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大魔導士は眠らない 4話 The first mission(×ダイの大冒険) 投稿者:ユピテル 投稿日:04/08-04:40 No.70
「んっ……」
カーテンは閉めたはずなのに日の光がエヴァの顔に降り注ぐ。幾ら真祖とはいえ朝日は好きではない。まぁただ単に低血圧というのもあるが……
微かに鳥の鳴く声が寝ぼけたエヴァの耳に届く。その声が五月蝿いのかエヴァは布団に包まり、再び夢の世界に旅立とうと試みる。
「おい……そろそろ起きろよ、遅刻するぞ」
だがそれを阻止する者が現れた。ゆさゆさと身体を揺らされエヴァは嫌々ながらゆっくりと目を開けた。
「おっ起きたみたいだな……おはようエヴァ」
屈託なく笑うポップの笑みに暫し呆然とする。
(そういえばここに住むことになったんだったな、しかしやはり朝はつらい……)
エヴァの鈍った思考が徐々に活性化する。すると徐々に焦点が定まっていく。
「あぁ……」
エヴァはゆっくりと起き上がる。4月とは言え朝はやはりまだ冷え込む。エヴァは寒さにブルッと身体を小さく震わせる。
ポップはエヴァが布団から起き上がってからずっと笑みを浮かべている。その笑みは子供のような純粋な笑みではなく、むしろ男の笑みといえるのだろうか、つまりそういう笑みである。
「おいエヴァ、俺を誘ってるのか?」
「…………へ?」
(何を言っているのだ、こいつは……)
その意味が分からずベットから降りようとして……止まった。それは何故か?
(私は基本的に寝るときは裸だ。つまり今やつの前に晒されているのは……)
ポップは相変わらずニヤニヤしていた。その視線は相変わらず私の身体に固定されている。そして悟る、彼の目つきと笑みの意味を。
「きゃっーーーーーーーー!!!!!」
エヴァの絶叫が爽やかなる朝に鳴り響いた。
大魔導士は眠らない 4話 The first mission
「まったく、貴様というヤツは!!」
「わざわざ起こしてやっただろうが!」
食パンをパクつきながらエヴァの視線は依然冷たいままだ。それに対しポップは釈然としない面持ちで目玉焼きを口に頬張る。その頬には見事な紅葉が咲いていた。
「主様の言うとおりです!!主様のせっかくの好意のあなたという人は!!」
メイランは心底気に入らないという目つきをしている。エヴァもその視線にガンを飛ばし、二人の間に火花が散る。
デュランは我、関せずと言わんばかりに未だ身体を丸めて眠っている。時刻は7時53分、確かに少々遅いようだ。
「ったく、俺も仕事があるんだからエヴァも少しは早く起きてくれよ」
ポップは溜息をつきながら食事を終えると席を立って食器を洗うために台所へと向かう。
「貴様のことなんぞ私は知らん!」
「なんですって!!」
「なんだ、挽き肉にでもしてほしいか?」
「あなたこそ十字に貼り付けにして差し上げましょうか?」
「「ふふふふふふふふ」」
どうやらこの二人、相当相性が悪いらしい。その様子をデュランは特に気にせずに食べ終わった皿を口に咥え、ポップの元へと運ぶ。
「さてと……エヴァ、俺は先に行くぞ」
「さっさと行ってしまえ」
しっしっとエヴァは手を払う。その動作にまたしてもメイランがキレそうになるがポップの一言で押し黙る。
「ちゃんと学校行くんだぞ、お前がサボっていることはネギから聞いたからな」
(あの坊やめ、余計なことを!!)
「というわけでちゃんと行けよ、後で確認に行くからな」
「来なくていいわ!!」
「ということで、行ってくるわ」
「お気をつけて、マスター」
玄関に立つエヴァとデュランに手を振りながらポップは駆け出した。その様子を眺めながらエヴァはふと思った。
――――――――誰かを送り出すなんて何百年ぶりだったな。
彼女の口元が微かに緩んだがそれを察したものは彼女には幸いなことにいなかった。
『ふぅ……なんとか間に合いそうだな』
『そうですね』
駆け足をやめ、ゆっくりと歩き出す。ポップの肩にはメイランが止まっており、生徒達はあまりの珍しさに思わず視線が向いてしまう。
デュランは周りの地形の把握のためポップとは別行動を取ってもらうことになっている……が、実際はメイランがポップと二人っきりになりたがっているのを察したデュランがその提案を挙げたのである。
二人の会話は他の人には聞こえていない。主人と従者を繋ぐラインを通して会話、つまり念話しているためである。
『しかし俺がこんな仕事をすることになるとはな……』
『お似合いですよ、主様』
ポップの格好は着慣れた法術で編まれた碧色の服ではなく全身紺色の服に身を包んでいた。
(まるでダイみたいだな……)
自分の服装にポップはふと親友を思い出した。彼の姿が脳裏に鮮明に浮かぶが、ポップは苦笑すると首を軽く左右に振って幻影を追い出す。
(いつまでもあいつのことを気にしても仕方がないぞ、俺)
その様子をメイランは口にすることは無かった。主の考えていることはラインを通じなくても分かるからだ。メイランは何も言わずにポップの頬に頬擦りする。その行動にポップは目を細めると何も言わずに彼女の頭を軽く撫でる。
(また心配をかけてしまったな、気をつけないとな……しかし間にまだ余裕がある。のんびり歩いても遅刻はしないだろう)
「ん?」
のんびりと歩いていたポップの足が止まる。何故か前方の生徒達が動きを止めていたためだ。
『主様』
『分かっている』
ポップとメイランの視線の先にはガタイのよい複数の男たちが数名の女子を囲んでいる。双方の顔を見ただけで二人は何が起こっているのか大体察した。
『分かりやすいな~』
『まったくです』
まだ着任もしていないのに早速仕事である。
『じゃあメイラン、すまんがちょっと離れてくれ』
『分かりました、言う必要がないと思いますがお気をつけて』
メイランは静かに頭を下げるとポップの肩から飛び立った。
「さて……と」
首を横に動かすとボキボキと骨が鳴る。ついでに指に力を入れ間接を解すと、これまた骨がなるがこれはお約束というやつである、無粋な突っ込みは無用だ。
(働かざる者、食うべからずと言うしな)
ポップはゆっくりと現場に歩を進める。
「嬢ちゃんたち、この傷どうしてくれるんだよ、なぁ?」
うぅ……どうしよう…………
私の名前は佐々木まき絵、結構ピンチです。
いつも通り裕奈とアキラと亜子と一緒に登校していたんだけど、何故か今私たちは大勢の柄の悪そうな男の人たちに囲まれています。
それでどうして絡まれているかというと、あたしがみんなと話していたら置いてあったバイクを倒しちゃったんだ。そしてら目つきの悪いお兄さんたちに囲まれちゃったんだよ~~
「傷っていったって、そんなのないじゃない!」
明石祐奈が猛然と男たちに抗議する。そうだよね! 傷なんてないよね!! お金払えなんて言われたってあたし今所持金、千円も持ってないよ!!
「お前らの眼は節穴か!ここを良く見ろ!!」
指差されたところを凝視するとやっと、本当に小さな傷が見える。
(え~と……もしかして、それ?)
「そんなの傷のうちに含まれるんですか!!」
普段は大人しいアキラも悠然と抗議してくれる。ありがとうアキラ! 今度パフェ奢っちゃうよ!!
「小さかろうが傷は傷だ。お前らどうなるかわかってるだろうな?」
軽薄な笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩を進めてくる男たちに私たちは身体を寄せ合う。それは女としての本能だろうか、彼らの視線を受けることを酷く不快に思う。
「どないしよう祐奈」
「どうするっていったって」
亜子が不安そうな顔で祐奈に顔を向けるが彼女も流石に動揺している。アキラの表情も心なしか青ざめているように見える。
「どうなるの?」
「「「へ?」」」
まき絵の思わぬ質問に亜子達はおろか周りの男たちも思わず目を点にした。
「もしかして分かってないのまき絵?」
「だから何が?」
ひそひそと小声でまき絵と口論しあうその姿に男たちは嫌らしい目つきで見つめる。その視線に彼女たちの身体が一斉に総毛立つ。
「どうするってそれはな……」
(舌を出してる~!? うわっ気持ち悪いよ~)
「そりゃあ、払ってもらうしかないな」
(払うってやっぱりお金?)
「まぁ見た感じ金はなさそうだから他で払ってもらう、そうだな……お前たちの身体で勘弁してやるよ」
(身体って、つまり、その……)
「そ、そんなのいやに決まってるでしょ!!」
まき絵の顔が一瞬で赤く染まり、次第に青ざめていく。その様子を男たちは愉快そうに見つめながらじりじりと周囲を縮めていった。
彼女たちは身体を寄せ合って未だ体験したことのない恐怖に震えていた。
(そんな……誰か助けてよ!!)
思わず周りを見回すが私の視線が合うとすぐに視線を逸らしてしまう。それは普通の人にとって当たり前の反応であるのだが、彼女たちにとっては絶望以外の何物でもない。
「じゃあちょっと来てもら「冗談はそこまでだ」かっ!?」
伸ばされる手に恐怖の表情を浮かべながらその手を見つめていると、その手は突如誰かによって遮られた。
(誰、なの?)
未だ混乱する思考の中、私たちは出会ったのだ。あの人に……
「まったく、何をやっているんだこんな朝っぱらから」
「別に関係ないだろう? 警備員の分際で嬢ちゃんたちとの会話を邪魔するなよ、なぁ?」
彼が何時の間に自分たちの間を通ったのか疑問に思ったがすぐに元の軽薄な笑みを浮かべると野次を飛ばし始める。その様子にポップは深く溜息をついた。
「じゃあ質問に答えてくれ、何故彼女たちに絡んだ?」
「別に絡んでなんかいねぇよ、ただ俺のバイクに傷をつけたからな、弁償してもらおうかなと思ってな」
真面目に答えてくれたことにポップは一応感謝すると視線をそのバイクとやらに向けるが目立った傷は見受けられない。
「傷なんて見えないが?」
「あるんだよ!いいからそこを退いてくれねぇか? さもないと……」
そういうと懐に手を伸ばす。どうやら武器を携帯しているようだが、ポップにしてみれば別にどんな武器を所持しようが脅威にはなりえない。それは誇張でも何でもなく、事実である。
だが相手はそうは思わない。己の絶対的なアドバンテージを疑いすら持たず、ポップを見下す。その視線にポップは軽く溜息をつく。
「なんだ、余裕のつもりか? あぁ?」
ポップの表情や態度が気に入らないのか懐からナイフを取り出す。そのナイフに周囲は小さく悲鳴をあげ息を呑む。様子をただ見ていた生徒達は恐怖により電話で警察に連絡するという選択すらできずにいた。
男はナイフを握り勝ち誇った笑みを浮かべる。それでポップが怯えるとでも思ったのだろうか。だがポップは眉一つ動かさずその男を見つめていた。
「………それで?」
本当に理解できずに問うたポップのその声にその男の堪忍袋の緒が切れた。
「舐めてんのか、てめぇ!!」
そのナイフを煌かせ、男はポップに向かいその手に握る凶器を振り下ろす。その光景にまき絵たちはもちろん、周りの生徒達すら恐怖の面持ちでただ見つめるほかなかった。
ポップはその振り下ろされるナイフを冷静に見つめていた。迫り来るナイフをほんの僅かに上体を捻り難なく躱すと手首を握り、素早く捻じりながら男の背後へと動く。
「あたたたたたっ!!」
ポップに腕を極められ男はあっけなくナイフを落とす。激痛に地に膝を付きながら悔しそうに顔を歪める。
「みっちゃんに何するんじゃ、ゴラァ!!」
まき絵たちを囲んでいた一人が声を荒げながらポップに突進する。どうやら組み伏せられている男の愛称のようである。突進してくる男の手にもナイフが握られている。ポップは片手で一人を組み伏しているため、自由に動くのはもう一つの腕だけである。
男はナイフを突き立て、ポップへと突進する。
「危ない!!」
まき絵は悲鳴のような声を上げる。だがポップは何の動揺もせずにその動きを見つめると突如彼の足がブレる、と同時に男のナイフは宙を舞い地面に刺さる。
「い、いてぇ……」
ナイフを握っていた手はどす黒く張っていた。どうやら彼に蹴られたらしいが、彼はもちろんこの場にいる誰もが彼の蹴りを見切ることができなかった。
「子供がそんな玩具を振り回すんじゃない、まったく」
ポップはやれやれと首を左右に小馬鹿したかのように振る。その仕草は男たちの癪に障るものであった。
「やっちまえ!!」
「「「「「「「おぉぉぉぉ!!!」」」」」」
周りにいた数名の男たちが雄たけびを上げながらポップに突進する。その手には各々得物を握り締めている。ポップはまず地面に跪いている男を蹴り飛ばす。その距離はおよそ5メートル、大して力を入れていないでその距離は驚愕を通り越して恐怖すら覚える。
だが男たちは通常の思考を維持できてはいない。何故ならその恐怖は怒りと言う感情によって誤魔化されているのだから。
ポップはまず武器を持つ男たちに向かい地を蹴る。一瞬にして間合いを詰めると手刀、蹴り、間接技を駆使し、武器を離させる。武器は相手も傷つけるがそれを持つ者もまた傷つける可能性があるのだ。傷を負わせる気がないため落とされた武器はポップの足で弾かれ、男たちが取れない位置へと運ばれる。
更に急所ではなく、痛覚を感じやすい箇所に1,2撃ほど叩き込むのを忘れない。その攻撃はあまりに早く皆何が起こっているのか把握することが出来ずに苦悶な表情で蹲る男たちを見つめるだけであった。
「もう分かっただろうから、大人しくしていろ」
「くそっ!」
悪態づくが男たちの顔色は悪い。どうやら武器を失ったことで初めて正気に戻ったようだ。こんな大衆の眼があるなかで刃を振るったのだ、当然銃刀法違反、殺人未遂などにより刑務所にお世話になるのは明白である。
顔が青ざめていく男たちの中、ただ一人敵意が衰えていないものがいる。最初にポップに突っ掛かった男、愛称みっちゃん、その人である。
「舐めんじゃねぇ!!!」
叫ぶや否や、バイクに跨るとアクセルを回す。排気ガスと共にけたたましい音が辺りに木霊する。既に彼の瞳は正気の色を失っていた。
「ま、まさか……」
裕奈の表情が恐怖に歪む。アキラも顔を青ざめ、亜子など今にも失神しそうな勢いである。皆逃げようにも腰が抜けて動けないのだ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
怒声と共に男はバイクを走らせる。その道程に立ち塞がるのは一人の男性、ポップである。
(ちっ、こんなことなら気絶させとくべきだったな)
心の中で舌打ちをするとポップは迫り来るバイクに向かい手を翳す。彼にバイクを躱すという選択肢はない、何故なら彼の後方には腰が抜けたまき絵たちが座り込んでいるのだから。
周囲は既に展開についてこれず、ただ凍った表情でそれを見つめることしかできない。バイクは速度を増してポップへ向かい疾走する。バイクのその質量に運動エネルギーを付加させた一撃は寸分の狂いもなくポップに衝突した。
「「「「っ!!!」」」」
物体同士が衝突時に起こすあの嫌な音と次に起こりうるであろう光景を直視できずにまき絵たちは瞼を閉じる。しかしいつまで経ってもあたりから悲鳴の声は聞こえない。まき絵たちは不思議に思いつつ未だに己を縛る恐怖から足掻くように瞼をソッと開ける。するとそこには驚くべき光景が広がっていた。
「んな馬鹿な!?」
みっちゃんは驚愕の声を上げる。それも無理ならぬことであろう、何故ならば……
「バイクを……片手で掴んでる」
バイクは地面に接してはおらず、宙を浮いていた。バイクが自然に浮いたのか? 答えは否である。では何故か? 答えは単純である。つまり持ち上げているのである、バイクを、しかも片手で。
(……ふぅ、まったく結構物騒なのかこの世界は?)
ポップとて100キロ以上の物体が時速100キロを越すスピードで衝突してきたならただではすまないだろう。だが見ての通り、彼は全くの無傷であり、しかも片手で前輪を掴んで持ち上げている。これには当然カラクリがある。実はぶつかる瞬間ポップは自身にバイキルトを施し、倍増した握力で前輪を握り潰し、持ち上げたのである。
だがしかし例え筋力は増強されたところで受けた衝撃は変わらない。つまりポップはあれ程の衝撃を魔法の補助なしで耐えたのである。明らかに人間業ではないだろう。
「まったく危ないやつだな……」
ポップの呆れた口調もまったく耳に届いていない様子である。仕方ないのでポップは手首を捻って男を放り出す。
「もし俺が躱したら、どうなったか分かるか?」
「ひぃぃぃぃぃ」
男は顔を引き攣らす。ゆっくりと男に近づくポップの顔はまるで能面のように表情がない。
人間は無意識に相手の心情を把握しようとする。それを行なう際顔は相手の心理を照らし出す鏡のようなものである。
その鏡が何も移さなくなった場合、相手が何を考えているか分からない。憤怒しているのか、それとも卑下しているのか、それとも冷笑しているのか。
だが男はその能面の表情に恐怖を抱いているわけではない。男が恐れるのはただ一つ、彼の報復である。
そしてついにポップは男の目の前に立ち塞がる。
「二度とこんなマネをするな、さもないと……」
次の瞬間、銀の閃光が男の耳のすぐ横を駆け抜け、ドスッという何かが刺さる音が耳に響く。男はゆっくりと首を横へと向けると、ついには失禁してしまう。男の耳元、数ミリ横に先程男が振るっていたナイフが突き刺さっていた。
「お前たち」
「「「「「「ひぃぃぃぃぃぃ!!」」」」」」
振り返ったポップに男たちは顔を引きつかせる。逃げようにも足に力が入らず動けない。その様子をポップは冷たい眼差しで見つめる。
「二度とこのようなことをしないと誓うか?」
「「「「「「ち、誓います!!」」」」」」
「ならこいつを連れてさっさとどっかに行け」
その言葉に男たちは恐ろしいほど首を縦に振ると一目散にその場を後にした。その様子をポップは溜息を漏らしながら見つめていた。
ふと思い返したのかポップは振り返ると道路に座っている少女たちの様子をみる。
(こんなに身体を震わせて!!)
ポップは先程の男たちに再び怒りを感じるも、すでに終わったことである。それに今は他にするべきことがあるだろう。
出来るだけ安心するようにポップは笑みを浮かべて手を差し伸べた。
「お前たち……大丈夫か?」
あの人は優しく微笑んだ。その笑みはまるで太陽みたいに暖かかったのを今でも覚えている。
「大丈夫です」
無意識に私は話していた。
「そうか……すまなかったな、駆けつけるのが遅れて」
ポンと私の頭に大きな手が置かれる。そのまま優しく撫でられる。思わぬ相手の行動に思考が停止する……どういう状況か認識するにしたがって青ざめた顔に血が上り、今度は紅く染まっていく。
(可笑しい、顔が熱い……それに胸の鼓動がこんなに激しいなんて……)
「あぁ~いいなアキラ、私も私も!」
その光景を眺めていたまき絵は手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねる。
「別に構わないが……」
「えへへへへっ」
残った手をまき絵の頭に乗せ、同じように撫でると嬉しそうに微笑む。その様子を亜子と裕奈が羨ましそうに見つめるとポップは暖かな瞳で二人を見つめる。
「お前たちもやるか?」
「やっ……結構です!!」
「あ、あたしもええわ」
ぶんぶん手を横に振っているが瞳がそれを否定している。
(青い髪の女の子は未だに足が震えているな)
俺は今撫でていた女の子たちを最後にぽんと叩いた後、未だ震えている女の子たちの頭も撫でてやる。
「「ひゃっ」」
「お前たちもよく我慢したな、偉いぞ」
(顔に血が上り、足の震えも取れたみたいだしこれで大丈夫だろう)
「もう大丈夫だな?」
ポップの言葉にまき絵たちは頷く。その顔からは無理しているようには見えない。
「しかし恐がらせて悪かった……これじゃ警備員失格だな」
「そ、そんなことあらへんよ!」
「そうだよ、お兄さんが助けてくれたおかげでこうして無事だったんだからさ!」
「そうですよ、助けてくれたことに感謝すれど遅れたなどと恨みなどしません!」
「そうですよ!」
「そういってもらえると嬉しいよ」
まき絵たちの言葉にポップは嬉しそうに笑みを浮かべる。その大人びた笑みに彼女たちは見とれてしまう。
そんな中、ポップは時計を針を見ると顔色を変える。
「やべっ! 悪い、俺ちょっと急がないと拙いわ!」
「ちょ、ちょっと……」
「早く学校に行けよ! じゃないと遅れるぞ!」
ポップは手をぶんぶん振りながら恐ろしい速度で走っていってしまった。それこそバイクと同じぐらいの速度で……
その走り去る姿を見つめながら亜子はふと思った。
「名前……聞くの忘れてもうたわ」
『主様!』
『メイランすまないな、待たせちまって』
『そんなことはお気になさらずに』
メイランは静かにポップの肩に止まる。何故か少し声が冷たい気がするが気のせいか?
『随分と仲良くしていましたね、あ・る・じ・さ・ま !』
『痛てててて、おいメイラン、爪食い込んでるって!』
『知りません!!』
ぷいとメイランは顔を背けるが爪を食い込ませることを止めようとはしない。ポップは顔を苦痛に歪めながらひたすら走った。
『主様の……ばか』
すっとメイランは主の頬に顔を寄せる。ポップは苦笑いを浮かべながらも速度は緩めない、目指すは学園長室である。
「ふむ、来たようじゃな」
近右衛門の言葉と同時にドアの叩く音が学園町室に木霊する。
「どうぞ」
近右衛門の言葉と共にドアがゆっくりと開く。扉を開いた先には隼を肩に携えるポップの姿があった。
「すみません、遅れちゃいましたかね」
「いや、ギリギリじゃよ。しかし次回はもう少し早めにお願いしようかの~」
「面目ない……」
頭を掻きながらポップが頭を下げるのを近右衛門は笑って許した。
(生徒を救うためだからのぉ~)
実はちゃっかり先程の様子を眺めていたりするのである。というか眺めていたのならさっさと呼んだ方が良かったのではなかろうか?
「では、行こうかの~」
「あの学園長……行くって何処にですか?」
「おぉ、そうじゃった、言うのを忘れておった」
「「……」」
髭を撫でながら近右衛門は楽しそうにポップを見つめた。
「お主のお披露目じゃよ」
「まき絵!ちょっとあんた達大丈夫だったの!?」
バンとあたしの机をアスナが力強く叩く。アスナ……その馬鹿力で机壊れちゃうよ。
「う、うん……見ての通り全然大丈夫だよ!」
安心させるために力こぶをつくる、全然できないけど。
今、私たちの周りにみんなが集まっている。どうやら朝の出来事がもう学校で広まっているみたい。確かに結構な生徒に見られてたからな、そのせいかもね。
「それで男達を倒した警備員は強かったアルか?」
古菲が目を輝かせて質問してきた。確かに古菲はこの手の話には目がないからね。
「強かったよ~! あたしなんか何が起こってるのか分からなかったもん。」
裕奈が手振り身振りで説明していた。それをアキラと亜子が同意する。
確かに何も分からず気がついたら人が倒れていたし……でもちゃんと名前を聞くべきだったな~~お礼も言ってないし。
ピンポンパンポ~ン
呼び出しの音に生徒が一旦動きが止まる。
[生徒の皆さん、緊急で今から校庭で朝会を行ないます。みなさん素早く外に出てください……繰り返します……]
「多分あんたたちの話でしょうね」
多分そうだろう……今まで緊急で朝会なんてやったことないし。
「みなさん今の話を聞きまして? 今から校庭に向かいますわよ!」
「「「「「「は~~~い」」」」」」
いいんちょの号令でみんなでぞろぞろと教室から廊下へと歩き出す。
歩きながらもやっぱりあの警備員のお兄さんの顔が頭に浮かぶ。
やっぱり名前を聞くんだった~~!!
後で悔やむから後悔なんだよね……はぁ~~
「すでに皆の耳にも入っているかもしれないが、今日我が校の生徒がトラブルに巻き込まれた」
みんなの視線があたしたちに集まるのを感じる、なんか恥ずかしい。
「そこを我が校の警備員によって事なき事を得た。しかし近年物騒な世の中になり真に遺憾である。近年……」
学園長の演説をまき絵は右耳から左耳へと垂れ流していく。
(本当にあのお兄さんのお陰で今、私達ここにいるんだよね……今どこにいるのかな~)
学園長の話は続く……何故か頭に包帯を巻いてるけど怪我でもしたのだろうか。
「通学路はもちろん、近年は校内でも事件が起こるまでになった。そこでじゃ……」
一旦学園長は話を区切るとこう言い出した。
「このたび警備員を校内に常時配備することとなった。しかし君たちもすぐには慣れないじゃろう……そこで最初は皆に慣れてもらう意味も兼ねて一人だけの配置となる」
どよどよとあちこちで声が上がる。確かに夜は警備員の人が回っているけど常時ってことは朝から回ってるって事だよね?
「また最近女子寮にも不審者が続出しているとの報告もあるのでな、そちらも警備してもらう。ではその警備員を紹介しよう……」
そういうと学園長は身体をずらすとその空いたスペースに一人の青年がゆっくりと朝礼台を登り、その場に立つ。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
思わず気づいていたら私は大声を出しながら指差していた。周りが一斉に私を見るがそんなこと気にしている場合じゃない。
何故なら私が指差すその先にいたのは……さっきのお兄さんなのだから。
お兄さんは少々驚いた顔をするものの、すぐに笑みを浮かべた……それは先程の私たちに浮かべてくれた太陽のような暖かい笑みだった。
「学園長がおっしゃったように、今日から麻帆良中等部及び女子寮の警備を任されたポップ・W・パプニカだ、よろしく!!」
――――――――――――――――――学園に衝撃が奔った
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