【闇のどか】
――――ネギ達が寮に戻ってきたのを感じて、寮のどこかに身を潜めていた影が動き出す。
「あは、やっとネギ先生が戻ってきた。……何か余計なのもいるみたいだけど――――ま、問題無いか」
影の主……宮崎のどかに似たソレは、ネギの魔力が寮に入るのを感じ取って嬉しそうにその顔を歪ませる。
その笑みは妖しい魅力を漂わせていて、宮崎のどかという少女が浮かべるような笑みではなかった。
妖しい笑みを浮かべた宮崎のどかに似た少女……仮に『闇のどか』とでも言おうか。彼女は手に持った、腹に五芒星(ペンタグラム)の描かれた小瓶に視線を
落とし、更に笑みを深める。
その背後に姿を現した、ネギよりも一回り小さな体をした三つの影。
『それで、どうするんだヨ?』
緑色の髪を両横で二つに結った、気の強そうな瞳の女の子が闇のどかに問いかける。
『目的魔力反応は、寮の一階に集中してマス』
その隣にいた、青い髪を後ろで束ね、何やら耳らしきモノの着いた帽子をかぶった眼鏡の女の子が、小型のノートパソコンらしきものを見ながら続く。
『まあ、前回のこともありますし、多少は警戒されているでしょうケド……』
更に続けて、彼女の身長の倍はありそうなくすんだ金色の髪を床に広げた、無気力そうな瞳の女の子。
緑色の髪の活発そうな少女が『すらむぃ』、青い髪に帽子をかぶった眼鏡っ子が『あめ子』、無気力感全開のくすんだ金色の長髪の少女が『ぷりん』。
彼女らは以前上級悪魔のヘルマンと共にネギ達を襲撃したスライム三人娘で、のどかと夕映によって封魔の壺の中に封印されていたが、闇のどかの手によって
その封印が解かれたのである。
何かの偶然で封印が解かれたら、追っ手が向けられないよう早々に口封じをして立ち去るつもりでいた彼女らだったが、その封印を解いたのは、彼女らを封印
した二人の少女の内の一人によく似た少女だった。
名前は確か……宮崎のどか。消極的で大人しい性格だったはず。
しかし、目の前の少女――――闇のどかは以前とは明らかに何かが違っていて、どこか妖しい魅力を持っており、自分達と同じ『魔』に類する力を感じる。怪
しいとは思ったが、彼女が封魔の壺を手にしている以上、逆らうのはうまくないと判断し、彼女の目的遂行のための駒として動くことを承諾したのだ。
「私はまだ動けそうにないから……そうね、暗くなるまでに誰か一人か二人、人質として捕まえておいてくれるかしら。対象は――――ネギ先生と綾瀬夕映以外
なら誰でもいいわ」
『『『 了解 (ラジャー)』』』
闇のどかの言葉に従い、三人は体を溶かしてどこかへと姿を消していった……。
――――彼女らが再び姿を現したのは、一階の警備員室の天井裏。
穴を開けて覗いてみると、ネギ達はコタツに足を入れながらお茶を飲みつつ寛いでいる。
見渡してみると、以前は見かけなかった黒縁眼鏡の男の姿に気付く。
あめ子が小型ノートパソコンを取り出して調べてみるが、特に遠野志貴についての情報は見当たらない。
『問題ねーなら、隙見てチャッチャと誰か攫っちまおーゼ』
『じゃあ、一人になった瞬間を狙って――――』
気にかけるほどの男ではないという結論に達し、すらむぃとあめ子が動き出そうとして――――ぷりんに止められた。
『……待った。あの黒縁眼鏡の男、私達に気付いてル』
『ステルスは完璧ダゼ? 気付く訳ねーダロ』
『……さっきの頭痛の時、頭を押さえる手で目の辺りを隠しながら私達を探ってタ。……間違いナイ』
ステルスに優れた彼女らの気配は、並大抵のことでは悟られることは無い。
何故彼女らの気配に気付いたのかは謎だったが、その当の本人である遠野志貴は寮内の探索ということで、桜崎刹那と和泉亜子と共に警備員室から出て行っ
た。
スライム三人娘の気配を察知したという遠野志貴はいなくなったが、既にネギ達に何がしかの警告はしてあるだろう。
下手をすると、二手に分かれて狙ってくる可能性も考えられ、彼女らはひとまず身を隠すことにしたのだった。
〜朧月〜
【のどか】
「へぇ……奥の方は和室になってるのか。しかも結構広いなあ……というか、寮全体が大きいからこれくらいは当然なのか?」
ネギ先生が学園長先生から渡された鍵で、寮の警備員室の扉の鍵を開けて中へ入る。
部屋の玄関で靴を脱いで上がり、一旦冷蔵庫の前にスーパーの袋を置く。
先程まで顔を凄い真っ青にさせて震えていた志貴さんだったが、今は何とか調子が戻ったらしく、部屋の中を見て回っている。
道中、申し訳無さそうな顔をした志貴さんからしきりに荷物を持とうか聞かれたけれど、すぐにでも倒れてしまいそうな人に持たせる訳にもいかず、私はその
申し出を何とか断りながらここまで辿り着いたのでした。
「あー……っと、とりあえず皆休もう。ゴメンな、重い物持って疲れただろ?」
「んー、私はそんなに疲れてないかな? それより志貴さんの方こそ、ちゃんと体を休めた方がいいわよ」
アスナさんが和室の戸棚から見つけた急須や茶葉を取り出し、和室の中央に置かれていたコタツの上へ置いていく。
どうやら、旅行に行っている山田さんは早々にコタツを出していったらしい。
最近すっかり寒くなってきていたから、それを見越してコタツを出しておいたのかもしれない。
和室の中央に置かれた結構大きなコタツに電気を入れながら、このかさんが心配そうな顔で志貴さんを見る。
「志貴さん、ホンマに大丈夫なん? さっきの顔、真っ青通り越して真っ白に近かったんよ?」
「ウチ、医務室で何か薬が無いか探してこよか?」
「俺の場合、突発的な貧血で倒れるなんてことはよくあることだから、そんなに気にしなくていいよ。ゴメンね、心配かけちゃって」
志貴さんはしきりに心配するこのかさんと亜子さんに苦笑しながら、コタツに足を入れる。
その隣にレンさんがするりと入り込み、その反対側には少し緊張した風の亜子さんが腰を下ろす。
私達もそれに続くようにコタツに足を入れ、このかさんの淹れてくれたお茶を飲みながら一休み。
秋も終わりに近づき、冬の足音が聞こえ始めそうなこの時期の外の空気は寒くなってきていて、冷たくなった手の平に熱いお茶の入った湯呑みの温かさを感じ
ながらホッと一息吐く。
ネギ先生達と談笑しながらのんびりしていた、その時――――
「痛っ……」
「ちょっと、本当に大丈夫なの、志貴さん?」
突然顔を顰めて頭を押さえた志貴さんに気付いたアスナさんが心配するが、志貴さんは俯いたまま何も答えずに動かない。
二、三秒ほど経ってから、志貴さんはまだこめかみの辺りを押さえたまま一度頭を振って顔を上げた。
顔色はあまり良くなかったが、初めて会った時も同じような顔色だったことを思い出し、ひとまず安心する。
いや、安心するのも問題はあるのだけれど、私のアーティファクトで刹那さんから引き出した情報によると、病弱だったお母さんの体質を受け継いでしまって
いるため、志貴さんは普通の人に比べて体が弱いのだとか。
「――――あ、ああ……大丈夫。ちょっと頭痛がしただけだから。……ところで、一応警備員として雇われたからにはこの寮の中を把握しておきたいんだけ
ど……誰か寮の案内をお願いできるかな?」
「ウチが案内したってもええけど、歓迎会の準備あるからなー」
「……でしたら、私が案内しましょう。アスナさん、ネギ先生、すみませんが、お嬢様をお願いします」
「あ、丁度ウチも部屋に戻るつもりやったから途中までついてくわ」
寮の中を案内して欲しいという志貴さんに、刹那さんと亜子さんが立ち上がり、警備員室を後にする。
三人が出て行った後、このかさんがエプロンを着けながら台所へ立ち、買ってきた食材を調理していく。
ネギ先生とアスナさんと私は、食器を並べたり、このかさんのお手伝いをしたりして、志貴さんの歓迎会の準備を進めていった。
でも、これからタタリの事件が解決するまでの間、志貴さんが女子寮の警備員を務めるのかぁ……。
まだまだ男の人はダメだけど、志貴さんは何だかほんわかしてて悪い人じゃなさそうなので、少しお話するくらいなら大丈夫……かな?
アーティファクトで刹那さんの心を読んだ時も、私の印象通りの優しい人として描かれていた。
そういえば、このかさんの話によると、志貴さんと刹那さんは幼馴染……かもしれないらしい。
学園長室で聞いた『七夜』という単語は志貴さんの元の姓のことで、敵対していた遠野家によって十年近く前に滅ぼされ、志貴さんはその遠野家当主の気紛れ
か何かで養子として引き取られたのだとか。
その一件で死んだものと思っていた志貴さんが、こうして今刹那さんの目の前に姿を現した。
けれど、志貴さんの七夜としての記憶は失われていて、刹那さんのことも覚えていないらしい。
「……のどかちゃん? ちょっと、もしもーし?」
何だか恋愛モノの本にもよくある、運命の再会みたいなお話だった。
行方知れずになった男性と再会したけれど、男性は記憶を失っていて女性のことを覚えていない。
こういった展開のお話は、女性側の心を考えるととても悲しくて苦しいけれど、きっと、最後には男性が記憶を取り戻してハッピーエンドで終わるはず。
いいなあ……私とネギ先生も、そんな風に出逢っていたらロマンチックだったのに……。
「ちょちょちょっと、のどかちゃん! それ以上、その上に積んだらダメーっっっ!!」
「ふぇ? な、何ですか、アスナさ……?」
突然聞こえたアスナさんの大声に驚いてふと前を見ると、うず高く積まれたお皿の塔が私のすぐ目の前でユラユラと揺れていた。
そして自分の今の体勢を確認してみれば、爪先立ちになり、手に持ったお皿をそのお皿の塔の上に載せようとしている。
「えと……お皿の塔が、出来てます」
そのままの体勢でアスナさんの方に顔を向け、何となく報告してみる。
どうやら私はぼうっとしてて、気付かないままにお皿を積み上げていたらしい。
積み上げられたお皿は既に私の身長を超えていて、どうやったらこんなに積み上げられるのか、自分自身でもわからなかった。
でも、爪先立ちで立ってる私がそのままの体勢を維持し続けることは無理な話であって――――
「あ……ゎ、あゎわわわわわ!! たっ、倒れ……!」
「のどかさんっ!!」
前のめりに倒れそうになった私は、思わず持っていたお皿を宙に放り投げて、目の前にあったお皿の塔に咄嗟の判断で抱きつく。
元々グラグラしていたお皿の塔が支えになるはずもなく、横から私という衝撃を喰らって、あっさりと崩れ始める。
倒れそうになって思わず目を閉じたところで、横からネギ先生の声が聞こえた。
ガクン、と何かに自分の体が受け止められたような衝撃を感じ、ゆっくりと目を開けてみる。
まず視界に入ってきたのは、崩れ落ちてきたお皿達が足元から吹き上げてくる柔らかい風に受け止められ、ゆっくりと地面へ置かれていく光景だった。
そしてゆっくりと視線を上げていくと、安堵したように見下ろしてくるネギ先生の優しい笑顔。
「間に合ってよかったです、のどかさん」
――――すぐ近くにあるネギ先生の顔に、自然と自分の頬が熱くなっていくのがよくわかった。
☆
□今日のNG■
『……なあ、気のせいだったんじゃねーのカ?』
『ステルス完璧な私達が、何の魔力も感じられない一般人に悟られる訳が無いデス』
警備員室の天井裏から移動する道中、すらむぃとあめ子は不満を漏らす。
スライム三人娘は、ヘルマン卿襲撃の際に、ネギや刹那達に気配を悟らせないほどの高いステルス性を見せていた。
それ故、気も魔力も有していない一般人――――遠野志貴が、彼女らの存在を感じ取ったという事実が信じられないのである。
無言で彼女らの前を歩いていたぷりんが口を開こうとしたその瞬間、彼女らの前に何やら白いモノが立ちはだかった。
「こちらネコアルク。女子寮内に潜入後、屋根裏にて水飴の団体様発見。なんか指示をくれ、コンバット越前」
『…………分の悪い賭けはしない方がイイ。それに……多分、高をくくっていい相手じゃナイ』
「なうー、いきなり無視か。ハ! もしかして、巷で噂のクールデレとかだったり『うっさい』……うにゃ?
何やら金魚鉢の中にいるよーな状態になってるんだが、どーなってんの、コレ?」
ネコアルクの言葉を途中でぶった切って水牢の中に閉じ込め、その横をさっさと通り抜けていくぷりん。
彼女の持つクールキャラとしての本能が、このナマモノに関わることを全力で拒絶したのだろう。
初めこそ水牢の中から不思議そうに周りを見回していたナマモノだったが、やがてあきたのか、横になってどこからか取り出した猫缶とマ○ジン片手に寛ぎ始
める。
すらむぃとあめ子は、いきなり出てきたナマモノを警戒していたが、水牢から出ようとする気配が見られないので、さっさと先に行ってしまったぷりんの後を
追うことにしたのだった。
……その後、猫缶を食い終え、マガ○ンも読み終えたナマモノは、にゃんぷしー一発で水牢をぶち破りどこかへ姿を消したのだった。
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