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大魔導士は眠らない 9話 刹那の刻(×ダイの大冒険) 投稿者:ユピテル 投稿日:04/08-04:45 No.75
月が闇を払い私の身体を燦々と照らし出す。その光は果たして大地に力なく横たわる私を慈しんでいるのか、それとも嘲笑しているのか。
(なんて無様な……)
今の私は妖魔の返り血と自分の血で、何とも形容しがたい色をしている。既に視界がぼやけてきた、流石に今回は拙いだろう……
瀕死の重傷を受けながら私の思考はまるで鈍らなかった。ただ冷静に自分の状態が理解できた、即ち私はここで死ぬのだと。
身体の力がどんどん抜けているのが否応なく理解できる。すでに指一本動かす力すら残されていない。
ぼやけた視線の先には妖魔が巨大な拳を振り上げているところだった。
(こんなところで死ぬのか……)
悔しくもあり、悲しくもあった。何も出来ない自分に刹那は心底嫌気が差す。
――――――――このちゃん
心に浮かぶのは黒髪がよく似合う、少し間の抜けた自分の守りたかった人。拳が振り下ろされ、すでに目前に迫っている。
(ごめん……このちゃん、約束守れへんかった……)
心の中で彼女のことを思いながら死のう、そう思ったたのに……
「危なかったな~」
何故目の前にこの人がいるのだろう。
大魔導士は眠らない 9話 刹那の刻
私の彼の第一印象は良く笑う人ということだ。彼は麻帆良の警備員であり登校すると必ず会うのだが、彼の周りには人が絶えない。
いつも尻軽のような振る舞いをするが、決して不快なことはしない。生徒達を笑わせるように振舞うその姿は、私は嫌いではないが好きにもなれなかった。何故なら……
「よぉ刹那、相変わらず表情が硬いな~」
「おはようございます」
早足にその場を後にしようとする。しかし彼をそれを許さない。
「なんて冷たいんだ! 昨日君は俺の想いを受け止めてくれたと思ったのに! ……もう俺なんてどうでもいいんだな!!」
よよよと泣き崩れるポップに周囲が騒然とし、刹那に異様な氣が殺到する。
「ポップさん、彼女に告白したんですか!?」
「しかも付き合っているのに彼氏を放るってどういう神経しているのよ!!」
「泣かないでポップさん、私があなたの悲しみを癒してみせますから!」
「こらそこ! 何さり気なく取ろうとしているのよ! この……泥棒猫!!」
「あんたのじゃないでしょ!!」
刹那はその様子に顔を真っ赤にして否定する。
「ポップさん!いつ私にそんなこと言ってんですか!!」
刹那の否定の言葉に周囲からブーイングが巻き起こる。
「何あの子、ポップさんと付き合っているからって生意気じゃない?」
「ホントよね、しかも相手をしてあげないなんて最低!」
(これだから嫌なのだ……)
刹那は心の中で溜息をついた。実際にした日には更なる敵意が向くことが経験上理解できるためだ。
ポップさんは私が今の姿を取り繕っているのが分かるのだろう、事あるごとに私を困らすのだ。
(駄目だ……表情が保てない……)
自然と眉毛がつり上がるのを刹那ははっきりと感じていた。刹那のすました仮面を外すことに成功したポップは屈託なく笑うと周囲の生徒達の誤解を解く。
「あぁさっきの嘘だからな、お前たちも真に受けるなよ」
ポップの声に彼女たちも安堵の声を上げる。
「な~んだ、じゃあ今度は私に告白してよ♪」
「あたしもあたしも♪」
さっきのブーイングは何処吹く風、また楽しくポップと話しだす生徒達に刹那は半ば呆れる。
「ほれ、そろそろ行った行った」
「「「「は~~~い」」」」
黄色い声を上げながら群がっていた生徒達は校門を潜って行った。
「……………………ポップさん」
自然と刹那の声が冷たくなる。その様子をポップは全く気にしない、これはいつものことなのだ。刹那は思わず溜息をつく。
「いつも言っていますが私を巻き込まないでください!」
刹那は元の表情に戻そうとするがポップがさせる筈もなく……
「だから刹那言ってるだろ、もっと頬の筋肉を緩めろって」
「にゃ、にゃにをしゅるんでふか!(な、何をするんですか!)」
両頬を掴まれ、刹那は上手く喋ることが出来ない、頬が赤いのはポップが強く摘んでいるためではない。
刹那の目が釣り上がるのをポップは怖がったふりをしながら手を彼女の頬からそっと離す。
「そうそう、もっと表情豊かにな」
今度はポップにぐしゃぐしゃと乱暴に髪を撫でられる。
「ポップさん!!」
(相変わらず慣れないな、これは……)
頭を、しかも異性に撫でられたことなどない刹那はこれに弱かったりする。何故だか妙に安心できて振りほどけないのだ。
「まったく自分を作るのもいいのかもしれないが、笑わないようにするのはいただけないな」
まったくといった面持ちでポップは絶えず刹那の頭を撫で続ける。もちろん私の反論に聞く耳をもたず、彼が止める気になるまで続けられる。数分ポップに抗議ていると彼はふと視線をずらす。
「おっ、あそこにいるのはこのかだな」
ビクッと私の肩が震える。今の私を見たら彼女はどう思うのだろうか……そう考えると心の底から込み上げるナニかに怯えるように私はたまらず逃げ出した。
「っ! ポップさん失礼します!!」
私は逃げるようにしてその場を離れた。走り去る刹那は気付けるはずもなかった、逃げ出すように走る彼女の背を、彼が悲しげな瞳で見つめていたことに……
彼への第二印象は侮れない人ということだ。四時間目の授業が終わると皆、いそいそと昼食の仕度に取り掛かる。
一歩離れたところから見るとこの余りに異常な状態が良く分かる、誰もの視線がドアへと向けられるのだ。しかも別の人が開けようものなら周囲から溜息が漏れる。
おかげで今や昼休みの3-Aには近づいてはならないことは暗黙の了解となっている。
私はさっさと食事を取る事にする、何が起こってもよい様に日本の携帯食おにぎりを手に乗せる。
突如ドアが開かれる。するとそこには皆が待ちわびた彼が姿を現した。そのことに周囲から歓声が上がる。
「今日もお邪魔しま~す」
教室に入ると彼が待ち受けるのは『ココに座って! むしろ座れ!!』コールが巻き起こる。いつものことだが、相変わらずこのクラスは凄いとしみじみと思う刹那であった。
「じゃあ今日は桜子たちの席で……」
「「「やった~!!」」」
「「「「「「「「そんな~~~!!!」」」」」」」
周囲から小さな歓声と大きな落胆の声が上がる。ポップは彼女たちの薦める席に座ろうと歩き出すと、ふと何かを思い出したのか刹那に向かって歩き出した。
「ちょっとポップさん!」
「あぁ、ちょっと待ってくれ」
軽く桜子たちに手を振るとポップは刹那の前で立ち止まった。
「な、なんですか……」
思わずどもってしまう刹那に周りがひそひそと囁きあう。
「ねぇねぇ、今度は桜咲さん?」
「ちょっと亜子、ポップさんとはもう破局なの?」
「何言うてるの裕奈! ウチとポップさんは別にそんな……」
ひそひそと話している気でいるが普通に刹那の耳に入っている。その飛び交う会話に刹那は思わず顔が赤くなってしまう。
赤らめる刹那を他所にポップは軽く刹那の肩に触れ、耳元に口を寄せて何やら囁くとすぐに席へと戻っていった。席に座ると周りから乙女の質問が殺到する。
「ねぇポップさん、さっき桜咲さんに何て言ったの?」
「もしかして桜咲さんと付き合ってるの?」
「教えてよポップさん!」
「マスターよろしいのですか?」
「うるさいぞ茶々丸!!」
周りの質問をのらりくらりと躱すポップを刹那は驚いた面持ちで見つめていた。
『あまり無理はするなよ』
そういわれた瞬間、急に彼に触れられた箇所が暖かくなったのだ。実は刹那はこの間、妖魔との戦闘で軽くだが肩を負傷したのだが……
(気づいていたのか!?)
軽く肩に触れてみるともう痛さは退いていた。肩に手をあてポップを見つめる刹那にまたしても……
「ねぇねぇ、さっきからぼうっとポップさんを見てるし……やっぱり桜咲さん、気があるんじゃない?」
「意外だよね、結構古風なところがあると思っていたんだけど……」
「それにまだポップさんが触ったところに手を当ててるし、これは間違いないんじゃない?」
「マスター……」
「これ以上言うならネジ巻くぞ!!」
また繰り広げられる乙女の会話に刹那は顔を赤らめると再び食事を再開した。
――――――――何の味も感じられなかった
授業も終わり皆それぞれ別れの挨拶をして散っていった。このかはどうやらアスナと一緒に帰宅するようである。私はいつもどおり影ながらお嬢様をお守りすることに徹する。
二人で楽しく歩く姿を見るとほっとする。彼女は何も知らずにあの明るい世界で生きて欲しい……それが守れなかった私の唯一の願いである。
下駄箱で靴に履き替えると彼女たちはゆっくりと校門に向けて歩き出した。校門にはポップさんが立っており、お嬢様が何やら話している。ポップさんと話しているときのお嬢様は楽しそうで何よりだ。
けれど……少し胸が痛くなる。彼女が楽しく笑うたびに、話すたびに……
――――――――――私もあの中に入れたなら
「っ!」
私はすぐにこの思いを心の奥底へと封じ込める。
(私にはその資格がないのだ! 資格が……)
私は振り払うようにしてその場を離れた。
(私はお嬢様を守れればそれでいいのだ、それで……)
無事にお嬢様が部屋に戻られたのが確認できると私も自室へと戻り、我が愛刀の夕凪を立てかけ、鞄を置く。やけに服がへばりついているような気がする。
(ちょっと汗をかいたかな……)
ちらっと時計を見る。
(誰も入っていないだろうし丁度いいだろう……)
私は一足先に風呂場へと向かうことにした。
更衣室に入るとするすると服を脱いでいく。シャツを脱ぐと白い包帯が現れ、刹那は何を思ったのか一瞬止まるが、再び手を動かす。
「やはり……」
包帯を外すとそこには傷一つない白い肌が覗いていた。触ってみても傷痕は見当たらない。
「ポップさん……」
ぎゅっと包帯を握り締める。彼にはまるで全てが見透かれているようで……なんだか悔しかった。
『あまり無理はするなよ』
――――――――――何故か彼の言葉が蘇る
時は深夜、闇が支配する刻を刹那は疾走していた。実は先程、学園長から連絡があったのだ。
『西からの刺客が来る可能性があるとのことじゃ、すまんが警護に出て欲しいのじゃが頼めるかの』
断るはずがない。西からの刺客……それは即ちお嬢様の誘拐を意味している。来週、修学旅行に行くことになっているがあちらは渋っているという話だ。西の長は和解の望んでいるが下の者全てが長と同じ想いではないのだ。
「ん!?」
思わず立ち止まる、それほどまでの妖気の波動を刹那は感じたのだ。自然と足がその発生地へと向かう。その地へ近づけば近づくほど妖気が濃密であることを肌で感じる。
「ここは……」
刹那はすでに夕凪を抜刀している。何故ならここはすでに敵のテリトリーであることを彼女の肌が感じ取っていたからだ。
「「「グルルルルルルル」」」
突如飛び出す影に刹那の夕凪が煌く。反撃させる間も無く一瞬にして敵を斬り伏すと同時に周りを警戒する。この異常な妖気に思わず愛刀を握る力が強まる。
「なかなかだな」
「誰だ!!」
刹那は刀を構えると闇夜から数人の陰陽師が現れた。顔には獣の仮面を被っており素顔を見ることが出来ない。
「貴様はこの東のものか」
「だったらどうする?」
刹那の瞳に暗く光る。この深夜にこの格好、更には身体から発せられる妖気と殺気。
(間違いない、こいつらは!!)
「だったら……お引取り願おう、もし聞かないようならば力ずくで排除させてもらう」
突如陰陽師たちから妖気が吹き荒れる。その事に刹那は軽く目を見開く。
「そんな!? こいつらは堕落したのか!!」
堕落とは通常おちぶれたことを言うが、裏では魔道に堕ちた者を指す。その者たちは理を外れ、人間のカテゴリーを越えるのである。
「堕落? ……違うな」
一人の陰陽師が否定する。仮面をつけていても分かる、今コイツは酷く歪んだ笑みを浮かべているだろうことに。
「私たちは選ばれたのだ……あの方に!!」
その言葉と共に幾重の鬼たちが姿を現す。
(何て数だ…………それに妖気が半端ではない)
すでに百の単位を超えているかもしれない。その中で刹那は全身の感覚を研ぎ澄ましたった一人で刀を構える。
(例えどんなに敵が多かろうが退く訳にはいかないのだ!!)
「私はこの小娘を抑える、その内に目標を確保しろ」
その言葉に周りの陰陽師は心得たのか無言で学園に向け疾走する。
「ま、待て!!」
刹那は学園に向かう敵の後を追おうとしたが周囲を囲む鬼たちが追跡することを許さない。
「あなたのお相手は私です。ちょうどいい腕慣らしですから、簡単に死なないでくださいね…………ゆけ!!」
その号令と共に刹那に鬼が群がった。
「百烈桜華斬!!」
裂帛の気合と共に放たれる螺旋状の渦が周りの鬼たちを切り刻んでいく。バラバラに切断された鬼たちは大地に転がり、やがてこの世界との繋がりが消えることを指すように姿が霞み、やがて消えゆく。
「「ガァァァァァ!!!」」
「ッ!」
刹那を挟むように前後から鬼が雄たけびと共に彼女に突進する。刹那は一瞬思考すると、大地を蹴り前方の鬼に肉薄する。振りかぶられた拳を紙一重で躱すと夕凪をその胸元に突き刺す。鬼は絶叫と共に血を噴き出す。
返り血を浴びながら刹那は既に次の行動に移る。刀が鬼に突き刺さっているところに後方は元より左右からも刹那目掛けて殺到する。雄たけびと共に繰り出される拳を刹那は宙へと跳躍する。刀がなくても戦う術はあると言わんばかりに刹那は宙で上体を捻り、全体重を乗せた蹴りが鬼の頭部を粉砕する。
更に左右から繰り出される拳撃に刹那は微動だにしない。肉薄する瞬間片方の鬼の拳を絶妙な角度で逸らし、互いの拳を衝突させる。圧倒的な破壊力を持つ双方が衝突すると当然反動も大きい。上体がよろめく二匹の鬼を突き刺した夕凪を抜き差し、弧を描くと鬼の頭部が大地に転がり落ちる。
「はあ……はぁ……はぁ……」
すでに刹那は全身、敵の血と自分の血で染まっており、彼女の周りには幾重にも鬼の死体の山を築いていた。
「ガァァァァァ!!!」
突如背後から襲い掛かる拳をなんとか夕凪で防御する。疲労により回避しようとしたのだが間に合わなかったのだ。
(マズイ……氣がうまく練れない!)
何とか力と力が均衡しているが、徐々に押されていく。疲労により上手く氣を練る事ができないのだ、圧倒的な筋肉で覆われた腕と少女の腕では単純な力では刹那が圧倒的に負けているのだ。顔面に汗が流れ落ちる。刹那はなけなしの氣を込めようとした時……
ザクッ!!!
「ガハッ!!!」
刹那の身体に鬼の爪が突き刺さる。刹那の口から血が零れ落ち、大地に小さな赤き華が咲く。前方の敵に注意を払っていたが、突如上空から現れた鬼が刹那の胸を貫いたのだ。
激痛により氣が解かれた刹那は圧倒的な暴風に吹き飛ばされた。刹那は一直線に数本の木々を薙ぎ払いながら吹っ飛んでいき、そして100メートルほど飛ばされたところでようやく停止した。
「ゴフッ」
再び血が吐き出される。それは手で押さえようとも指の隙間から漏れ出すほどの量である、はっきり言って致命的といえるダメージを受けてしまった。
「ひゅーひゅー」
既に肺をやられたのか呼吸するたびに嫌な呼吸音が鳴り響く。刹那の顔色は血を流しすぎたせいだろう、既に白といっても通じそうなほど青白い。
「無様だな……」
何時の間にか刹那の目の前には堕落した一人の陰陽師が冷たく見下していた。
「まぁお陰でこの力の使い方もだいぶ分かりました、感謝しますよお嬢さん」
「ひゅーひゅー」
声を出せないのか刹那は瞳に力を込める。その瞳はまだ死んでいなかった。その瞳に反応し、陰陽師から更なる妖気が吹き荒れる。
「気に食わんな」
ダン!!
「がはっ!!」
刹那の腹に鬼の足が叩きつけられる。地面にはクレーターが出来上がる。刹那の背から血がじわじわと大地を赤く染め上げる。だんだんと刹那の瞳から光が消えていくその様子に満足したのか陰陽師は鬼に命じた。
「殺せ!!」
「ガァァァァァァァ!!!」
振る上げられる拳を刹那は霞んだ瞳で見つめていた。既に身体がいう事を聞いてくれない、何せ指1本すら動かせないのだから。既に刹那には足掻く力すら残されていない。絶望に知らぬまに頬に一筋の雫が零れ落ちる。
――――――――――このちゃん……ごめん…………
爆音が夜の闇に轟いた。辺りには爆撃のような拳撃によって煙が舞う。その光景を陰陽師は満足げに見つめる。暫くして煙が晴れる……するとそこには何も存在していなかった。
「馬鹿な!?」
「何処見てるんだよ、お前」
「誰だ!?」
振り返ったその先には群青色の服に身を包んだ一人の青年が傷ついた少女を抱えて立っていた。
「俺か……ただの通りすがりの警備員だ」
その瞳は冷たい色を湛えていた。
――――――――――――――闇が凍てつく
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