【愛衣】
シオンさんと志貴さんを連れた私達は、学園長室の前に辿り着く。 高畑先生は視線だけでシオンさんと志貴さんを確認すると、ゆっくりと学園長室の扉を開いていった。 学園長室の中では、既に魔法先生や魔法生徒達が集まっていて、後から入ってきた私達に視線が集中する。 私達は学園長の座っている席の向かいに、志貴さんとシオンさんを中心にして横に並ぶ。 シオンさんの横に高畑先生、お姉様、私の順に。 志貴さんの横にはネギ先生、刹那さん、このかさん、アスナさん、のどかさんの順にそれぞれ並んだ。
「あ……ガンドルフィーニ先生……」
ふと魔法先生の中に、貴族風の男――――シオンさんの言っていたズェピアという人と戦い、重傷を負って入院していたはずのガンドルフィーニ先生の姿を見つける。 まだ包帯の巻かれている箇所も見えるけれど、とりあえず元気そうだったので安堵の息を吐く。 ネギ先生もガンドルフィーニ先生の姿を見つけたらしく、その元気そうな姿にホッとしたような顔を見せていた。
「ふむ、ご苦労じゃったの。……彼らが件の協力者達なのかね、タカミチ?」
学園長先生は最初はシオンさんに、次いで志貴さん、そして最後に高畑先生へと視線を移して尋ねる。 ……もう一人いるはずだったんですけど、ね……。 既にさつきさんのことを話してあったお姉様と目が合い、ほぼ同時に深いため息をつく。
「ええ、まあ……もう一人いたのですが、諸事情でこちらには来れなくなったらしいです」
「――――初めまして。魔術協会三大部門、アトラス院所属のシオン・エルトナム・アトラシアと申します。タタリについての情報を得たいというそちら側の申し出を受けて来ました」
「ふむ……『アトラシア』を名乗るということは、アトラス院次期院長候補殿ということか。これは失礼したの。ワシは関東魔法協会理事兼、ここ麻帆良学園学園長を務めておる、近衛近右衛門じゃ。付け加えるなら、そこにいるこのかの祖父でもある」
シオンさんが視線だけをこのかさんに向けると、丁度目が合ったのか、このかさんが笑顔で頭を下げる。 それに小さく会釈を返しただけで特に大した反応もせず、シオンさんはすぐに学園長先生へと視線を戻す。 周囲からの視線を気にせずに堂々としたシオンさんと違って、志貴さんは魔法先生や魔法生徒達に視線を巡らせていた。 そして最後に学園長先生――――の頭へと視線が向かい、訝しげな表情を浮かべる。 ……まあ、初めて見る人はやっぱりそういう反応をすると思う。 が、突然のシオンさんの咳払いにビクッとした志貴さんはシオンさんに睨まれて、視線のやり場に困った末に窓の外へと目を向けた。
「そちらの彼は――――」
「彼は遠野志貴。私は友人である遠野秋葉の頼みで、彼を連れ戻しにこの町に来ました」
学園長先生の視線が志貴さんへと向けられるが、志貴さんが名乗るよりも先にシオンさんが簡単に説明してしまった。 シオンさんの説明に構わず、学園長先生は目を細めながらしばらく志貴さんを見ていたが、やがてシオンさんへと視線を戻す。
「では、そのタタリとやらについて……聞かせてもらえるかの?」
〜朧月〜
【ネギ】
「さて――――どこから話せば良いのかわかりませんので……まずはどこまで知っているかお聞かせ願いたい」
「ふむ……タカミチから聞いているのは、今回の事件が二十七祖十三位『タタリ』によるものであり、ここ数日の間、夜になると展開されている結界がそのタタリによるもので、その結界の効力が、人の持つ『不安』、『恐怖』を具現化するものであること。――――ここまでは合っているかの?」
シオンさんの言葉に、学園長は昨日タカミチが語ったことを思い出しながら答えていく。 学園長は途中まで語って一旦言葉を止め、それまで語ったことが正しいかどうか確かめるようにシオンさんへと視線を向けた。 視線を向けられたシオンさんは小さく頷き、先を促すように視線を返す。
「しかし、この『タタリ』は今年の夏……三咲町で倒されておるらしいの? 今回この町で起きているのは、その倒したタタリの残滓がこの町に流れ着き、レンという名の少女を模ってその力を行使している――――タカミチが皆の前で話したのはこれくらいじゃの」
「……そうですね、大まかに言うならば今の説明が全てです。まあ、あなた自身でも多少は調べているのでしょうが」
「うむ……ワシ個人でも調べてみたが、何でもこのタタリという男――――元の名をズェピア・エルトナム・オベローンというとか。君の名乗るエルトナム家の祖先、という訳じゃが……まあそんなことはどうでもよい。何でもこの男、死徒二十七祖九位『死徒の姫君』アルトルージュ・ブリュンスタッドと契約し、そのタタリたる力を得るに至ったらしいの」
ズェピアという名が出た瞬間、シオンさんの顔が一瞬憎しみに歪む。 が、すぐに元の冷静な表情に戻り、学園長を見据えながら口を開いた。
「ええ、あなたが今まで語ったことに間違いは無い。そうですね……それでは、今までの話に補足するような形で話して――――」
「いや、こちらから一つ質問させていただきたい。……君達は、どうやってタタリを倒したのかね?」
学園長に遮られるように問いかけられ、シオンさんは少し不満気な顔を見せる。 しかしそれも一瞬のことで、考え込むように少し間を置いてから、シオンさんが口を開く。 その時――――
(ガチャリ)
「……あれ、ココネちゃん?」
扉が開く音と志貴さんの声に、皆の視線がココネさんへと集中する。 ココネさんは無表情に学園長室の中に視線を巡らせ、最後に志貴さんに視線を合わせ小さく微笑む。 志貴さんも小さく微笑み返すと、ココネさんはてくてくと志貴さんの方へと近づいていく。 シスター・シャークティは小さくため息を吐いてから、志貴さんへと向かうココネさんの首根っこを掴んで引っ張っていった。 話そうとしてまたも遮られる形になったシオンさんは、不満そうな顔で何故か志貴さんを睨んでいる。 学園長は椅子の背もたれに背を預け、シオンさんへと話しかけた。
「タカミチの報告では、君はタタリを倒すための術を知っているそうじゃが?」
「――――確かに、私はその術を知っています。しかし……前回は真祖の姫君の力を借りて、どうにか倒すに至った。今回が前回と同じという保証はできませんが、仮にそうだったとして――――あなた達の中に真祖の姫君と同じ『力』を持つ者がいるとでも?」
『真祖の姫君』という単語に、魔法先生や魔法生徒達が動揺したようにざわめく。 その存在は、僕達魔法使いや魔術師といった裏に関わる者にとって、触れてはならない一級の禁忌であると聞く。 僕も噂程度にしか聞いていないけれど、『白い吸血姫にはかかわるな』と言われるほどの存在であり、畏怖の対象とされていた。 勿論アスナさんやこのかさん達が真祖の姫君という存在を知るはずもなく、皆がざわついている様子を不思議そうな目で見ている。 だが、タカミチが報告していたのか、学園長は既に知っていたらしく、冷静な表情のままシオンさんへ視線を向けていた。
「フン……私ではタタリを倒せないとでも言うつもりか、アトラスの錬金術師」
突然聞こえた声に咄嗟に振り向くと、学園長室の扉が開いていてマスターが不機嫌そうな顔で立っていた。 マスターの後ろにいた茶々丸さんは僕の視線に気付き、深く一礼している。 それに返すように僕も頭を下げると、マスターはつかつかとこちらに近づいてきて志貴さんと僕の間に立つ。
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル……『闇の福音』、ですか。あなたならば、タタリを退けることはできるでしょう。しかし……それでは根本的な解決に至らない。今問題なのは――――『力』ではなく、『能力』です」
シオンさんの言葉に、マスターが訝しげに目を細める。 一度躊躇うような顔を見せた後、意を決したようにシオンさんが口を開いた。
「……タタリが死徒の姫君と交わした契約の内容とは、『千年後の紅い月の時まで現象として存在できる』というものであり、私が真祖の姫君に要請したその『能力』とは、即ち――――」
――――――――『空想具現化』。
「……なるほどのう……つまり、『空想具現化』によって真祖の姫君が千年後の紅い月を呼び出し、その契約内容を強制的に終結 させて倒した……という訳じゃな?」
学園長の言葉にシオンさんは深く頷き、肯定する。 疲れたように大きく息を吐き出しながら、学園長は椅子に深く腰を下ろして目を閉じた。 完全に納得した訳ではなさそうだが、それ以上問うつもりは無いらしい。
契約によって得た力によって倒せないのであれば、その契約を強制的に終わらせてしまえばいい。 シオンさんの語った『タタリ』を倒したという方法は、確かに論理に適っている。 けれど、僕はその方法に何か引っかかりを覚えた。 その方法を可能とするためには、大きな壁が存在しているような気がしてならない。 そう……あるとすれば――――
「待て、アトラス。――――半吸血鬼である貴様が、何故真祖の姫君の協力を得られた?」
――――真祖の姫君から協力を得ることは、不可能に近いということ。
☆
□今日のNG■
――――遠野志貴は、困惑していた。
その原因は、志貴の前にいる生物だった。 魔法使いだの、魔術師だのという非日常にはそれなりに慣れたつもりである。 しかし、その生物は頭が後ろに伸びており、耳たぶが顎くらいの長さまで伸びている。 妖怪と言ってくれた方が余程納得できるというものだ。
耳たぶを長く伸ばすことのできる奇人は、琥珀さんの部屋にあるテレビで見たことがあるからまだわからないでもない。 だが……あの頭は何なんだ? あの後ろ頭の先まで脂肪が詰まっているということは恐らく無いだろう。 ということは、頭蓋骨が変形しているのだろうか? 脳味噌は変形していたりするのか? 背もたれが高い座席に座る時はどうするんだ? 疑問が次から次へと頭に浮かぶ。
「ゴホン!」
すぐ隣から聞こえた咳払いに、体がビクッと小さく飛び跳ねる。 見れば、シオンが怒ったような顔で睨んでいた。 確かに、初見の相手に対して失礼だったかもしれない。
――――今度機会があったら、『直死』であの頭がどうなっているのか視てみたい。 遠野志貴は好奇心から、ちょっぴり本気でそんなことを思っていた。 |