Act3-29


【ネギ】


 寮に戻ってくると、玄関前に魔力の残滓を感じて辺りを見回す。
 特に人の姿は見えなかったけれど、さり気無く警戒しながらまき絵さん達と共に寮の中に入る。
 すると――――


「本当っ?!! 今楓ちゃんが言ったこと、本当なの?!!」

「きゃー!? あ、アスナさん、絞まってます! 首が絞まってますぅぅぅ!!!」


 アスナさんの怒鳴るような声と、愛衣さんの素っ頓狂な叫び声が医務室の方から聞こえてきた。
 まき絵さん達もその声に反応したが、すぐに用事を思い出したということでまるで何事も無かったかのように去っていく。
 不思議に思いながらも、何事かと思って医務室に近づくと、人払いの結界が張られていることに気付く。
 何かと思って医務室の中を覗き込むと、そこには殺人事件の光景が広がって……

「あ、アスナさん……。ひ、人を殺して……」

「ないわよ!!! 殺してない!!」

「……殺されるとは思ったけどね……ぶべらっ?!」

 即座に否定してきたアスナさんにハリセンで叩かれた。
 咳き込みながら呟いた男の人の顔面に、ついでとばかりにハリセンが直撃する。
 ふと男の人と視線が合い、一昨日の夜のことを思い出した。
 黒髪に黒縁眼鏡をしている――――遠野志貴さん。
 まさか今日の夜に会おうと思っていた人に、ここで会えるとは思っても見なかった。

「あ……ネギ君、だよね? 一昨日はどうもありがとう」

「あ、いえ。……えっと……遠野志貴さん、でいいんですよね?」


 僕が名前を知っていることに驚いたのか、志貴さんは目を丸くしていた。




〜朧月〜




【志貴】


「はー……何か、複雑やね……」

 ネギ君達は、楓ちゃんから俺の元の姓である『七夜』から『遠野』を名乗るに至った経緯を聞き、皆わかったのかわからないのか複雑そうな表情を浮かべている。
 まあ、わからなくもない。
 親父……遠野槙久が何故、敵である七夜の血を引く俺を養子にしたのか等の疑問点はあるが、当の本人は既にこの世には存在していない。
 もはや、その理由を知る者はこの世にはいないという訳だ。

「それで……志貴さん、刹那さんの記憶も無いの?」

「……七夜だった頃の記憶は一切無いよ。そんな記憶があったら、遠野にとっての脅威となり兼ねないだろうからね」

 一昨日の夜に出会ったオレンジの髪のツインテールの女の子……神楽坂アスナちゃんの言う、刹那ちゃん……という名前に引っかかりは覚えるものの、思い出すことは出来ない。
 幼い頃……俺がまだ七夜であった頃に出会った女の子らしいが、矢張り思い出せなかった。
 俺の返答にネギ君とアスナちゃん、このかちゃんが揃って落胆したような表情を浮かべる。



 その後、今回のタタリ事件に関わっているらしい彼女らといくつか話をしているうちに、今回のタタリでもアイツが――――七夜がいることがわかった。
 アスナちゃんがアイツと戦ったらしく、俺に警戒するような視線を向けてきている。
 アイツと戦って大した傷も無く生きていること自体が異常だと思ったが、話によるとネギ君の力で護られているかららしい。

 だが……例えどんな加護があったとしても、この眼は容赦なく『死』を視せつける。
 前回は『眼』を持っていたが、もしかすると今回のアイツはこの『眼』を持っていないのかもしれない。
 考え込んでいると、真剣な顔をしたアスナちゃんが声をかけてきた。

「……ねえ、アンタ……じゃなくて、志貴さんも七夜とかいう奴みたいになったりするの? その……二重人格みたいに」

 二重人格……確かにアスナちゃんの言うとおり、アレは二重人格みたいなものなのかもしれない。
 少し話すのが躊躇われるが、自分が危険な存在であることは確かだ。
 ならば、警告の意味も兼ねて話しておくべきだろう。
 色々とぼかしておいた方がいい箇所もあるので、考えながらゆっくりと話し始める。

「ん……そう、だね。……俺はちょっとした力を持ってて、前に一度、訳がわからないうちにヒトを殺してしまったことがあったんだ。……でも、殺したはずのソイツは吸血鬼で、次の日には生き返ってて――――」

 学校へ向かう途中にある交差点のガードレールに、あいつが腰を下ろしていた姿を見た時は驚いたっけ。
 一年前の事件を思い出しながら、自分の犯した罪を語っていく。
――――遠野志貴が、七夜と同じ殺人鬼へと変貌した、あの瞬間を。

 ヒトを完膚なきまでに殺した自分が……殺人鬼となった自分が怖くて、悲しくて、許せなくて。
 それは今でも変わらない。
 例え、殺した相手が吸血鬼で、生き返ったとしても――――

「なあ……志貴さんの七夜って一族は、強い『退魔衝動』を持ってるって聞いとるんやけど……。もしかして、それとちゃうの?」

「確かに……七夜の『退魔衝動』は『魔』に対して過敏に反応し、『魔』を葬り去らんとする――――そう聞いているでござる。相手が吸血鬼だったというのなら、それが反応したとしてもおかしくないでござるな」


「……相手が何であったとしても、どんな要因があったとしても――――俺がアイツを殺したという事実に変わりは無いんだ。俺は……自分があんな風に、簡単に平然と命を奪ってしまうような殺人鬼になってしまうのが……怖い」


 『退魔衝動』が反応してしまったから。

 七夜の血を引いてしまっているから。

 確かにそういった原因もある。
 けれど……そんなもの、殺していい理由になんてならない。
 理由も無くヒトを殺す殺人鬼になってしまうことへの恐怖――――それが、アイツを……七夜という殺人鬼を作り出すきっかけになっている。

「――――……そっか。志貴さんはアイツとは違うのね。……ごめんなさい、疑ったりしちゃって」

 タタリが七夜という存在を作り出したきっかけを話していて、改めて自分の罪の重さを思い知った。
 罪悪感に項垂れていた俺の頭へ、優しい声がかけられる。
 思わず顔を上げると、アスナちゃんが俺に向かって頭を下げている光景が目に映った。

「そうよね……志貴さんはこのかのこと、守ろうとしてくれたんだもの。あんな人殺しを楽しむようなヤツと一緒だなんて考えた私がバカだったわ」

 アスナちゃんは、本当に申し訳無さそうな顔をしながら俺に謝ってくる。
 そこに先程までの警戒の表情は一切無く、彼女が俺のことを本当に信じてくれているんだとわかった。





□今日の裏話■


 志貴さんは自分が犯したという罪を話してくれた。
 その表情は酷く辛そうで、とても笑いながら人を殺すような人には見えない。
 その殺された人は吸血鬼で生きていたというのに、それでも殺したことを苦悩する人が悪い人だとは私にはとても思えなかった。
 だから、最後の確認に聞いておきたかったことを口にする。

「……ねえ、志貴さんは普通の人を殺したいとか思ったりはしないんでしょ……?」

「ああ……普通の人を殺したいなんて思ったことは一度も無いよ」

 小さく頷く志貴さんに、安堵の息を漏らす。

「そっか。志貴さんはその吸血鬼をやっつけようっていう衝動で殺したんでしょ? なら、問題無いじゃない」

 そう言って笑う私を、志貴さんは目を丸くさせてきょとんとした表情で見ていた。
 そして全てを話した訳じゃないけれど、と前置きをしてから、小さく、悲しそうに微笑みながら志貴さんは言葉を続ける。

「殺されたソイツも、アスナちゃんと同じようなこと言ってたよ。でも……これは俺が背負うべき罪なんだ。……まあ、自業自得、ってヤツさ」

 ……その殺された吸血鬼と志貴さんの間に、何かあったのかも知れない。
 でも、それでも志貴さんは殺人鬼じゃないということはわかった。
 今はそれだけで充分。


 まだわからないこともあるけれど――――きっと、大丈夫。


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