Act3-38


【愛衣】


――――刹那さんが出て行って、零時に差し掛かった頃。
 医務室の窓の外の闇からは、殺気にも似た怖ろしい視線を感じる。
 その視線は、ピンポイントで私に向けられていた。
 何となくその主が誰なのかわかっていたが、そっと視線をそちらに向けてみると――――

「ひぃぃぃぃぃっっっ!!?」

 いつの間にか医務室の窓が開け放たれ、戦闘モードのお姉様が立っていた。
 その表情は前髪に隠れて見えなかったが、口の端は歪んだ笑みを浮かべている。

「うふふ……愛衣、私から子犬ちゃんを遠ざけようとするなんて、いけない子ねぇ……?」

 顔を上げたお姉様の目は、魔眼もかくやとばかりにトチ狂った色を見せていた。
 舌なめずりをしつつ、怖い笑みを浮かべたお姉様がゆっくりと近づいてくる。
 この場から今すぐにでも逃げ出したかったが、既に医務室の扉はお姉様の使い魔が立ちはだかっていた。

「あああああああゴメンナサイ、志貴さんー! 私がお姉様を追い出してしまったばかりにーっ!!」

「いけない子にはお仕置きが、可愛らしい子犬ちゃんには首輪が必要……ん?」

 もうダメだと思ったその時、お姉様と私の間に黒い塊が飛び出す。
 いつからか姿が見えなくなっていたが、志貴さんの使い魔だという黒猫で、確かレンちゃんとか言う夢魔だった。
 前に白いボンボンの付いた黒く大きなリボンを首の後ろで揺らしながら、トコトコとお姉様の足下まで歩いていきお姉様を見上げる。
 きょとんとした表情で見下ろしたお姉様がレンちゃんと目を合わせた次の瞬間、仰向けにフラリと倒れていった。

 レンちゃんはポカンとした表情を浮かべる私を一瞥するが、興味無さそうにふいとそっぽを向き、志貴さんのベッドへと歩いていく。
 ベッドの下から飛び上がって志貴さんのお腹の上に横になると、丸くなって目を閉じた。
 慌ててお姉様に駆け寄るが、怪我も無くただ寝ているだけだとわかり、ホッと安堵の息を吐く。
 ホッとしたのだが――――


「むにゃ……あ……ああっ、そ、そんな――――子犬ちゃんが狼さんだったなんて……!?」


 お姉様は不気味な笑みを浮かべながら、寝言を呟いていた。
 体をくねらせながら身悶えるお姉様を見ていると、何だか泣けてくる。


――――とりあえず。今後レンちゃんを怒らせることだけはすまいと心に誓ったのだった……。




〜朧月〜




【アスナ】


 明日、とりあえず志貴さんを学園長に会わせるということで一致し、志貴さんはこのまま医務室で寝かせておくことになった。
 その志貴さんがどこかに行くといけないので、監視ということで医務室に刹那さんと愛衣ちゃんが残っている。
 ネギは刹那さんに話があるらしいので、私とこのかだけで先に部屋に戻る。
 寮の外へ走り出した時に、楓ちゃんに私達の荷物と一緒に部屋の鍵を渡しておいたので鍵は開いており、楓ちゃんは部屋の中で待っていてくれた。
 しかし、その楓ちゃんは難しい顔をして、こちらに頭を下げてきた。

「楓ちゃん、どうかしたの?」

「……どうやら、してやられたようでござる」

 顔を顰めた楓ちゃんが、事の次第を話していく。
 話によると、私達が急いで外へ向かった後、町全体があの魔力に包まれたと同時にのどかちゃんが姿を現したらしい。
 そして、のどかちゃんは私達の荷物を楓ちゃんと一緒に部屋に運んでくれたのだが、その後自分の部屋でもう一人の自分を見たと言い、パルが心配なので見てきて欲しいと頼んできたらしいのである。
 そしてのどかちゃんを私達の部屋に残して、楓ちゃんが様子を見に向かったのだが――――

「パル達の部屋にいたのどかちゃんが本物で、私達の部屋にいた方が偽者だった……ってこと?」

 申し訳無さそうな顔をした楓ちゃんが、頷いて肩を落とす。
 そこへ――――楓ちゃんよりも更に暗い顔をしたネギが戻ってきた。
 挨拶することすら忘れるくらいしょげ返っていて、フラフラと部屋に入って自分の部屋への梯子をノロノロと上っていく。

「ちょっと、ネギ? もう夕ご飯できるわよ?」

「……僕、今日はいいです……」

 ロフトの上にあるネギの部屋から、落ち込んだ声が聞こえてくる。
 楓ちゃんと顔を見合わせて首を傾げるが、とにかく無理矢理にでも食べさせた方がいいと判断し、ロフトの上へ乗り込む。
 ちょっとした攻防の後、ネギの首根っこを掴んで下に放り投げた。
 下で楓ちゃんがネギを抱き止めてくれて、座らせてくれる。

「もう……何があったのか、ちゃーんと話しなさい。ご飯も食べないで、元気になれるはずないでしょ!」

 ネギは困ったような顔でしばらく話すのを躊躇っていたが、やがてポツリポツリと話し始めた……。



――――正直、聞いていてネギが苦しむのも当然だと思った。
 ネギは夢で恐らく志貴さんのものであろう過去を見たというのだが、その内容が凄惨極まりないモノだったのだ。
 その夢を見せた張本人が、あの黒い方のレンちゃんらしいと言うのだが……。

「それで……刹那さんが志貴さんのことを信じようとしないので、志貴さんの過去を僕の魔法で見ようと思ったんです。そしたら、その光景が頭に浮かんで離れなくなっちゃって……」

 再び思い出したのか、ネギは体を震わせて今にも泣き出しそうな顔になる。
 ネギ以外、誰もその光景を見た訳ではないけれど、その場にいた皆の顔は一様に曇っていた。
 まだ十歳の子供に人の『死』を見せるなんて、幾らなんでもやり過ぎだと思う。
 と――――

「あ……レン、ちゃん……」

 チリン、という鈴の音が聞こえ、窓際の私の机の上にいつの間にか黒猫――――レンちゃんが座っていた。
 このかが呟くと同時に、私の机から下りたレンちゃんがネギに近づいていく。
 レンちゃんはネギの目の前に座ると、じっとネギの顔を見つめる。

「レン、さん。あの――――紅い夢は、志貴さんの過去なんですか……?」


(……そう。でもあなたの魔法で志貴に干渉しても、見れるのは『遠野志貴』になった後の記憶のみ)


 ネギの言う『紅い夢』をまた見せられないかと怯えながら訊ねるネギに、レンちゃんは淡々とそう答えた。
 レンちゃんはネギの問いに答えたきり、微動だにせずに色の無いガラス細工のような瞳でネギを見つめ続けている。
 長い沈黙に、どうしたものかと視線を逸らそうとした、その時――――


(――――いつまで気付かないフリをしているの?)


 突然、まるでこちらが気を逸らした瞬間を狙ったかのように、レンちゃんが話しかけてきた。
 その瞳は、変わらずネギへと向けられている。


 そしてネギは――――俯き、涙を零していた……。





□『夜の』カモっち何でも情報局■


「夜も更けてまいりました……。カモっち何でも情報局のお時間でございます……」

「……って、やっぱり俺に暗いのは似合わねぇな! んあ? 夜は白レンのお部屋じゃねぇのかって?」

「フ――――……白レンの姉さんが先に寝ちまったから、俺っちに仕事が回ってきたんだよ! 俺も眠いのによぉ……」

「……それはさておき、今回は……月姫勢におけるロリ一号! なのにホントは八百歳以上!! レンの姐さんよぉーっっっ!!!」

○レン(9月9日生まれ、身長132p、体重33s、B63 W48 H61)
 猫の死骸に少女の死霊を降ろして作られた夢魔で、心象世界は真夏の雪原。
 八百年前、アルクェイド・ブリュンスタッドが初代アインナッシュを倒したときに協力を頼んだ魔術師が作り、協力の代償にアルクェイドが預かっていた。
 とても長い期間生きており、すでに魔として独立できるほどの実力を持っているんだが、依然として使い魔のままでいる。
 しかし、そのために生半可な魔術師と契約すると逆に魔術師を食ってしまう。……その点から考えると、志貴のダンナの魔力は結構なモンって訳だ。

 受肉した自然霊のアルクェイドとは契約できずに死にかけていたが、歌月十夜では遠野志貴と契約する。
 MELTY BLOODでは志貴のダンナと契約こそしていないが、かなり親しいようだぜ。
 MELTY BLOODではアルクェイドを契約上の主人、志貴のダンナを自分が選んであげた主人と区別しており、普段は黒猫の姿でアルクェイドのそばにいる。住処は遠野の屋敷と、アルクェイドの部屋。
 ちなみにこの『朧月』でのレンは、歌月十夜で血による契約をし、志貴のダンナの使い魔になっている。

 普段は黒猫の姿だが人間の形をとることもできる。そのときの姿は黒い服を着た10歳くらいの少女。
 ちょっと甘さ控えめなケーキが大好物。風呂嫌いだが温泉は別。
 滅多に喋ることはないが、発声器官はあるし人語を理解してもいる。言葉を持っていないのではなく、使わないだけ。
 喋らないので性格をつかみにくいが、基本的に一人で静かに過ごすタイプ。その中に猫特有の気位の高さと移り気、唐突に甘えてくる突拍子の無さをもっている。
 動物的ではあるが、もとが少女の魂なのでちゃんと物事を考えている。


「八百年以上生きてるってことは、エヴァンジェリン以上の可能性もあるってことなんだよなぁ……」

「下手すっと両作品合わせても最年長かも知れねーな……ぎゅぶるっっっ?!! な、何しやがるんでい?! って……レンの姐さんーーーっっっ?!!」

「あ、ちょ、やめてマジやめて悪夢は勘弁しt…………」





「いやー! やめてー!! 男物のふんどしに埋もれて死ぬなんていやああああああああああ!!?」


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