第二十九話
朝倉和美主催、『くちびる争奪!修学旅行でネギ先生&爆警備員とラブラブキッス大作戦』。 耳にしただけで万人が赤面しそうなこのゲーム。 それが、今夜この京の地で始まろうとしていた。 メンバーは次の通り。 一斑代表。 鳴滝風香&史伽。 ターゲット―――爆。 「あぶぶぶ……お姉ちゃ〜〜ん正座いやです〜〜」 教師の新田に発見された時の事を想像、史伽が震えた声を絞り出した。 その前を小走りで行く風香は、それに自信満々に返す。 「大丈夫だって。僕等には、かえで姉から教わった秘密の術があるだろ。ただでさえライバルが多いんだから」 「そのかえで姉と当たったらどうするんですかー!? それに、何故か雹さんまでいるんですよー!」 風香の表情が、若干強張った。 その二人ともが、出くわせば間違い無く最強の敵となるのである。 特に雹などと出くわした日には、命の危険に直結しかねない。 その後一言も言葉を交わさず、二人は自分達が強運である事を祈った。 二班代表。 長瀬楓&葉加瀬聡美。 ターゲット―――爆。 「ワタシが出るアル!」 勇んで、拳を突き出す古菲。 そんな彼女を、楓と聡美の鋭い眼光が射抜いた。 「いや! 拙者が出るでござる!!」 「いえ! 私が出ます!」 声が重なり、二人の顔が迫る。 何となく、暗黒のオーラが滲み出てるような。 底知れぬ恐怖を感じて後退する古菲だったが、それでも負けずに、 「い、いやワタシが……」 今度は、最後まで言わせて貰えなかった。 「せっ・しゃ・がッ!!」 「わ・た・しがッ!!」 メンバー決定。 恋する乙女は地上最強なのである。 三班代表。 雪広あやか&長谷川千雨。 ターゲット―――ネギ。 「うぐぐ……なんで私がこんなことを……」 そのぼやきは、自分を巻き込んだ張本人のあやかと、そして何時の間にか姿を消していた千鶴に向けられていた。 こんな愚にも付かないゲームなど興味は無いのだが、二人一組というルールのため、取り残された自分に白羽の矢が立ってしまったのだった。 「つべこべ言わず援護してくださいな。ネギ先生の唇は私が死守します!」 死守、と言えども、守ったそれを彼女自身が奪うのは明白だった。 何故なら、その双眸には眩しいまでの熱情が輝いているのだから。 四班代表。 佐々木まき絵&龍宮真名。 ターゲット―――ネギ&爆。 「う〜……誰かいないかなあ……」 唯一の武器である枕を口元に寄せながら、まき絵は相棒を探していた。 正直自分一人でも事足りる気もするのだが、ルール上それは許されない。 そんな時、彼女の前に真名が長髪を揺らして進み出た。 「私が、行こう」 それは呟くよりも短い言葉だったが、何処と無く強い意志を感じた。 いつも無表情な彼女……今もそうだが、何故だが今回は俄然やる気があるらしい。 まあ彼女の心情がどうあれ、とにかくこれで条件は満たされたのだ。 「それじゃ、よろしくね!」 しかし、まき絵の言葉は真名には届いてはいない。 何故ならば。 「(キス……キスか。ふふふふ……言わばセカンドキスに……)」 そんなピンク一色の思考に脳を支配されながら、真名はポケットの中に詰めたコインを、じゃらりと鳴らす。 その口端は微妙に釣り上がっていた。 五班代表。 綾瀬夕映&宮崎のどか。 ターゲット―――ネギ。 「が、がんばらなきゃ!」 誰とも無く言いながら、のどかはぐっと枕を握り締めた。 そこには普段のおどおどとした態度は消えていて、勇ましさすら感じられる。 「す、すごいやる気ですね、のどか……何かあったのですか?」 親友のあまりの豹変ぶりに、夕映は訊ねた。 しかしのどかはそれに答えはせず、ただ闘志を燃やしていた。 何故、こんなややこしい状況になったのかは知らない。 知らないが、やるべき事はただ一つ。 昼間の、あのぶっきらぼうな青年の言葉は、まだ心の中に生きている。 「(爆さん……私、やります!)」 ―――蛇足ではあるがこの時、一人の少女の姿が消えていた。 六班代表。 エヴァンジェリン&絡繰茶々丸。 ターゲット―――爆。 「くっくっく……朝倉め、なかなか面白いゲームじゃないか」 枕を手元で弄びながら、エヴァンジェリンは心底愉快そうに笑った。 なるほど、カモの奴が何か魔方陣を描いてると思ったら、そういう事だったのか。 仮契約カード、それが狙いなのだろう。 奴らの思惑通りに行くのは気に喰わないが、それはこの際どうでも良い。 「待っていろよ爆。お前は、私のモノだ」 それを言えば、本人は嫌がるのだろうが。 その隣に立つのは茶々丸。 彼女の精巧な電子頭脳には、現在たった二つの言葉のみが流れていた。 「(キス……爆さん……キス……爆さん)」 今ならロボット三原則も軽く無視できるような気がする。 ―――ここでもやはり、一人の少女の姿が消えていた。 『では、ゲーム開始!!』 マイク越しの和美の声が、宴の始まりを告げた。 その頃――― 「ううっ…?」 突如襲ってきた寒気に、ネギは自らの体を抱きしめた。 別に寒い訳でも無いのに、一体どうした事か? 「……やっぱりパトロール行ってこようっと」 得体の知れない不気味さを感じ、居ても立ってもいられず、ネギは杖を手に取った。 そして、ポケットから、刹那に貰った人形の呪符を取り出す。 これに日本語名前を書けば、姿形だけではあるが身代わりになってくれるらしい。 「あ……まちがえた」 慣れない筆と文字のせいか、上手く書けず何故か『ぬぎ』になってしまった。 「ふ、筆で書くと緊張しちゃうな……」 それを丸めてゴミ箱に放り込み、別の符に取り掛かる。 その後さらに三枚の符を犠牲にし、ネギは何とか身代わりの作成に成功した。 「よしっ書けた。お札さんお札さん、僕の代わりになってください」 ぱあっ、と符が輝き、それが広がる様にして、ネギの姿に変わる。 今一間の抜けた顔ではあるが、背に腹は変えられない。 「ここで僕の代わりに寝ててね」 そう命ずると、 『ネギです』 などと不明瞭な返事を返してきたのだが、まあ頷いていたから大丈夫だろう。 「よーしじゃあ、パトロール行ってきまーす!」 杖を片手に、ネギは窓から飛び出していった。 その直後、暗闇に閉ざされた部屋で、ゴミ箱から四人のネギが這い出してきた。 ―――その頃。 「ううっ…?」 突如襲ってきた寒気に、爆は辺りを見回した。 「どーしたの? 爆くん」 テレビに齧りついていた雹が、それに気付いて首を後ろに向けた。 「いや……なんか寒気が……」 「ええ!? それは大変だ! 今僕の体であたため「シンハ」ぐはぁッッ!!」 念力球で素早く雹を殲滅すると、爆は畳みの上に転がされていたカウボーイハットを頭に乗せた。 「あん? どこ行くんだぁ?」 寝そべりながら訊ねてきた激に、爆は振り返りもせずに答える。 「……何となく、嫌な予感がするんでな……見回りに行って来る」 そう言い残して、爆は廊下に出た。 残されたジバクくんと激は、不思議そうに顔を見合わせた。 現状・三班&四班。 ばったり。 そんな効果音でも聞こえてきそうな、この状況。 廊下の角で、二チームはぶつかってしまった。 「―――っいいんちょ!?」 「まき絵さん! 勝負ですわっ!!」 いきなりの強敵に青ざめながらも、枕を振り被ってきたあやかにまき絵も応戦の体勢をとった。 「ぷっ」 「もっ」 結果は相打ち。 お互いの視界を、枕カバーの白が覆った。 ふらりとよろめくまき絵。 ダメージが残る顔面を、真名が立っているはずの後方に向けた。 「た、龍宮さん、援護……あれ?」 しかし、そこには薄暗い廊下が広がっているだけだった。 現状・二班。 階段を降りながら、聡美は仲間の楓に作戦を思案していた。 本来恋敵である筈のこの二人だが、今回は一時的に協定を組んでいるのである。 「いいですか? 目下の敵は、龍宮さんに、エヴァンジェリンさんです。この二人さえ攻略できれば、後は……」 不敵な笑いを浮かべながら、眼鏡のブリッジをくい、と押し上げる。 本当はステルス迷彩付きコートがあれば良かったのだが、残念な事に今は所持していない。 「あい、わかった……おや?」 頷いた楓が、階段の下に注目した。 そこでは既に激戦が繰り広げられている。 三班と四班である。 しかし――― 「真名殿がいない? ……しまった!」 どうやら、先を越されたようだ。 彼女はこの戦闘には参加せず、真っ直ぐに爆の部屋に向かったらしい。 それに気付いて、焦燥感に聡美が叫ぶ。 「ま、まずいです! 楓さん、道を!」 言い終わるが早いか、楓が跳躍した。 三つの枕を空中で振り被り、放つ。 勢い良く投じられた枕は、猛然と階段の下にいた三人に飛来した。 「「「ッ!?」」」 突然の第三者からの攻撃に反応できず、まき絵、あやか、そして戦ってなかった千雨までもがまともにそれを喰らってしまった。 倒れる三人。 波乱の夜は、まだまだ始まったばかりであった。 |