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麻帆良に来た漢!第十四話(ネギま!×リアルバウトハイスクール) 投稿者:ゆの字 投稿日:07/31-20:49 No.2754


 日が昇り始めた早朝、川の横に設置したテントの外にネギは一人立っていた。目を閉じ精神を落ち着けて、自分の相棒と呼べる杖を探索する。
 先日の心の迷いを完全に吹っ切れたワケではないが、今までの自分の覚悟の弱さを知る事が出来た。まだ寝ていると思われる楓に、ネギは心から感謝していた。

(…………あった!!僕の杖!)

 先日は反応しなかった杖を、ネギは探知する事が出来た。そして魔力を集中し、杖が手元に戻ってくるようにイメージする。少しの間をおいて、ネギの手の中に杖は帰ってきた。

「ありがとう、僕の杖」

 杖の感触を確認してから、ネギは後ろのテントに寝ているであろう楓に頭を下げる。

「ありがとうございます、長瀬さん。僕、もう少し頑張ってみようと思います」

 そう呟くと、彼女の眠りを妨げないように静かに杖に跨る。そして飛行魔法を発動させると宙に浮かび、朝日で眩しい空に向かって加速して飛び立っていった。
 そのネギが飛んで行くのを、テントの隙間から楓はしっかり起きて見ていた。

「行った、でござるか……」

 昨晩はネギが眠るまで色々な相談を受け、楓は自分の出来る範囲で答えてあげた。結局、魔法関係は話さないようにしていたネギだが、こうして今魔法で飛んでいく姿を見られている。そんな少年の迂闊さに、楓は思わず苦笑していた。

「過去に何かあったかは知らぬが、今のままではネギ坊主は酷く危うい。周りの人間を頼ってもいいのに、迷惑かもしれないと遠慮する……。明日菜殿が、上手く影響を与えてくれれば良いのでござるが……」

 明日菜も自分と同じくバカレンジャーの一人。頭の良いネギに、納得させる程の説明が出来るとは……思えなかった。
 そうすると立場的には慶一郎が適任のように思うが、楓はその選択に首を振る。自分の知る仕事人の龍宮と気が合う慶一郎に、そういった人を気遣う説明は難しいだろうと判断する。良くも悪くも、彼らはストレート過ぎる。

「真名と組んだ南雲先生がいる以上、下手な手出しは無用。やはりネギ坊主自身が、乗り越えなければならない壁でござるか……」

 そんな苦境にいる担任教師のネギに、楓は合掌するしかなかった。






『第十四話 T-ANKの鼓動』






 時は少し遡り、土曜日の夕方。
 ネギの行方を確認した慶一郎はすぐに明日菜達に連絡し、明日の朝には帰るだろうと告げる。何故連れて帰って来ないかを追求されたが、ネギが気持ちの整理がついていないと適当に説明した。
 携帯をしまい学生寮に戻ろうとした慶一郎は、その途中でエヴァと出会う。

「こんな所で珍しいな、エヴァ?」

「ふん。茶々丸を助けてもらった礼を言いに来ただけだ。……茶々丸が壊れたら今後に問題が出る、正直助かったよ」

「礼なら直接助けた龍宮に言ってやったらどうだ?俺はただ依頼しただけだしな、別に礼を言われるような事じゃない」

 さらりと言う慶一郎を、ジロリとエヴァは睨む。

「この私が、『わざわざ』礼に来てやったんだぞ?黙って礼の一つくらい受ける気概はないのか!」

「やれやれ、それはわざわざどうも。用はそれだけか?」

「一々気に食わない物言いだな、貴様は。ハカセから言伝があったぞ、超が明日早番で『超包子』に来てくれ、だとさ」

「早番か……誰か都合がつかない奴がいたか?」

 腕を組んで考え込む慶一郎に、エヴァは呆れたように溜息をつく。

「……貴様も割りと抜けているな。茶々丸がメンテ中で、それを行うのはハカセだ。『超包子』の従業員でもある二人は動けん。その他調整含めて、明日の昼まで掛かるそうだ」

「それは盲点だった。やれやれ……ネギ先生も面倒かけてくれる」

「さすがは坊やか?意図してではないが、貴様にに面倒を押し付けるとはな。……案外『悪い魔法使い』の才能があるかもしれん」

 そんな偶然の出来事に真面目に考え始めたエヴァに、今度は慶一郎が呆れたように溜息をついた。ちょっとした偶然の出来事なのに、一体何処まで本気なのやら分からない。

「用件が済んだなら帰れよ。従者がいないと知れたら、誰かに襲われるかもしれんぞ?」

「ハッ!魔力が封じられたとはいえ、私は数百年を生き抜いた真祖の吸血鬼だぞ?そこら辺の雑魚に襲われた所で、痛くも痒くもないわ!……いっそ貴様自身で試してみるか?」

 慶一郎の言葉に構えるエヴァ。そんな彼女の態度に、慶一郎は肩を竦めるだけだった。
 エヴァの挑発めいた言葉に嘘は感じない。洞察力に優れる慶一郎であれば、目の前の少女がただ魔法に頼るだけの吸血鬼には見えていない。恐らく魔力を封じられていても、その自信から何らかの体術を極めていると判断する。

「やめとく。俺もある程度、技を極めた奴は分かる。個人的には興味があるが、学園長の仕事をあまり疎かにするわけにもいかなくてね。そういった事は、ネギ先生との勝負が済んでの機会に頼むとしよう」

 エヴァは内心驚いていた。
 こないだログハウスで話をしたりしたが、魔力が封じられている事までしか話していない。まさか自分が百年程前に日本で習った体術を、見抜かれるとは思わなかった。一世紀、暇潰しとはいえ研鑽を積んだソレは限りなく極めたに近い。

「くっくっく……さすがは慶一郎。真祖の吸血鬼が持つ『力』を、興味があるの一言で済ますか?」

「『こちら』に来てから約一月。ソルバニア召喚もなく、ゲイツの刺客もない平凡な日常だったからな。好き好んで戦いを望むワケじゃないが、こう怠惰な日々が続くと勘が鈍りそうだ」

「刺客?貴様もそんな人生を送ってきたのか?」

 その言葉はエヴァに自分の過去を思い出させる。慶一郎がどれほどの修羅場を、戦い生き抜いてきたかは知らない。だが目の前の男は、自分と同じような世界を知っているのだろう。それを欠片も、不幸だとは思ってはいないようだが……。

「まあ俺の事はどうでもいいさ。いつ帰れるかは分からんが、『こちら』の魔法使いの戦い方も知っておきたいからな。こういう事はネギ先生は無理だし学園長に借りを作りたくない、それだったら気が合うエヴァに頼むのが一番だろ?」

 自分が一番、不意に言われたエヴァは顔を真っ赤にする。

「ば、馬鹿者!……ま、まあ、昨日の件の借りを返すいい機会だ。坊やとの勝負がついたら、私の家に来るがいい。特別に相手をしてやる」

「助かるよ、エヴァ」

 そう言って二人は用件が済むと、それぞれの帰る場所に帰っていった。





 翌日の朝、慶一郎は言伝の通りに『超包子』に早番として来ていた。屋台を見ると超と五月以外に、古菲がエプロンを着けスタンバイしていた。こちらに気がつくと、元気良く挨拶してくる。

「おはよーアル!南雲先生が入った日は、超が表に出てくれるから楽しいアル」

「ははは、私としては厨房の方が気が楽なんだけどネ」

 古菲の言葉に思わず苦笑する超。
 しかし、現実に来客した人々が自分のウェイトレス姿を楽しみにしているという声が予想以上に多い。その為慶一郎は必然的に厨房に入り、自分は表で働く事になっている。エプロンを着けて表に出ると、厨房から声が掛かる。

「まあ、俺より表に向いているのは確かなんだ。しっかり注文とってくれよ、オーナー?」

「大丈夫アル!私がちゃんと補佐するし、心配要らないアルヨー」

「好き放題言うネ、二人共?」

 超は二人をジト目で睨んでしまう。
 別にウェイトレスをするのが嫌なのではなく、超自身はあまり目立ちたくないと思っていたからだ。何しろ『あの計画』を遂行するまでに、既に三ヶ月を切っている。異常気象の影響で計画の要に問題が発生し、一年以上も計画が前倒しになった所為だ。

(かといって、不自然に断って目立つワケにもいかないしネ。南雲先生か……店としては助かるが、こう不確定要素が出てくるとは。いっそこちらに引き込んでしまうカ?)

 古菲と同等以上の戦闘能力を持つ慶一郎が、協力してくれると計画が進めやすい。超は、慶一郎が裏の世界の人間だと推測している。詳しい事情までは聞き込めないが、今まで話をした限りでは慶一郎は学園側には恐らくつかない……そう判断した。

(南雲先生の本質は『闇の福音』と同質。学園側の魔法使い達とはソリが合わないだろうし、下手をすればそっちと反発するかもネ。ならば我々の行動に賛同しないまでも、敵対はしない筈……)

 そこまで考えて超は首を振る。

(私とした事が考えすぎネ……。どちらにしても、まだ二ヶ月以上ある。修学旅行も挟むし、引き込むか否かは学園祭までに決めればいいカ)

 とりあえず、例の件に関しては後回しにすることにした超。開店時間が近いからである。

「そうそう、今日の営業は昼過ぎまでネ。皆、集中してよろしく頼むヨ?」

「昼過ぎまで?そこまででいいのか、オーナー?」

「南雲先生、超は大体いつも午後は工学部に私用で出かけるアル」

 超の言葉に疑問に思った慶一郎だったが、古菲の説明で納得した。彼女は『麻帆良の最強頭脳』と呼ばれ、3-Aの中で一番所属しているクラブが多い人物だからだ。経営者も兼業ではさぞかし忙しい事だろう、慶一郎は素直に感心していた。

「工学部か……葉加瀬も確か茶々丸とそこにいるんだっけか。超は、何か研究でもしているのか?」

「なに、茶々丸の後継機の開発を……」

 そう言いかけた超は何かを閃いた。ニヤリと口を歪めた超を見た慶一郎は、自分が何か迂闊な発言をしたと悟る。余計な事を超が言う前に、話を逸らせようとするが時すでに遅し。悪戯を思いついたような視線で、こちらに話しかけてくる。

「今日は何か用はあるかネ、南雲先生?良ければ午後は私に付き合って欲しいヨ」

「いや、俺は……」

「ムムッ?南雲先生が予定空いてるなら、また模擬戦をお願いしたいアルヨー」

 両者の間に火花が散った……ように慶一郎は見えた。互いに笑いながら見つめ合う二人の雰囲気に耐えられず、慶一郎はこの場にいるもう一人に助けを求めた。五月ならこの二人でも止めてくれる、しかしそんな願いは無残にも砕け散る。

〈駄目ですよ?南雲先生には新作の料理の相談がありますから、今日はもう売約済みです♪〉

「よ、四葉……?」

 いつもの温厚そうな彼女にしか見えないが、その身に纏うオーラには何か黒いものが見える。先程まで全く普通の屋台『超包子』が、一瞬で修羅場と成り果てた。

「ほほぉ、サツキもこの私の邪魔するカ?」

〈料理に関しては超さんにも負けられませんから〉

「先生との模擬戦は訓練に勝るアル!強さを求める私としても、ここは引かないアルヨ!」

「……お前ら、人を無視して話を進めるな」

 慶一郎の制止の声にも耳を貸さない三人。正直どうしたものかと真剣に悩み始めた時、その場に空気を読めない奴が割り込んできた。

「おっはよ~~!そろそろ開店時間っしょ?南雲先生、いつものよろし……ヒッ!?」

 何処からか慶一郎の働く時間帯を探り出し(超達は話していないらしい)、いつものように慶一郎特製の料理を摘みに来た朝倉。思いっきり危険な三角地帯に自ら踏み入り、その重圧をまともに受けて硬直する。
 動けない彼女に近づくと、三人は同時に朝倉の肩に手を置きミシミシッと音をさせる。その激痛に朝倉は声も出ない。

「お早いネ、朝倉サン。いつも何処で情報を入手してるか、是非一度聞いてみたかったネ」

「朝倉、その堂々とした性格は羨ましいアルが……」

〈今は我々が相談中ですので、少しは遠慮していただけますか?〉

 そんな三人の剣幕に、朝倉は痛みやらで涙目になっている。
 さすがに慶一郎もこれ以上の騒動は面倒なので、開店時間を理由にこの場を一時抑える。

「とりあえず落ち着け。それ以上は朝倉的に限界だろう。あと、俺の予定は俺が決める」

「わかたネ。先生がそう言うなら、二人共勝負ネ!!今日の仕事時間中に、どれだけ店に貢献できたか競うヨ!」

「了解アル!二人共覚悟するアル!!」

〈ふふ、負けませんよ?〉

 いきなりの超の勝負宣言。
 解放された朝倉は涙目で肩を押さえ、慶一郎は厨房の中で器用にずっこけていた。三人は今一度火花を散らすかのように見つめ合うと、それぞれ開店準備を整える。
 ようやく体勢を立ち直した慶一郎は、そんな生徒達に怒る気も失せ盛大に溜息をついた。





 明日菜がバイトから戻ってくると、慶一郎から連絡があったようにネギが部屋に帰っていた。
 こちらを見るなり頭を下げるネギを、明日菜は思いっきり拳骨で殴る。頭を抑えるネギに反論する間もなく、指を突きつけ思っていた事を口にした。カモもそんな明日菜に合わせる。

「今殴ったのは、連絡も無しにいきなり行方を眩ましたルームメイトへの罰。私だけじゃなくて、このかもいるんだからその辺はもっと気をつけなさい!それから茶々丸さんの時に、自分の事だけでアンタの心情に気付けなかったのは謝るわ……ごめん」

「すまねぇ、兄貴。兄貴を助けに来たなんて大口叩いておいてこの様だ。本当に申し訳ないっす……」

 一通り叱った後、明日菜とカモもまたネギに謝る。そんな態度に慌てるネギ。

「そ、そんな……僕の方こそ情けない所ばっかりで」

「ストップ!過ぎた事をウジウジ悩むのは止めよ。問題なのはこれからをどうするか、よ」

「……そ、そうですね」

 タバコを吸いながら、カモは予想される事態を考える。

「未遂とはいえ、従者を襲撃されて真祖は怒り狂ってるかもしれないな。学生寮と校舎では手は出してこないとは思うが……」

「僕も、昨日一日たくさん考えてみたんですが……」

 ネギの言葉に注目する明日菜達。俯いていた顔を上げて、ネギは真っ直ぐにこちらを見る。

「一番安全な解決策としては、僕が故郷に帰る事です」

「「そ、そんなっ!?」」

 驚いて詰め寄ろうとする明日菜を片手で制する。

「そうすればエヴァンジェリンさんが僕を狙う必要はなくなり、結果的に他の生徒を守る事になります。……現状を一番確実に解決するのは、そうするしかありません」

「あ、兄貴は他人の為に、自分の夢を諦めるつもりなんすか!?」

 カモが尻尾を立てて、こちらを見て訊ねてくる。しかし、ネギはこの問いに首を振った。その顔は何か辛いものを堪えているように、様子を伺っていた明日菜の目には見えていた。

「それも出来ないんだ、カモ君。夢を諦める事は、僕の六年間を完全否定する事になる。……生徒を守りたいと言いながら、自分自身の目的の為にその行動を躊躇う。これが今の僕なんだよ……」

「兄貴……」

「言いたい事はそれだけ?」

 現状分析を率直に述べたネギを、明日菜は真剣な目で見ている。カモはそこで初めて、ネギの目が死んでない事に気付く。明日菜と同じ真剣な目で自分達を見ていた。

「はい、泣き言はこれだけです。どれだけ一人で考えても、良い考えは思いつきませんでした。……だからお願いします、アスナさん!今一度、僕と一緒に今回の事件の解決に協力してください!」

「言ったでしょ?私は協力したくて協力してるって。アンタに言われるまでもないわ!」

「お、俺っちも協力するっすよ!今度はばっちり完璧な作戦を練ってやるぜ!」

 カモはネギの変わりように正直驚いていた。たった一日、一人で考え込んだにしては決意が固い。茶々丸襲撃のショックから、そう簡単に立ち直れるとは思っていなかったのだ。
 そこでカモは一人の人物を思い出す。

(飛び出した兄貴を見つけて、今日の朝に戻ると言っていた人物。もしかしてナグモの旦那が、兄貴に何かアドバイスをくれたとでも言うんすか?おかしい……旦那がそんな事をわざわざするとも思えないし、中立とは言っていたが……)

 慶一郎に散々忠告されていながらも、カモは警戒を解いていなかった。ネギはカモにとっての命の恩人であり、使い魔として仕えるのも悪くないとまで思っている。その自分の勘が、慶一郎をエヴァと同類と告げていた。
 ネギ達は慶一郎の事を、人を先入観無しで見てくれる貴重な人だと思っている。しかしカモは自分の性格上、そこまで好意的に慶一郎を見る事が出来ない。

(俺っちだけでもこの事件中は、旦那に警戒だけはしておこう……)

 その事とは別に、カモは明日菜に感謝していた。昔ネギに助けられたカモは、その後ちょくちょく会ったりしていたのだが、少年時のネギは年相応に遊ぶ事も無くただ一人魔法を勉強するだけの毎日だった。
 それは間違いなく孤独といえる。その時の事を思えば、明日菜が初めてネギが自分から他人を頼った人物だった。

「とりあえず明日、エヴァンジェリンさんの家に行こうと思います」

「相手の本拠地に乗り込むの?それはちょっと危険じゃない?罠とか待ち伏せとかあるかも……」

「いえ、彼女は自分を誇り高い吸血鬼と言っていました。そういった卑怯な小細工はせずに、正面から挑んでくるでしょう」

「それにしても、相手の領域に乗り込むのは分が悪いぜ?」

 ネギの提案に意見する明日菜達だったが、ネギの考えていた事は別の事だった。

「別に戦いに行くわけじゃないよ。茶々丸さんへの謝罪と、エヴァンジェリンさんへの説得に行くだけだから」

 その言葉に驚愕する。カモが止める間もなく、明日菜がネギの胸倉を掴んで壁に押し付ける。その顔からはあきらかに怒りの感情が見えた。しかし、ネギはその視線を逸らす事なく受け止める。

「アンタねぇ!!あれだけの事があったのに、まだ説得なんて甘い事言っているのっ!?」

「わかってます!でも、それでも彼女は僕の生徒なんです!真祖の吸血鬼なんて関係ない、3-Aの生徒として放ってはおけません。無駄かもしれないけど、一度も話をつけないままで僕は納得できません」

 そんなネギの意地に呆れる明日菜。しかし少なくてものどか襲撃の際に、一人で突っ走ろうとした意地とは別物のようだ。その事だけには安心した明日菜は、ゆっくりとネギを放す。カモを見ると、どうやら自分と同じ考えらしい。

「わかったわよ。じゃあ行く時は私に声かけなさいよ?何があるか分からないんだから」

「はい、お願いします!」





 昼を過ぎ、閉店した『超包子』に休憩する人影が五つ。

「つ、疲れたアルヨー」

「無理に注文とりまくるからネ。自業自得ヨ」

「……四葉、大丈夫か?」

〈さ、さすがに私も今日の勢いには疲れました……〉

「なんでまた私ここで働いてるんだろ、折角の休日なのに……」

 机に突っ伏す古菲に、超は飲み物を渡しながら笑っている。その横で慶一郎は、普段より忙しかった厨房で働いていた五月を気遣っていた。そしてまた店を手伝わされていながら、いつものように一人放置されている朝倉。持ち前のポジティブさで、何とか立ち直った朝倉は超に訊ねる。

「ところで超りん?開店前に言っていた勝負とやらはどうなったの?」

「アレはただの『冗談』ネ。いや~おかげで今日は特に儲かったヨ」

 手をひらひらと振って軽く答える。超を除く全員は、その言葉に呆然とする。

「頑張ってくれた皆には感謝してるが、南雲先生には他に予定があったのを言い忘れてたネ」

「……他の予定って何アル?」

「茶々丸の事に関してハカセからお礼が言いたいそうネ。で、南雲先生は工学部の場所を知らないだろうから、この私が工学部の研究室まで案内する事になっているヨ」

「分かってて黙ってたいたとは、意地が悪いな超?」

 さらりと話す超は、眉を顰めてジト目で見る慶一郎の視線を物ともしない。他の三人はその言葉に、どっと疲れが出たのか机に突っ伏している。同じ職場で働くクラスメイトを、こうも容易く操るとは……さすがは『麻帆良の最強頭脳』と呼ばれるだけはある。
 そんな超の手腕に慶一郎は、怒りの感情よりもむしろ感心する方が強かった。

「まあそういう事で、南雲先生?早速、工学部まで案内するネ」

「仕方ないか。三人とも、今日は超に一本取られたという事にしとけ」

 立ち上がり、工学部へと歩き出す二人。体力自慢の古菲も、さすがにこれだけの仕事量をこなした後に、あれだけ脱力させられて追いかける気力は無かった。だが古菲は不思議に思う。
 それならば何故超自身は平気なのか?そんな事を疑問に思ったが、超はただの『冗談』と言ったのだ。つまり、まともな勝負をしていなかった……そういう事であれば、いくらでも体力温存が出来ただろう。
 しかし分かった所で時すでに遅し、古菲はそんな超の狡猾さを恨めしく思うだけだった。

「超りん~またバイト代出してよね~?」

 歩いてく超の後姿に残りの二人とは違い、一人現実的な声を掛けるのは朝倉だけだった。



「超、あんまりクラスメイトをからかうもんじゃないぞ?」

「からかってなんてないネ。これは所謂『愛情表現』というやつヨ?それにハカセの件も嘘じゃないしネ」

 工学部に向かう最中、慶一郎は超と話をしていた。話せば話すほど、目の前の少女が賢い事を理解する。それは学年テスト等で、全教科満点を取るのも納得できる程の聡明さだった。

「それで?俺に何の用があるんだ?」

「本題は茶々丸の件に関してのハカセのお礼。私の方はそのついでと思ってくれていいヨ」

「俺の方はついで、か。いつぞやの再現みたいで面白いな」

 慶一郎がふと見せた漢らしい笑顔に、超は思わず視線を逸らしてしまう。『超包子』の従業員になった時の事など、淡白な慶一郎なら忘れていると思っていたからだ。いつも冷静な超だけに、顔が火照っているのを自覚してしまう。
 動揺を隠す為に、超は話を続ける。

「な、南雲先生は古菲と手合わせをしてると聞いたが、私が見る限り全力を出していないのでは?」

「む?そんな事はないと思うが……」

 腕を組んで考え込むフリをする慶一郎だったが、実際は超の読みどおりだった。〈神威の拳〉は使っておらず、慶一郎本来の『裏』の格闘スタイルも表に出していない。超の言うとおり、確かに全力ではなかった。
 しかし、慶一郎が今まで積んできた戦闘経験は多い。にも関わらず古菲は、あくまでも表の体術に限りだがほぼ互角に戦えているのである。すでに成年の慶一郎に対し、古菲は中学生三年生という少女の身で。その潜在能力の高さは、恐らく慶一郎が知る限りでは虎縞バンダナの男に匹敵するとまで思っていた。

「修練には丁度良い相手かもしれないが、怪我をさせたりしないように気遣っているのが分かるネ」

「相手は生徒だしな。その辺は一応、紳士的に扱っているよ」

「そこで、ダ。さっき話しかけたが、茶々丸の後継機の調整をしているんだが難航しててネ。実戦データが中々取れなくて困っているのダ」

 含みを利かせて超が言うと、慶一郎は溜息をつく。

「回りくどい言い方をするな。その実戦データの収集を手伝え、と言いたいんだろう?」

「さすが南雲先生、ご明察の通りネ。データ取りは別室で行うから、南雲先生も遠慮なく全力を出して大破させても構わないヨ。もちろん耐久性の調整でもあるけどネ?」

 そうこう話しているうちに工学部まで来ていたらしく、葉加瀬の研究室に向かう二人。所々で怪しげな機械が闊歩しているのを見ると、さすがの慶一郎もその後継機とやらに不安を抱く。

(ソルバニアみたいな化け物じゃないなら、まだマシな方だとは思うが……自爆とかに巻き込まれるのは御免だぞ)

 考えていても仕方ないので、慶一郎は超に訊ねてみる。

「なあ、その後継機とやらはどういう物なんだ?ありがちな自爆システムなんて付いてないよな?」

「ムムッ自爆装置、カ。それは考えてなかたネ、ハカセに検討してみるか……」

「あのな……」

 冗談で言った事を、真面目に考え込む超に慶一郎は呆れる。そんな慶一郎を見ながら、超は笑っていた。

「……機体番号T-ANK-α1、愛称『田中さん』。それが茶々丸の後継機の名前ネ!」

麻帆良に来た漢! / 麻帆良に来た漢!第十五話

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