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大魔導士は眠らない 8話 人形のココロ(×ダイの大冒険) 投稿者:ユピテル 投稿日:04/08-04:44 No.74
闇の中輝くは小さな光、響き渡るは無機質な機械音。その光の中に幾重の数字が乱れ踊り、カタカタとキーを叩く音が静かに部屋に響き渡る。眼鏡に反射するは常に変化する幾重のグラフが映し出されていた。
「これで完了っと!」
トンと華奢な指が静かに跳ねる。すると文字が高速で動き出し一瞬にして何千、何万という文字を身体に奔らせる。
彼女はその結果に満足すると視線をずらす。するとそこには幾重のパイプに巻かれた人形の姿があった。
瞳は依然として閉ざされて身動き一つすることはない。パソコンの画面にはこう映し出されていた。
―――――――System set up ! Get up the machine doll,Chachamaru!!
大魔導士は眠らない 8話 人形のココロ
(システム再起動を確認、CPU稼動開始、身体診断開始…………オールグリーン、修復率100%)
茶々丸の瞳に光が灯る。瞳孔が収縮しピントを合わせると首を軽く動かし現在状況を確認する。
(……どうやらここは自分が生まれたラボのようですね)
「おはよう茶々丸、調子はどう?」
(音声を確認、照合開始…………照合完了、ハカセと認識)
「おはようございます、ハカセ」
「よかった~流石に今回は驚いたよ、あの超合金Nの装甲を持つ茶々丸があそこまでボロボロになるなんて思ってもみなかったもん」
ブツブツとハカセは呟き始めました。しばらくあのままなので放って置きましょう、それよりも……
(メモリーを参照…………最終動画展開)
茶々丸の脳内に自分の記憶が消えるまでの記録が流れる。すると何故自分が此処にいるのかを茶々丸は理解する。
(そうでした、私はあの黄金のゴーレムに敗退したのでした。マスターはご無事だったのでしょうか……)
相手はまさに圧倒的だった。パワー、スピード、状況分析、どれをとっても歯が立たなかった。自分は魔法世界でも最先端の技術で形成されていると自負している。そう簡単に敗北に帰するとは予測できなかった。
(私が壊れてしまった後、マスターはどうなったのでしょうか……)
茶々丸は不安げに窓の外を眺める。
バタン!!
すると突然ドアが開かれた。その場に立つ人物を茶々丸はよく知っていた。
「ハカセ、入るぞ!」
入っておきながら確認をとるエヴァ。その後ろにいる人物に茶々丸は臨戦態勢を整える。
「マスター!!」
茶々丸は主の背後にいる男を捕捉していた。
(データ照合完了、前回昏睡していた青年と確認。ゴーレムの敵意から推測……マスターの敵の確率83.4%)
「茶々丸、どうしたぁぁぁぁぁぁぁ!?」
茶々丸はエヴァの襟を捕まえると彼女の身体が宙を浮く。
(マスターなら受身など造作もないでしょう……障害排除、これより戦闘に入ります)
茶々丸は足の裏のブースターを展開、爆音と共に地を蹴った。
『主様!!』
『マスター!!』
急速に距離を縮めてくる茶々丸にデュランとメイランは迎え撃とうと身構える。
『デュラン!メイラン!散開!!彼女に手を出すな!!』
ポップの命に彼らは瞬時に反応する。二匹の使い魔は瞬時に主から距離をとると同時に茶々丸の肘ブースターが展開され、爆裂的な加速と共に拳が振るわれる。
(くそっ! ここで避けると!!)
自分が回避したらこの建物に深刻なダメージを受けることは確実である。
(ならば!!)
――――――――――スカラ
突如ポップを光が包み込む。茶々丸が放ったストレートをポップは真正面から受け止めた。
(相手への損傷ダメージ軽微、敵の防御力は通常の人間を遙かに超越、敵を覆う光を分析…………エラーエラー解析不能)
茶々丸は敵の能力を随時解析させていたが、この男のことが何も解析できない。
(理解不能、理解不能……)
混乱する思考をよそに茶々丸の身体は乱れることもなく次の攻撃を続けていた。
下段の蹴りを難なく躱し、中段、上段の攻撃は殆ど防御や往なす彼の戦いに茶々丸は攻撃の意味を見出せないでいた。
ドン!!!
激突する膝と膝、そこから放たれた衝撃波が周辺の機器を吹き飛ばす。ポップは然したる反撃などはせず唯ひたすら彼女の攻撃を耐えていた。茶々丸は鳩尾に突きを繰り出すとポップはその突進と同じ速度で後方へ飛ぶ。
(敵の反撃率4.7%、このまま行きます)
突きを囮にした茶々丸の跳び膝蹴りをポップは捻じるようにして往なし、逆に茶々丸を弾き飛ばす。吹っ飛ぶ茶々丸は壁に足をつくと反動で一気に距離を詰めた。
(FullBurst ……On !!)
足の裏から放たれるマナ・ブースターが最大出力を振り絞る。今までとは比較にならない速度で茶々丸は敵へと突っ込み一瞬にして相手の懐に潜り込む。
相手は目を見開いて茶々丸を見つめていた。その表情に茶々丸は己の勝利を確信した。
(私の……勝ちです)
振るわれる豪腕が敵の顔を粉砕する……はずだった。
「そんな!?」
「俺の勝ち、だな」
振るわれた拳は虚しく空を切ったことに茶々丸は愕然とする。
(確かに捉えていた筈なのに……)
ポップは気軽に己の勝利を相手に告げ、茶々丸はその場から動けずにいた。何故なら彼女の背に彼の手が置かれていたのだから。
(なんとか効いたか……)
内心では安堵する。何故先程の攻撃をポップは躱せたのだろうか。
結論から言うと彼女は捉えていた敵を逃したのでは決してない。そもそも彼女はポップを捉えていなかったのだ。
幻影……そう、幻惑魔法マヌーサの効果により茶々丸はポップの幻に攻撃をしていたのである。
(しかし効いてよかった。何せ此処の世界は科学が異常に発達している……効くかどうか五分以下だと思っていたからな)
「ふぅ……おいエヴァ、俺が分かるように説明してくれ」
空いている手で頭を掻きながらポップは軽く息を吐いた。エヴァは我に返るとズカズカと茶々丸の元へと向かう。そして彼女が最初に取った行動はと言うと……
「この……馬鹿者が!!」
従者にゲンコツを喰らわす事だった。殴った手を抱えて蹲っていたのはご愛嬌といったところだろう。
「事情も知らずにあのような行動をとってしまい、真に申し訳ありませんでしたポップ様」
「いや、別に俺は気にしていないさ。それに茶々丸はただエヴァを守ろうとしただけだろ?」
茶々丸は戸惑いながらも頷いた。
「守ろうとする意志は視界を狭めるからな……気持ちは分からなくはないさ」
ポップは小さく笑った。もしかしたら本人にも覚えがあるのかもしれない。
「それに元はといえば俺の使い魔が君を傷つけたのが原因なんだしな、俺のほうこそすまなかった」
「主様が謝る必要はありません、責は私たちにあるのですから……茶々丸さん、あなたに科した行動どうか許していただきたい」
「それは俺が言うべきことだろメイラン、茶々丸と言ったな。この間のことはすまなかった、この通りだ」
逆にポップや二匹の使い魔に頭を下げられ茶々丸は酷く動揺する。
「そんな……私のほうこそすみませんでした」
再び茶々丸は頭を下げる。そしてポップと茶々丸は顔を上げた時に瞳と瞳が合った。茶々丸はポップの鳶色の瞳を見つめた瞬間……
とくん
(主機関部の機動率が3.8パーセント上昇……何故でしょう?)
自分の異常事態に困惑する茶々丸は原因究明のため、更にポップを見つめる。ポップの瞳は優しい色彩を放っている。
とくんとくん
(更に2.9パーセント上昇……これは一体…………)
見つめあう瞳と瞳。
「「…………ごほん」」
思わず振り向くポップと茶々丸。彼らの視線の先には口を押さえるエヴァとメイランの姿が……顔が微妙に赤らんでいる。
「まぁいい、ハカセ、もう茶々丸は直ったんだな」
「はい、修復率100%、文句なしのパーフェクトです!」
散らかったデータを整理しながらハカセは答える。散らかった資料が結構な量だったため、ポップと使い魔たちが片付けるのを手伝ったため比較的早く整理することができた。
「そうか……助かったぞハカセ」
「助かったと思うんでしたら、実験に協力してもらえませんか?」
「うっ!」
思わずエヴァは呻き声をあげてしまう。どうやらその実験は吸血鬼の真祖でさえ恐れるナニかがあるようである。
「まぁ、いずれな……」
エヴァは話を濁すようにしてその場を後にしようとして、止まった。
「おいポップ、行くぞ!」
(わざわざマスターが相手を待つなんて……)
茶々丸は己の目を疑いかけた、何故ならばエヴァが小さく笑みを浮かべていたのだから。
ポップは二、三言話すとエヴァの後をゆっくりと追った。その後ろをデュランとメイランが続く。
それをハカセは手を振りながら見送った。
「さて……では再び実験でも始めましょうか♪」
「ふぅ……今日は暑いな」
エヴァたちは我が家へと向かっていたが額に汗を浮かべているのはエヴァだけである。季節は4月、そう暑い気候ではないのに何故彼女だけ汗をかくのか。
その答えは着ている服にある。エヴァは漆黒のゴシック、ポップは基本的に服は碧を主体としていた。お互い自分のパーソナルカラーらしい。
「それはエヴァ、そんな服を着ているからだろう」
ポップの台詞にカチンとくるエヴァ。
「どんな服を着ようと私の勝手だ!!」
鼻息を荒くしてエヴァはそっぽ向いた。エヴァのその態度にメイランが殺気立つがポップの一撫でであっさり昇華される。
「そうおっしゃらないでくださいポップ様、あの服はマスターのお気に入りなのですから」
「へ~、そうだったのか」
「茶々丸!余計なことは言わないでいい!!」
エヴァは顔を赤らめて怒鳴る。だが彼女の怒鳴り声など右から左へと抜けていく。
「よほど機嫌のよい時にしか着用しないのですが……マスター何かあったのですか?」
「茶々丸!!!!!」
顔を林檎のように真っ赤にさせエヴァは茶々丸に詰め寄った。
「それがエヴァのお気に入りね~」
「な、何だ人をじろじろ見て……」
エヴァは未だ顔が赤いままポップの視線に身をよじる。
「確かに似合っているな、それ」
「そ、そうか……」
照れるエヴァにメイランの瞳は爛々と輝いていた。
(どうしてくれよう、この感情を……)
メラメラと燃える嫉妬の炎にデュランは背を向けた。関わるのはゴメンらしい。
「だけどそういう服が似合うってことはつまりお子様ってことだろ?」
「何だと!!」
思わずポップの腕を握る。本当は胸座を掴みたいのだが身長差がありすぎる為こうなるのだ。
「貴様、この服のよさが分からないのか!!」
顔を真っ赤にさせながらこの服がどれほど素晴らしいものか語りだすエヴァにポップは頭を撫でながら相槌をうつ。エヴァは嫌そうな素振りをさせつつも手を払おうとはしなかった。
時々からかわれて怒り出すエヴァと楽しげに笑うポップの姿を見て茶々丸は思った。
(マスターのあんなに輝いた顔を私は見たことがない……あんなに幸せそうなマスターを私は見たことがない。あの顔を私に見せてくれないのは……やはり自分が人形だからだろうか……)
茶々丸は複雑な面持ちで彼らのやりとりを見つめていた。その顔は酷く寂しげであった。
「お~い!やっと見つけたぞエヴァ」
「何だ、タカミチ。私に何か用か?」
不満げな顔でエヴァはタカミチに問いかける。そのエヴァの様子にメイランは嬉しそうに一声啼き、その啼き声にエヴァがメイランを睨めつける。両者から不穏な氣が放たれるがポップたちは華麗にスルーする。
「よぉタカミチ、どうしたんだ」
「ポップじゃないか。何だエヴァ、彼と一緒だったのか……」
何時の間にかタカミチとポップはタメ口を聞く仲の様だ。
「そうだがそれがどうした?」
タカミチはタバコを吸いながら楽しげに目を細めた。
「いや、君が男性と一緒に歩いているのを初めて見たものだから……もしかしてデートだったのかな?」
楽しげに笑うタカミチにエヴァはというと……
「バ、バカなことを言うな! 何故私がこんなヤツと!!」
メチャクチャ動揺していたりする。
「いや、実はそうなんだよ。タカミチ隠してて悪かったな」
「まったくだ……今度酒を付き合うなら許そうじゃないか」
「いいね~」
「おいポップ! 何てことを言うんだ!! タカミチ!こいつの言うことを真に受けるなよ!!」
楽しげに語り合うポップとタカミチの間にエヴァが必死に詰め寄る姿を見て、再び彼らは笑いあう。その様子を茶々丸は一歩身を引いて眺めていた。
(遠い……彼らと自分の距離があんな近いのに何故こんなに遠く感じるのでしょう……)
「はぁはぁはぁ…………それで私に……はぁはぁ…………何の様だ」
必死にバタついたおかげで少々息があがっている。
「そうだった…………学園長がお呼びだぞ」
「何? じじいが?」
エヴァは渋る、どうやら心当たりがあるらしい。
「そういうわけで、デートの最中悪いが一緒に来てもらうぞ」
「だからデートなどでは決してないわ!!」
タカミチは抗議するエヴァを引きずるようにしてその場を後にした。メイランは満面の笑みを浮かべながら片翼を振っていた……器用である。エヴァを見送るとポップは振り返った。
「じゃあ一緒に帰るか」
屈託なく笑う彼の笑みに魅せられて茶々丸は静かに頷いた。
太陽が燦々と降る注ぐ中、ポップと茶々丸は一言も喋らずに歩いていた。
「あの…………」
沈黙が茶々丸の口から破られた。
「ポップ様にお願いがあるのですが……」
「俺に? 何だい?」
「ずっと……マスターの側にいていただけませんか?」
静かに風が二人を撫で、視線が交わる。
「それは……わからないな…………」
ポップは困ったような、嬉しいような、不思議な表情を浮かべていた。
「……俺が異世界から来たことはさっき言ったな」
茶々丸は静かに頷く。
「俺は……正直に言えば元の世界に帰りたい」
ポップは真剣な顔で語りだす。その瞳の先にあるものは一体何なのか、この世に生まれ出て数年の茶々丸にはわからない。
「そのためにこの世界の魔導書を読んだりしている、でもな……」
ふっとポップの表情が緩み首を回し景色を眺める。
「この世界も好きだ、日に日にその想いが強くなっているのを感じる」
ぎゅっと拳を握り締める。ここの空気はなんて暖かいんだろう……異世界の、異端の俺を優しく包んでくれる。
「だから正直今の俺の気持ちは俺自身よくわかっていないんだ」
ポップの言葉に茶々丸は揺れていた。
(これが人なのだろうか……私という存在を揺らすこの人のような存在を……)
「それにしても何故あんな願いを俺に? まして俺は敵だった男だぞ」
それこそポップは不思議そうに茶々丸を眺める。彼が不思議がるのも当然だろう、つい先日敵だった者に主を任すなど通常考えられないことだ。茶々丸はその視線を避けるように俯くと静かに語りだした。
「私はマスターの従者です。マスターの幸せが私の望みです……」
「…………」
「私はあれほど騒いだマスターを知りません。あれほど怒ったマスターを、あれほど嬉しそうなマスターを私は知りません……」
静かに語られる茶々丸の言葉には何処か悲しみを纏っていた。
「私はしょせん人形でしかありません。幸せも、喜びも、悲しみも、苦しみも、本質なものを理解することができません。本質を理解できないものにそれを実行することは不可能です。私は人の幸せを完全に理解することが出来ない只の人形、だからどうやっても人を幸せにすることなどできないのです。だから人形である私はマスターの幸せを望みます。そしてマスターの幸せにはあなたが必要と判断しました。ポップ様……」
静かに絡み合う視線。相手の放つ目の輝きに焦がれるように、眩しいように、瞳孔を収縮すると茶々丸は静かに口を開く。
「もう一度聞きます……私の願いを叶えてくださいますか?」
茶々丸の願いにポップは……
ぺしっ
デコピンで答えた。
「バカを言うな」
ポップの言葉に茶々丸は動揺した。
「馬鹿なことなど言っていません。私は……」
「いや、君はバカだな。それも相当のな」
ポップはやれやれといった感じに肩を竦める。
「いいか……人形だからエヴァを幸せにできない? そんなことはない」
「ですが私は……」
反論しようとする茶々丸にポップは畳み掛ける。
「人形だから?では聞くがこいつらは人形か?」
ポップは肩に止まるメイランを指差した。茶々丸は静かに首を横に振る。
「今のメイラン様の状態は以前とは異なり完全に生体へと変化しています」
「そうじゃないんだよな……」
茶々丸のその答えにポップは重い溜息をつき、がしがしと髪を掻く。
「デュランとメイランが俺の使い魔なのは知っているな? だが彼らはもともと生きていたわけじゃないんだ……」
「それはどのような意味ですか?」
「こいつらはな、ある金属に俺が禁術を用いて生み出したんだ……ある意味君と大差はない」
茶々丸の瞳孔カメラが絞られる。あまり表情が変わらないはずの茶々丸が酷く動揺しているように見える。
「生み出された、作られた存在は人を幸せに出来ない? そんなことはない、決してな……」
ポップは自分の横で正座するデュランを静かに撫でる。デュランは嬉しそうに目を細める。
『主様……できれば私も…………駄目ですか?』
潤んだ瞳で懇願するメイランをポップは静かに撫でる。メイランは幸せそうに目を閉じた。その様子に茶々丸は酷く動揺した。
(何故彼はあのように幸せな表情を浮かべているのだろうか……彼らはポップ様が生み出した存在、作り出されたという点では私と変わらない……なのに……)
―――――――――――何故人を幸せにできるの?
こんっ
何時の間にか彼が私の顔を軽く小突いていた。
「例え作られた存在だって人を幸せにすることはできるんだぜ」
ポップは屈託なく笑う。
「それにな茶々丸、お前すでに人を幸せにしてるって知ってるか?」
「私が……ですか?」
(一体いつ、誰を?)
「まだ分からないかな~」
未だ分かっていない茶々丸にポップは不満げな表情を浮かべる。
「それはな……君が一番大切に思っている存在だよ」
優しげに語るポップに茶々丸は思考を危うく停止しかけた。
「そんなことありません!」
今まで感情の起伏を見せなかった彼女が初めて声を張り上げた。
「私がマスターを……そんなことは…………」
「いい加減にしろ」
ポップはチョップを彼女の脳天に直撃させた。茶々丸は酷く不安定な表情でポップを見つめる。その顔はまるで迷子の子猫のように儚く、心細いものである。
「まったく、いいかよく聞け……エヴァはな、君がいない間俺に何の話をしていたと思う?」
「…………わかりません」
「それはな……君のことだよ、茶々丸」
「私、の……?」
「あぁ、飯を作れば茶々丸のほうが上手い、紅茶を入れれば茶々丸のほうが美味いってな。それに君の事を随分と心配していたしな」
(マスターが私のことを……)
「断言してやるよ」
ポップは不敵に笑った。
「君はエヴァを幸せにしてるよ」
その言葉は茶々丸のメモリーに深く刻まれることになる。
「さっきの君の願いだが……」
ポップは軽く頭を掻くと茶々丸の瞳を見つめる。その視線を茶々丸は静かに受け止めた。
「ずっと叶えられるか分からない……だが」
ポップの口の端が緩む。その瞳に茶々丸は何故か安心感を抱く。
「ここにいる間あいつの側にいることを約束しよう……君と一緒にな」
優しげに微笑むポップに茶々丸は深くお辞儀をすることで答えた。
「それとな……俺からもお願いしていいか?」
「ポップ様のですか?私の可能な範囲でなら……」
茶々丸の返答にポップは嬉しそうに笑う。
「ポップ様っていうのなしな」
「それはどういう……」
「だから様づけなし。他だったら何でもいいぞ、ポップでもポップさんでも好きなように読んでくれ……」
「そんな……しかしポップ様はマスターの大事な客では……」
「だから様付けなしだって」
ポップの指が茶々丸の唇をそっと抑えると彼女は瞼をパチクリさせる。
「だって家族だろ?」
「家族…………」
(その言葉の何と温かいことか……)
「そう家族に様付けなんて呼ばないだろ」
おかしそうに笑う彼を見て茶々丸は自然と笑みを浮かべた。
「そうですね…………ポップさん」
微かに笑う茶々丸にポップは嬉しそうに手を差し出した。
「よろしくな、茶々丸」
差し出された手の意味を茶々丸は無意識に検索していた。
【握手……それは親愛のしるし】
その意味を噛み締め、茶々丸も差し出された手を静かに握った。
「よろしくお願いします、ポップさん」
日が燦々と降り注ぐ中、静かに家族の誓いが交わされた。
「まったくあのジジイ、あんなくだらないことで呼びつけおって!!」
怒りを隠そうともせずにエヴァはリビングのドアを開いた。するとそこで待ち受けていたものは……
「ポップさん、そこのソースを取ってください」
「これか?」
「ありがとうございます」
「すまん、そこの醤油を渡してくれ」
「どうぞ」
「サンキュー」
―――――――――――何なんだアレは
エヴァの目の前には仲良く料理に勤しむ二人の姿が飛び込んできた。まるで夫婦のような雰囲気にエヴァの顔が更に歪んでいく。
「おいポップ! 貴様茶々丸と何をしている!!」
「見ての通り料理だが」
「そうではない!!」
ダンダンとエヴァは地団駄を踏む、何か幼児化してません?
「何故二人でやっているかと聞いているんだ!」
「あぁ……それは茶々丸がお前にたくさんの料理を食べてもらいってな、俺はその手伝い」
「そうなのか?」
「えぇマスター、ポップさんのおっしゃる通りです」
茶々丸の言葉に一応納得するとエヴァは自分の部屋に向かおうとする。
「おい、ちょっと待てエヴァ」
「……何だ?」
何故か二人の姿を見ると腹立たしくなるが一応返事はしておく。
「風呂沸いてるから先に入ってくれ」
「面倒くさい……後で入ればいいだろう」
聞く耳もたずといった様子に茶々丸の援護射撃がエヴァを追撃する。
「マスター、ポップさんの言うように先に入るのを進めます。汗を早めに流したほうが美容にいいですよ」
「……………………しかたない」
エヴァはゆっくりと風呂場へと足を運んだ。ごそごそと衣服を脱ぎ終わるとエヴァはドアを開けようと手をかけた瞬間、先程の違和感に気がついた。
(ポップさんだと!今まで一度も使わない敬称を何故ヤツに!!)
エヴァはズカズカと来た道を戻り……
バン!!!
勢いよくリビングのドアを開く。
「おい茶々丸! 何故ポップの敬称が変わっている! 説明しろ!!」
茶々丸に詰め寄ろうとするエヴァにポップが立ち塞がる。
「邪魔だ、そこをどけ!」
「いや、料理中は危険だぞ」
「そんなことはどうでもいいわ!!」
苛立たしくポップを睨めつける。何を言っても仕方ないと感じたポップはさっさと退場してもらうことにした。
「エヴァ……」
「いいからそこをどけ!!」
「分かったから、いい加減自分の格好に気づけ」
ポップの言うことがイマイチ分からず、憤怒の表情を浮かべたまま自分の身体を見て固まった。
ポップの眼下には生まれたままのエヴァの姿が映し出されていた。エヴァの身体がみるみるうちに桜色に染まっていく。
「こら、貴様! 見るのをやめんか!!」
「何言ってんだよ、見せ付けてるのはエヴァだろうが……」
「違う~~~~~!!!」
エヴァは脱兎の如く逃げ出した。茶々丸はその様子を楽しげに見つめていた。
(私が彼をさん付けで呼んでいるのは、彼が私たちの家族だからです、マスター)
茶々丸は嬉しそうに笑みを浮かべながら調理を再開した。
―――――――――――――絆が生まれる
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