【学園長】
刹那とこのかが去った後、散会となり皆学園長室から去っていく。 しかし、一人の魔法先生がその場に残っていた。
「学園長、何故彼をこの町に残すことを許可したのですか……!」
首から吊るした包帯で動かぬ右腕を支えた色黒の男性――――ガンドルフィーニが、学園長へと詰め寄る。 遠野志貴を麻帆良の町に滞在させることを許可したことに関して、彼は反対していた。 『魔法』も『気』も扱えない、七夜という人とは少し違った一族というだけで、志貴は彼ら魔法使いからすれば力を持たない、ただの一般人に過ぎない存在。 だが、遠野志貴の語った言葉が『偉大な魔法使い』のそれに通じるものであることは、彼も認めていた。
「……彼の言葉を信じてみようと思ったからじゃよ」
「ですが……! 彼には私達のような力はありません!」
魔法使いや神鳴流剣士達は、個人の力による差こそあれ、『魔法』や『気』によって守られている。 故に敵の魔法や斬撃が直撃して傷を負うことはあっても、そう簡単に死ぬようなことはない。 だが、遠野志貴は何も守りとなるようなものを備えていない。 そんな状態で魔法を喰らったりすれば――――どうなるかは目に見えている。
「なら――――これからを見ていけばいい。推測に過ぎんが……恐らく、彼も前回のタタリ事件に関わって生還した存在。すなわち、彼にはそれを生き抜くだけの『力』があるということじゃ」
学園長はガンドルフィーニを見据え、言葉を続ける。 その視線の鋭さに、ガンドルフィーニは心の内を震わせた。
「彼がその『力』をどう使うか……正しく使うか、否か。それを見極めねばならん。……下手をすると、彼の『力』が無ければ事件の解決は成し得ないかも知れんしの」
「――――そのための監視……という訳ですか」
「(まあ……個人的に、蒼崎謹製の魔眼殺しで抑えられている彼の『眼』を知りたい、というのもあるがの)」
「は? 何か仰られましたか?」
「ああ、いや、何でもない。それじゃ、そろそろ昼にす……ることもできんようじゃの」
座っていた椅子から腰を上げかけたその時、学園長は顔を顰めながら辺りに視線を向ける。 学園に張られた結界内に、『異物』が現れたことを察知したのだ。 その結界の主である学園長はそれを察知し、その場所を詳しく知ることができる。 そのはずだったのだが――――
「これがタタリ、か……。夜でもないというのに、学園に張られた結界を侵蝕し、こうまで探り難くできるとはのう」
異物の侵入には反応したものの、その存在が今どこにいるのかまで特定することは不可能となっていた。 即座に椅子に座り直して電話に手を伸ばし、先程までこの部屋にいた魔法使い達と連絡を取ろうとするが、その尽くに繋がらず、決まったアナウンスしか聞こえてこない。 電波すら閉ざしたタタリの力に眉を顰めながら、諦めずに何度も電話をかけていく。 そしてかけ直すこと数十回、ようやく一つの携帯に繋がる。 その携帯の持ち主の名を見て、学園長は小さく笑みを浮かべた。
「ほ――――刹那君、か。彼女ならば何とかしてくれるじゃろ」
『学園長先生、どうかし……たか!?』
数コール後に繋がると同時に、刹那の勇ましい声が聞こえてきた。 しかし、やはり電波の状態は悪いのか、時折ノイズが混じる。 電波を遮断しているタタリに何があったか知らないが、いつ電波を完全に遮断されこの電話が切れてしまうかもわからないのだから、早急に伝えるべきだろう。
「おお、刹那君。――――いきなりでスマンが、頼まれてはくれんかの?」
『手短に……いします。どうやら、こちらでも何か起きた……ですので』
「どうやら、学園内に『魔』が蔓延っているようじゃ。……刹那君、このかを頼むぞい」
繋がった先では、どうやら既に何らかの異変が見られたのか、刹那の声には焦りが見られる。 言い終えてすぐに電波が途切れたのか、切れてしまった。 時間は無かったが、伝えたいことは伝えられたのでそれでよしとする。 部屋の中にガンドルフィーニの姿は無いところを見ると、既に事態の解決に向かったのだろう。 それに今の学園内には、他にも魔法先生や魔法生徒達がいるはず。 出てきたものが余程のもので無い限り、そう時間もかけずに解決するだろう。
「ふぅむ……もしもの時のために、ワシも少しは動かんといかんかのう……? 年寄りに苦労させるモンではないぞ、白いレンとやら」
椅子の背もたれに深く背を預け、見えぬ相手に深いため息を吐いたのだった……。
〜朧月〜
【ネギ】
「ネギ先生っ! 良かった、ご無事でしたか」
「このかさん、刹那さん、大丈夫ですか!?」
動く人体模型を倒した直後、このかさんと刹那さんと合流できた。 このかさんは刹那さんと一緒だから大丈夫だと安心してはいたけれど、敵は油断のならない相手。 刹那さんを信頼していない訳ではないが、やはり不安になってしまう。
「何か凄かったみたいやな、アスナ」
「そうなのよ、リアル人体模型が襲ってきてさあ……」
「き、気持ち悪かったです……」
合流できてホッとしたのか、皆笑顔を見せている。 ふとその中に志貴さんの姿が無いことに気付いて視線を巡らすと、人体模型の残骸が転がった所で何か考え込んでいるようだった。
「志貴さん、どうかしたんですか?」
「……なあ、ネギ君。この学園に限らないんだが……怪談話っていうと、どんなのを想像する?」
問いかけられ、答えに窮する。 僕は怪談話にはあまり興味は無かったし、日本の学校にあるような怪談話には詳しくない。 問いかけた志貴さん自身もそれを察したのか、苦笑しながら謝っていた。 それでもウェールズの魔法学校時代や、この学園で何か聞いたかもしれないと思い、思い出してみる。 しかし特に思い出せるほどのものは無く、僕達に気付いて近づいてきたらしいアスナさんに聞いてみた。
「どうしたの、ネギ、志貴さん?」
「アスナさん、学校に関わる怪談話って何か知ってますか?」
「ん? んー……怪談話って言っても……。この動く人体模型とか、勝手に鳴る音楽室のピアノとか……」
アスナさんも特に詳しい訳ではないらしく、難しい顔で考えながら呟く。 しかしこんなことを聞くということは、志貴さんもこの学園のモノかどうかは知らないが、どうやら学校に関係した怪談話がタタリによって実物のものとなって動いていると思っているようだ。 こんな時に朝倉さんか誰か噂に詳しい人がいれば、わかるかもしれないのに……。
ん……朝倉さん……? そういえば、朝倉さんの周りに何か関係するようなものがあったような……。
「あ……レンちゃんやー!」
突然聞こえた声に振り向くと、このかさんが廊下の窓に何かを見つけたらしく、ふらふらと歩いている姿が見えた。 そしてこのかさんの背後の壁に突然現れた――――大鏡。 その反対側、つまりこのかさんの目の前にも、同じように大鏡が姿を現す。 突然現れた二枚の大鏡の存在の意図を図りかねて、首を傾げる。 どちらとも魔力を帯びているので、何かしら意味があるはずなのだが……。
「合わせ……鏡?」
志貴さんの呟いた言葉に、僕もようやく気付いた。
「……っ! このかさんっ!!」
――――合わせ鏡。 鏡と鏡を向かい合わせることで、鏡面には無限に続く世界が映し出される現象。 鏡は魔法の儀式等にも用いられることはあるが、これがタタリによって生じたものとなると、いい方向には解釈できない。 咄嗟に走り出すが、目の前に現れた大鏡に首を傾げるこのかさんの背後の大鏡から、既に蒼白い腕がこのかさん目がけて伸びている。 恐らく、学園に蔓延るタタリの一つだろう。
「お嬢様っっっ!!!」
「ひゃあっ?!」
鏡面から伸びる蒼白い手がこのかさんに届く直前、寸でのところで刹那さんがこのかさんを突き飛ばした。 そして鏡面から伸びた蒼白い腕が、このかさんの代わりに刹那さんの首を掴む。 刹那さんは即座に刀を抜き放つが、その腕は新たに現れた蒼白い腕に掴まれ、更に次から次へと現れた蒼白い腕に全身を拘束されてしまった。
「ぐっ……く、この……!!」
「せっちゃんっ!!」「刹那さんっ!!」
「刹那さん! 今助けますから……!」
身動きの取れない状態で、刹那さんの体が少しずつ鏡の方へと引きずられていく。 拘束されている刹那さんも必死で抵抗しているが、蒼白い腕の力の方が勝っているのか、刹那さんの体は徐々に鏡へと近づいていた。 アスナさん達と一緒に、刹那さんを助けようと魔法やアーティファクトで蒼白い腕の群れを破壊していくが、刹那さんを拘束する腕を破壊しても、次から次へと鏡面の中から新しい腕が現れてきりが無い。
「逃げ、てください。このままじゃ……皆さんも、引きずり込まれてしまいます」
「バカ!! 刹那さんを見殺しになんてできないわよっ!! ああもうっ、この鏡何とかなんないの?!」
「っ、そうか! もう一方の鏡!!」
僕は刹那さんを引きずり込もうとする大鏡の向かい側にある、もう一枚の大鏡に視線を向ける。 鏡による魔法や呪術といったものは、大抵その主体となる鏡を破壊してしまえば効果を失う。 ならば、この合わせ鏡によって生じているものも、どちらか一方の鏡を破壊してしまえば消えるはず。 無詠唱の魔法の射手を一本大鏡に向けて放つ……が、魔法の射手は鏡面で弾かれ跳ね返ってきて、僕の障壁に当たって霧散する。
「魔法の反射……!?」
「ネギっ! ソレ壊すんだったら任せてっ!!」
魔法を反射されて僕が戸惑っている一瞬に、アスナさんが大剣を振りかぶって大鏡へと振り下ろす。 アスナさんのアーティファクトなら、確かに魔法反射すら無効化して攻撃できるはず。 振り下ろされたアスナさんの大剣が大鏡の鏡面を直撃し、大きな音と共に砕け散る。 それと同時に鏡面から姿を現していた蒼白い腕の群れは消えて、刹那さんはようやく解放された。
「大丈夫ですか、刹那さ――――」
「く……っ!」
「志貴さんっ?!」
廊下に倒れ込んだ刹那さんの下へ駆け寄ろうとしたその時、僕らの方へ志貴さんが吹き飛ばされてきた。 刹那さんをアスナさん達に任せ、僕は志貴さんに駆け寄る。 手を貸して立ち上がる瞬間、志貴さんが耳元で小さく囁いてきた。
「(レンを、捕まえる。手を貸してくれ)」
志貴さんの視線を辿ると、そこには僕と同じくらいの白い女の子が立っていた。 恐らく、あれが白いレンさんなのだろう。 僕は一瞬考えてから、同じく志貴さんの耳元で小さく囁き返す。
「(――――わかりました。少し時間を稼いでもらえますか)」
志貴さんは僕の言葉に小さく頷いて立ち上がり、白いレンさんの方へ向き直る。 白いレンさんは、こちら……というよりも、後ろにいる刹那さんの方を憎しみの篭もった目で睨んでいた。 しかし、僕達の視線に気付いた白いレンさんは顔から憎しみを消し、余裕の笑みを顔に浮かべながらスカートの裾を摘んで優雅に礼をしてくる。
「御機嫌よう、皆様方。と――――そちらの御仁は初めましてだったわね。初めまして、ネギ・スプリングフィールド。私の名はレン。今回のパーティの主催者よ」
顔を上げた白いレンさんは、何か企んでいるかのような笑みを浮かべていた……。
☆
□今日の裏話■
――――憎い。
――――あの女が、憎い。
レンは志貴を慕っている。 それは、レンの中でずっと志貴を見てきた私にとっても同じこと。 いや、寧ろ伝えたい言葉を知っているのに、使えずに溜め込んできた私の方が、その想いは強いはずだ。
『好き』
『愛してる』
言葉にしてしまえばこんなに簡単なのに、レンは言葉を使わない。 言葉を使えるのに、伝えようとしない。 私は鏡の中で何も言えずに、ただ見ているだけ。 それが酷くもどかしくて、レンに憎しみの感情すら抱いた。
そんな、ある日。 私は形を持った。 鏡の中にいた私が、『言葉』を持って、『力』を持って、そして『形』を持ったのだ。 タタリの残滓を方向付けて、私という形を作ったのは、『青』の魔法使い。 私を使い魔にするつもりだったようだが――――この女も、志貴に『好き』という感情を持っている。 私を作ってくれたことには感謝するが、私と同じその感情を持っている女に従わされるなんて我慢できない。 だから、私はその女から逃げ出した。
私はこんなにも志貴が好きなのに、志貴は『形』を持った私を見てくれない。 どうすればいい? どうすれば志貴は私を見てくれる?
――――そうだ。 志貴を、私だけのモノにしてしまおう。
埋葬機関の第七位も。 真祖の姫君も。 誰にも手に入れられないように、志貴を殺して私の中に閉じ込めてしまえ。 私と同じ感情を抱いて志貴に近づく女達から、志貴を永遠に奪い去るんだ。 ……まあ、いざ会ってみれば、素直になれずに気取ってしまうのだけれど。
実体を持ってから、私はタタリとしての力を揮いながら、この町で過ごす志貴を見ていた。 そこで、見つけたのだ。 自らの内にある感情を認めない、あの女を。 志貴を見えない鎖で縛り付ける、あの女を。 私は、その女に強い憎しみを抱いた。 レンと同じように、伝える言葉を知っているのに、使わない。 なのに、見えない鎖で志貴を奪い去れなくする。
だから、私はその女を苦しめる。 鏡の世界に引きずり込まれながら、その女が浮かべる苦悶の表情を見て、私は愉悦の笑みを浮かべている―――――――― |