

「あ……レンちゃんやー!」

 猫の鳴き声と共に、このかちゃんが嬉しそうな声をあげる。
 見れば、黒猫――――レンが医務室の窓から入ってきていた。

「レン、おいで」

 このかちゃんの手を擦り抜けてこちらに近づいてくるレンを手招きすると、ベッドの横から飛び上がって膝の上に収まる。
 その体はひんやりとしていて、ふと外を見れば既に陽が落ちかけていることに気付く。
 レンはアスナちゃんやこのかちゃん達を一瞥してから、俺の顔を見上げて言葉を伝えてきた。


(……また手篭め?)


 ……レン、いきなりそういう発想に行き着くのもどうかと思うな、俺。
 とはいえ、遠野家での実情を指摘されればどうとも言えない。


 俺は何も言わずに、笑いながらレンの頭を撫でてご機嫌を伺うことにしたのだった……。


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