Act3-17


【愛衣】


「どうも。すみませんが、シオン・エルトナム・アトラシアさんと弓塚さつきさんに繋いで欲しいのですが……」

「はい。えぇと……失礼ですが、お名前の方を……」

 お昼になって、高畑先生とお姉様と共に遠野グループホテルに到着する。
 フロントで名前を尋ねられてそれぞれ名乗ると、女性から受話器を渡された。
 高畑先生は受話器を受け取って二言、三言話してフロントに受話器を返すと、私達に小さく頷いてエレベーターへと向かう。


「失礼してもいいかな、シオン君、さつき君」

『ええ……どうぞ』

 高畑先生がノックをしてドア越しに話しかけると、室内からシオンさんの短い返答があった。
 室内に入ると、そこにはいつもの三つ編みを解いたシオンさんと、いつもどおりのさつきさんの姿。
 シオンさんは紅茶が入っているらしいカップを手にして、さつきさんは……輸血パックを牛乳パックのようにストローを刺して吸っている。
 私達がソファーに腰を下ろすと、さつきさんがティーカップを用意して紅茶を注いでくれた。


「さて……今日はどんな用件です? 電話越しから察するに、何か聞きたいことがあったように見受けられましたが」

「ああ。まずはこの似顔絵を見て欲しいんだが……」

「――――ワラキア……!? ……いえ、今回は……ズェピア、でしょうね」

 似顔絵を見てすぐに、シオンさんが表情を険しくして絵の男を睨みつける。
 しかし、怒りの表情だったものが一転して苦々しいものへと変わり、一つ大きなため息を吐く。
 反応からすると、シオンさん達はこの貴族風の男のことを知っていることは間違い無さそうだ。
 カチャリ、と紅茶の入ったティーカップを置いたお姉様が、静かに口を開く。

「知っているんですね、この貴族風の男のことを。……話していただけます、シオンさん?」




〜朧月〜




【志貴】


「ん……あ……。……今、何時……だ……?」

 エヴァちゃんの『別荘』で充分寝たというのに、俺の体はまだ寝足りなかったらしく、別荘から出てすぐに布団へ直行したのだ。
 布団に向かってのろのろと歩く俺の姿を見て、エヴァちゃんが呆れたような顔をしていたのを覚えている。
 枕元に置いておいた魔眼殺しをかけて時計を見ると、時計の短針が上を向いていて今が昼頃であることを示していた。

「いたたた……。しかし、中途半端な時間に出てきちゃったからお腹が空いたな……」

 別荘でとりあえず体の傷が癒えるまでもう一日ほど休んできたのだが、まだあちこち痛む箇所がある。
 しかし、今は傷の痛みよりも空腹の方が勝っていた。
 財布を確認するが、がま口には当然のように金は無い。
 隠し財布の方には当然大きな額が入っているのだが…帰りの電車の代金を考えると、使いたくない気持ちがある。
 バイトでもしないと、帰るに帰れなくなってしまう。

「うぅ……エヴァちゃんに働き口でも紹介してもらえたらいいんだけどな……」

 とはいえ、自分から願い出るというのは却下。……女の子にお願いして仕事を紹介してもらうってのは情けなさ過ぎるから。
 とにかく今は――――お腹を満たしたい。
 用意しておいてくれたらしい服に袖を通し、隠し財布から泣く泣く取り出した一万円札をがま口に入れ、靴に足をかける。
 ふと、書き置きしていないことに気付いて紙とペンを探していると、棚の上から声が聞こえてきた。


「ケケケ、オレガ伝エテオクカラ行ッテコイヨ。妹ガ手伝ッテル、『超包子』ッテトコニ行ッテミ。美味イラシイゼ?」


「あ……ああ、チャチャゼロか。『超包子』ね……わかった、行ってみるよ。サンキュ」

 急に話しかけられたので少々驚きながらも、棚の上にいる殺人人形に礼を言う。
 別荘でのエヴァちゃんとの戦いで、無数の刃物で攻撃してきたこの人形はチャチャゼロと言って、エヴァちゃんの昔からの従者らしい。
 とにかく俺はチャチャゼロの言う妹……茶々丸さんが手伝っているという、『超包子』という店へ行ってみることにした。



 麻帆良中央駅近くの交番でお店の場所を教えてもらい、何とか超包子に着くことが出来た。
 昼時ともあって人数はかなりのものだったが、丁度よく団体さんだったのかカウンター席が空く。
 そこへ腰を下ろすと、褐色肌のチャイナドレスを着た女の子が食べ終えた食器を高々と重ねて片付けていった。
 危ないと思って腰を浮かせかけるが、小さな声に遮られる。

「古菲さんなら大丈夫……」

 チャイナドレスの女の子――――くーふぇちゃんと言うらしい――――は見事なバランスで高々と重ねた食器を運び終えて戻ってきた。
 先程の声の主に目をやると、ぽっちゃりとした可愛らしい女の子がニコニコと微笑む。
 つられて俺も苦笑し、浮かせかけた腰を戻してその女の子に話しかけた。

「えーっと……初めまして。俺は遠野志貴」

「初めまして……ここの調理担当の四葉五月です。……ご注文が決まりましたら言ってくださいね」

「五月、六番テーブル青椒肉絲、小龍包、どっちも三つずつお願いネ! っと……お客さん、注文決まったら五月に直接お願いネ」

 オーダーを伝えに来たらしい黒い髪をチャイナシニョンにした女の子は、気付き難かったが俺を見て笑みを浮かべていた。
 見覚えは無いし、三咲町で会ったという記憶も無い。
 俺はしばらく考え込んでいたが、覚えていないのであれば仕方ないので、昼飯を食べることを優先することにしたのだった。





□今日の裏話■


「――――よもや、本物の『殺人貴』に会えるとはネ……」

 カウンター席に座った、今時珍しい黒縁眼鏡をした青年――――遠野志貴を横目に見ながら、チャオは呟く。
 未来を知るチャオは、遠野志貴のことを知っていた。
 といっても、裏の世界での伝承として残されているだけであり、チャオは実際に会ったことは無い。

 四葉五月に話しかけている様は、極普通の優しそうな青年にしか見えない。
 ……が、一度敵対することになれば、容赦なく死神の刃を振るい、様々な敵を完膚なきまでに滅ぼしたと言う。

「……未来の技術を持てしても、実現不可能な力……。是非とも調べたい所だが――――破滅させられるのはご勘弁……ネ」

 チャオは小さく呟き、苦笑を浮かべた。
 『殺人貴』に関する伝承には詳細と呼べるものは無く、ただ注意書きに取れる文章ばかりが並べ立てられている。
 その中に、彼を象徴するような一文がある。
 曰く――――『殺人貴』に悪意を持って接するな。悪意持ちて彼の者に接した者、破滅へと誘われん。

「事実、彼に悪意を持て接した者達は悉く破滅しているからネ……。例え確証の無い話だとしても、とても手を出す気にはなれないヨ」

 そして何より――――――――


「……あの『姫君』の怒りを買うような真似をするのは、大馬鹿のすることネ」


 そう呟いて肩を竦めると、チャオは最後に志貴の横顔を一瞥してから仕事に戻ったのだった……。


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