Act4-5

(15禁表現アリ)

【刹那】


 混乱したまま自分の部屋まで戻ってきた私は、心を落ち着かせるために冷たい水で顔を洗う。
 冬も近づきつつある、この時期の水は刺すように冷たい。
 しかし今は、その刺すような冷たさこそが欲しかった。
 動揺した心を鎮めるためと、目を覚ますために。
 洗面器に張った水に映った私の顔は揺れ動き、まるで私の揺れる心を映し出しているかのよう。


――――不覚にも、遠野志貴を『彼』の名で呼びそうになってしまった。


「……何をしているんだ、私は……」

 殺人鬼と化した志貴ちゃんに出逢ってしまったのが、全ての始まり。
 優しかった彼がそんな風になってしまったのが信じられなくて、その原因を探し続けた。
 そして探し当てたのが、遠野志貴。
 七夜を滅ぼした遠野の血を引くその男こそが、志貴ちゃんが殺人鬼になった原因。
――――そう、思っていた。
 けれど、殺人鬼となった志貴ちゃんの口から語られたのは、遠野志貴もまた七夜志貴だということ。
 その遠野志貴は、私の記憶にある志貴ちゃんと変わらぬ優しさを見せる。
 それが私の心を掻き乱す。

 遠野志貴こそが、本物の志貴ちゃんだと信じたい。
 でも、記憶が無いから認めたくない。
 七夜の技は、七夜の血を引く者でなければ不可能。
 しかし、七夜の頃の記憶は無い。
 何故、私のことを覚えていてくれない?

 何故。

 何故。

 何故――――?

 ……そんなくだらない思考がノイズのように繰り返され、頭の中がグチャグチャになる。
 頭を振ってその思考を捨て去り、私服に着替えて夕凪を手に部屋を出た。

「お嬢様の身に危険が迫っているというのに、何をしているんだ、私は……」

 昨日、お嬢様達が京都の時とまったく同じ使い魔達に襲われたと聞いた。
 天ヶ崎千草、そして月詠。
 この二人がこの町に侵入していて、既にお嬢様を攫わんと動き出しているというのに、私は何をしているのか。
 自らを叱りつけながら、お嬢様達の待つ医務室へと急いだのだった……。




〜朧月〜




【ネギ】


「それじゃあ、そろそろ学園に向かいましょう」

「……? えっと……学園って?」

 昨夜倒れた志貴さんの体に異常は見当たらず、志貴さん自身も問題無いということで学園に向かおうと立ち上がる。
 しかし、志貴さんは僕の言葉に目を丸くさせて、きょとんとした表情を浮かべて首を傾げていた。
 ……どうやら、刹那さんは志貴さんに学園へ向かうことについて話していなかったらしい。
 僕の方から手短に説明すると、志貴さんはしばらく考え込むように沈黙した後、頷いてくれた。

「せっちゃん、時々抜けとる時あるからなー」

 このかさんの言葉に苦笑しつつ、医務室から出ようとしたその時――――

「あ……ネギ先生……」

「あ、のどかさん。どうかしたんですか?」

「あれ……? 一昨日、アキラちゃん達と一緒にいた……えっと、確か――――のどかちゃん、だったっけ?」

 僕の後に続いて出てきた志貴さんが、のどかさんの姿に気付く。
 どうやら志貴さんとのどかさんは以前会った事があるらしく、のどかさんの方はちょっと驚きながら、志貴さんに対して小さく頭を下げている。
 のどかさんは何か僕に言いたい事があるようだったが、志貴さんの方をちらちらと見ながら言い難そうにしていた。
 僕が志貴さんを見上げると、志貴さんもそれに気付いていたらしく、小さく頷いてのどかさんに話しかける。

「……俺がいて話しづらいことなら、先に外に出ていようか?」

「あ……えっと、その……ついさっき、事件に関係してるかもしれないことがあって、それでネギ先生に……」

 志貴さんが優しく問いかけると、恐縮したようにのどかさんが小声で呟く。
 どうやら何か事件に関係したことを知っているみたいだけれど、そろそろ学園の方に向かわないと間に合わない時間だ。
 どうするべきか考え込んでいたところへ突然肩を叩かれ、その相手を見上げる。
 そこには――――つい先程レンさんに起こされた高音さんが立っていた。

「ネギ先生、今は時間がありません。重要なお話でしたら、学園に一緒に来ていただいてはいかがですか?」

「あ……はい、わかりました、高音さん。のどかさん、これから僕ら学園に向かうんですが……一緒に来てもらってもいいですか?」

「は、はい、わかりました」

 アスナさん、このかさん、のどかさん、高音さん、志貴さん、僕……と、後から来た刹那さんを加え、一同揃って駅へと向かう。
 何故か刹那さんは修学旅行以前のように、僕らからちょっと距離を置いてついて来ていた。



「――――えっと、のどかさん。そろそろ聞かせてもらってもいいですか?」

 駅に着くと同時に到着した電車に飛び乗り、一息ついた後にのどかさんに話しかけた。
 のどかさんは志貴さんが気になるらしく、ちらちらと志貴さんを見ては困ったように僕の方を見てくる。

「(アニキ、もしかすっと志貴って奴が魔法に関係してるかわかんねーから困ってるんじゃねぇか?)」

「あ……そっか」

 初めはどうしたのかと思ったが、カモ君に言われてのどかさんが志貴さんが魔法に関係している人かどうかわからず、話していいものかどうか困っているのだと気付く。
 志貴さんも魔法に関係している人であることを掻い摘んで説明すると、のどかさんは戸惑いながらも少しずつ話し始めてくれた。

「その、大したことでは無いとは思うんですけど――――」

 のどかさんの話によると、今朝、女性の笑う声が聞こえ、鏡に映ったのどかさんの顔が哂っていたらしい。
 ほんの一瞬のことだったというので気のせいかもしれないとも思ったが、一昨日の夜のこともあるので知らせに来てくれたのだそうだ。
 普通ならば大したことではないとも思えるが、今のこの町の状態でその話が本当だとすれば、何者かが寮内に忍び込んでいる可能性が出てくる。

「……ネギ君。シオン――――俺の友人から以前聞いたんだが、タタリの残滓はどこの学校にもよくある、怪談みたいな些細なモノに宿る可能性も少なからずあるらしい」

「つまり……寮にある怪談話か何かが実体を持ったモノかもしれない、ということですか?」

「いや、まあ……飽く迄可能性の一つとして、だよ。可能性としてなら寧ろ、寮にいる誰かの不安や恐怖が具現化した、という方が充分有り得そうだとは思うんだけどね……。ただ――――タタリに関しては、些細なことであっても気に留めておいた方がいい」

 のどかさんの話を聞いてしばらく考え込んでいると、志貴さんが突然タタリについて話してきた。
 それはタカミチの話にも無かった内容で、志貴さんは寮にいる『何か』を知っているのかもしれないと思い、尋ねてみる。
 返ってきたのは歯切れの悪い答えだったけれど、それでものどかさんの話に何か思うところがあったらしく、その表情は真剣なものだ。
 ……ふと思ったのだが、志貴さんはパッと見は普通の一般人でしかない。
 のんびりとした穏やかな人に見えるけれど――――タタリについて知っていたり、『気』も『魔法』も使わずにあのヘルマンさんを倒したりと、志貴さんには不思議な点が多い。

 不思議といえば――――魔法使いでもこの町の人でもないというのに、志貴さんは何故この事件に関わっているのだろう?
 刹那さんから聞いた話では退魔師の血を引いているらしいけれど……そもそも、志貴さんにその記憶は無いはず。
 報酬も無く、何かを得られる訳でも無いというのに、タタリの事件を解決しようとしている。


 それはまるで――――『立派な魔法使いマギステル・マギ』のような在り方ではないだろうか。





□今日のNG■(15禁って胸キュン?)


「ん……ふぁ……」

「高音さん、おはようございますー」

 起きたらしい高音さんに、このかちゃんが挨拶をする。
 高音さんを起こしてくれたレンは、既に散歩に出かけたらしく姿が見えない。
 自分がどこにいるのかわからないのか、高音さんは横になったままぼうっとした目で辺りを見回す。
 俺も挨拶しておこうと思って近づいたのとほぼ同時に、高音さんがゆっくりと上半身を起こした。
 その瞬間――――


――――柔らかそうな大きな肉まんが二つ。俺の視界の中でたゆん、と揺れた。


 固まる。

 固まる。

 時間が固まる。

 空間が固まる。

 ひたすら固まる。

 毛布で隠されている箇所以外……つまり肩から腰の辺りまで、高音さんの綺麗な肌色が覗いている。
 一言で言ってしまえば、素っ裸な訳だ。
 ……アルクェイドといい勝負かもーとか、いい形してるなーとか、そういった思考が頭の中を駆け抜けていく。
 固まっている俺達を寝惚け眼で見回した高音さんは、不思議そうに視線を自らの体へと落とし――――そして、自らも固まった。
 次いでワナワナと震え出した高音さんは、毛布で体を隠しながらゆっくりと真っ赤に染まったその顔を上げる。
 涙すら浮かべたその視線は、真っ直ぐ俺を睨んでいた。
 ……何故、俺?

「……ケダモノ」

 高音さんは耳まで真っ赤に染めながら、恨めしそうにそう呟く。
――――瞬間、俺に視線が集まった。
 特に俺の背後にいたアスナちゃんからは、殺気めいたものを感じる。

 おーけー。
 俺の運気は今日も最悪だ。
 いや、いつでも最悪だ、の間違いか。
 ……でも、一応弁解だけはさせてね?

「み、身に覚えがありませ――――」

「弁解の余地無しよっっっ!!!」

 有無を言わさず、本日二度目のアスナちゃんのハリセン乱舞。
 一度目よりも更に強烈でした。


――――後日。必死の弁明と愛衣とレンの証言により、志貴は見事無罪判決を勝ち取ったが、それはまた別のお話である。


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