Act4-4


【のどか】


「ん……、あれ……私、昨夜……?」

 目を覚ましてすぐに、昨夜布団に入るまでの記憶が無いことに気付いた。
 私は上半身を起こして部屋の中に視線をやり――――それで、ようやく何があったのか思い出す。
 確か学校から戻って夕ご飯を食べ終えて食器を片付けた直後、ハルナに原稿を渡されたのだ。
 そして、その描かれていた内容を見てすぐに気を失って、朝までそのまま……ということなのだろう。
 部屋の中には原稿と栄養ドリンクの瓶が多々転がり、更に死屍累々の状態となっていた……。

「は、ハルナ、晶さん、ゆえー……だ、大丈夫?」


「うう……こ、この調子なら――――終わらせることができるわ……! 同人作家に……栄光あれ――――!! ……ガクッ」

「うふうふふふ……このくらいの修羅場、乗り越えられずして何が同人作家か! あ――――やっぱ、ダメ、かも……ガクッ」


 ハルナと晶さんは私が声をかけると、一瞬顔を上げて何か呻いた後、すぐに突っ伏して寝息を立て始めた。
 ゆえは……返事が無い。ただのしかばねのようだ。
 私は三人に毛布をかけてやり、洗面所へと向かう。
 冷たい水で顔を洗って目を覚ました後、ふと鏡に映った自分の顔を何となく見つめる。
 すると――――


『クスッ……』


「……ふぇ?」

 どこからともなく笑い声が聞こえ、鏡の中にいる自分の顔が笑ったように見えた。
 けれどすぐにその笑みは消え、鏡には目を丸くして驚いた自分の顔が映っている。
 自分の顔を触ってみたり、鏡を触ってみたりしたけれど、どこにも異変は見当たらない。

 幻覚と幻聴をほぼ同時に体験するというのも、随分とおかしな話だと思う。
 もしかしたら――――三日前の夜から始まった、町の異変に関係していることかもしれない。
 魔法に関係した事件だとすれば、ネギ先生達が動いているはず……。


 ……とにかく、私一人でどうにかできるとは思えないので、一先ずネギ先生に相談してみることにしたのでした。




〜朧月〜




【愛衣】


 時刻は午前八時。
 今からホテルを出て電車で向かうとすると、九時までに学園に着くのは少し難しいと思われる時間……なのだが、昨夜シオンさん達に高畑先生から電話があり、八時頃に高畑先生が車で迎えに来てくれるらしい。
 事情を知らないお姉様が心配するかもしれないので、お姉様の携帯にシオンさん達と一緒に高畑先生の車で学園へ向かう旨のメールを送っておいた。
 ホテルのロビーで寛いでいると、ふと志貴さんのことを思い出したので何気なくシオンさん達に聞いてみる。


「あの……志貴さんの――――あの『眼』って何なんですか?」


 ……訊ねてから少し遅れて、自分で随分と直球なことを聞いたものだと思った。
 シオンさんの目が鋭さを増し、さつきさんも緊張した面持ちになっている。

「いえ、あのっ……随分と強力な魔眼殺しを使っているんだなーって、思っ……て……」

――――誤爆。
 誤魔化そうとして、更に悪化させてしまった!?
 と、次の瞬間、シオンさんを中心とした空気が明らかに変質する。


「――――愛衣。志貴の眼について調べるのは止めて欲しい。それはせっかく築き上げた我々の信頼を突き崩す行為に他ならない」


 ゾクリ、と自分の体が震えるのがわかった。
 そして――――自分が今、シオンさんに思考を読まれているということも。
 殺気を纏わせたシオンさんの瞳が向けられている間、私は微動だに出来ずに固まる。
 この距離にいる時点で、既に私はシオンさんの射程範囲に入っていたのだ。
 あのシオンさんの持つエーテライトは、挿した相手から情報を引き出すだけではなく、記憶の操作なども可能と聞いている。
 記憶を消される……そう思い身を固くするが、意外なことにシオンさんは私に何もせずに殺気を消して、元の冷静な表情に戻っていた。


「やあ、待たせたかな?」


 それとほぼ同時に、ホテルの入り口から高畑先生の柔らかな声が聞こえた。
 ホッと胸を撫で下ろしつつ、シオンさん達を横目で盗み見る。
 変わらず冷静に高畑先生と話しているシオンさんと、不安そうな表情で私とシオンさんへ交互に視線をやるさつきさん。

「さ、そろそろ向かわないと時間に遅れてしまうかもしれない」

「ええ、わかりました。……さつき、愛衣、行きましょう」

 そう言ってこちらを向いたシオンさんはいつもどおりだったけれど――――さっきのシオンさんの威圧は、本当に怖かった。
 思えば、シオンさんは戦っている時も常に冷静で、殺気を放つようなことはしていない。
 なのに、志貴さんの『眼』について聞いたら、明確なまでの殺気を私に向けて放ってきた。
 シオンさんにそうまでさせる、志貴さんの『眼』って一体……?



 高畑先生の隣にシオンさん、後ろの席に私とさつきさんが座る。
 麻帆良学園へ向けて高畑先生の車が走り出し、何度目かの信号で止まった時、それまで無言だった高畑先生が口を開いた。

「……ロビーで愛衣君と何を話していたんだい、シオン君? あまりいい雰囲気ではなかったようだけれど」

 ドキリ、と胸が跳ね上がる。
 シオンさんは高畑先生が入ってくる前に殺気を消していたはずなのに、高畑先生にはそれがわかっていた。
 もしここで仲違いすることになったら、それはきっと私のせいだ。
 どうしたらいいのかわからず、あわあわと慌てふためく私をよそに、シオンさんが口を開く。
 隣でさつきさんも、私と同じように右へ左へあわあわと慌てている。


「なに、愛衣が志貴に興味を持ったようなので、少々警告しておいただけのことです」


「――――ふぇ?」

 シオンさんの意外な言葉に、私は目を丸くさせて固まる。
 高畑先生はその返答に苦笑を浮かべ、さつきさんと私はほぼ同時に安堵の息を吐いた。

「ああ、そうだ。志貴君なんだが……どうやら彼も学園長に会いに来るらしいから、合流することになるかもしれない」

「っ!? ……何故、志貴が学園長に会うことに――――」


「っきゃああああああああ!? お、おおおお下ろしてー! 下ろしてー!! そんな心の準備も無しに突然遠野君に会ったら、私爆死しちゃうーっっっ!!!」


 ……私のすぐ隣から突然、紙どころか雑巾すら容易く破けてしまいそうな金切り声が聞こえ、私の鼓膜がしばらくおかしくなる。
 痛む耳を押さえながら隣を見ると――――先程までそこにいたはずのさつきさんの姿は無く、そして車の扉も存在しなくなっていた。


 高畑先生はポカンとした表情を浮かべてさつきさんの消え去ったであろう方向に視線を向け、シオンさんは頭を押さえて深いため息を吐いていた……。





□今日の裏話■


――――ここではない、どこかの空間。
 どこかを見ていたらしい少女は、今しがた見た光景を思い出して妖艶な笑みを浮かべる。

「ふぅん……ネギ先生達もしばらく出かけるみたいね。どうしようかしら……」

 手元にある小瓶を撫でながら、思索気に宙を見上げる。
 その小瓶は――――ヘルマン卿との戦いの際、のどかと夕映がスライム達を封印した小瓶だった。
 少女は小瓶に描かれた紋様……ペンタグラムを指でなぞりながら、懐に抱いた本に目を落とす。

「舞台の役者が足りなくちゃ、楽しい楽しい劇が盛り上がらないものね……。ネギ先生が戻ってくるまで、大人しくしていましょう」


『御機嫌よう、『かたどりしモノ』。――――“ゆめかげん”はいかがかしら?』


「クスッ……とてもいいわ。これから起こることで、あの子の顔が苦痛に歪むのを想像すると――――とても気分がいいの」

 姿を現した白い少女――――白いレンに、少女は妖艶な笑みで返す。

「……そう、ならいいわ。でも、動き始めるのは夜にしておきなさい。夜の闇こそがタタリの舞台なのだから」

「ええ、わかったわ。ところで……あなたはどうするのかしら、白猫さん? 良かったら、見ていかない?」

 警告して立ち去ろうとする白いレンの背中を、少女の声が呼び止める。
 白いレンは顔だけを少女へ向け、妖艶な笑みを浮かべて口を開く。


「――――どうせ失敗する演目を見る気は無いわ。つまらないもの。せいぜい無様に足掻きなさい……宮崎のどか」


 その笑みに似つかわしくない嘲る言葉を残し、白いレンは去っていった。
 少女――――『かたどられた』宮崎のどかは、白いレンが去ってからも惚けたまま固まっている。
 白いレンの放った言葉に惚けたのではない。
 その笑みに見惚れてしまっていたのだ。


 自らの少女めいた妖艶な笑みとは違う、その背筋が凍るかのような冷たさを持ったその妖艶さに惚けていたのだった……。


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